« Gennaio 2009 | main | Maggio 2009 »

20.02.09

受け入れがたい言葉。

先日、通勤バスのピチピチした学生たちのことを書いた。大体女子7:男子3くらいの割合で乗っているのだが、この女子たちのレヴェルがかなり高い(あたしの好みでの話ですけど)。
しかし、この女子たち、黙っていれば良いものを、バス内で友達に会った途端空いた口が塞がらないから始末が悪い(使い方違うけど)。ハリーポッターに出てくるみたいな結構かわいい女の子たちの口から出てくる言葉は、「○○○○○○○(直訳:我欲脱糞)」とか「○○○○○(直訳:糞カス)」とか「○○○(直訳:男性器)」とか「○○○○(直訳:女性器)」とか、とにかく酷い。それに慣れ親しんでいるはずのイタリア人の大人たちもさすがに耐え難いらしく、顔を顰めながらその子達のことを見ていたりする。僕も、せっかく上がったテンションが、その言葉を聞くと同時にしゅるしゅるしゅるーとあっという間に萎んでいくのである。天は二物を与えないとはこのことか。若者よ、公共の場ではお口のチャックを閉めていなさい。

posted tomoyuki : 08:50

13.02.09

受け入れがたい匂い。

先日、知人の韓国人にキムチをいただいた。それまでにも何度かいただいたことはあったのだが、今回は受け取った瞬間に「これはやばい」と思った。
外を歩いていてもどんどん匂いが鼻に届く。そこから家に帰るまでにはバスに乗らなければならず、ちょっと迷ったのだが、まあもともと臭いバスだし問題ないか、と思い乗ることにした。始めのほうはバスの中心辺りに立っていたのだが、もうこの時点から周りの人間が何か不審な顔をしだしてた。ちょっとその感じに耐え切れず、一番後ろの端の席に座って難を逃れようと思ったのだが、これが逆効果となった。座った時点では周りには誰もおらず、安心しきっていたのだが、家に近づくにつれどんどん乗客が乗り込んできてしまい、途中から僕の周りのすべての席が埋まってしまうことになった。僕は慌ててキムチの入った紙袋を足元の見えにくい場所に隠すように置いた。僕の二列前に座っていた女性は匂いの発信源を特定できないようで、一度席から立ち上がり、自分の座っている椅子に何か付着しるのではないかと確認していた。一つ前の席に座ったこれまた女性は、何度も僕のほうを振り返ってきた(絶対に目を合わせなかったけれども)。僕の隣に座っていたのは若い外国籍のおねえちゃん二人組みで(なんでこんな日に限って周りを女性に囲まれているのか)、このおねえちゃんたちは匂いの発信源が僕であることに確信をいだいているようで、何かこそこそと話しては、こっちを睨んできた。バスの中心にいたら誰にも匂いの元が僕であることがばれなかっただろうに(ばれるか)、今は思いっきりバスの端に座ってしまっているもんで、ばればれな状態である。しかし僕は窓の外に目を向けたまま、絶対に周りの人間と目を合わさなかった。合わした瞬間に「あんた臭いわよ」とか言われそうな気がして、そんなこと言われたら一生立ち直れないと思った。そのうち、隣のおねえちゃん二人組みのうちの一人がバッグの中から香水を出し、周りに噴きかけ始めた。2分ほど、僕の周りはその香水の香りで満ち満ちたのだが(香水を噴きかけられた時には軽くショックだったが、その一方で、ナイス、とも思った)、3分後には完全にキムチの匂いが勝っていた。幸い(?)僕の周りの乗客はあまり入れ替わらなかったので、多くの人に非難の目を向けられることにはならなかったのだが、そのぶん少人数に恐ろしく深い(不快)非難の眼で睨まれることとなった。ってか、みんなおそらくキムチが匂うのではなくて、僕自身が臭っていると思っていただろう。ものすごく恥ずかしかった。
いまだかつてないくらい時間が長く感じられたのだが、ようやく家に近づいた。しかし、そこから立ちたくなかった。紙袋を僕の足元から取り出したくなかった。いっそのことその紙袋を置きっぱなしにして走り去ってやろうかとも思った。自分がいつも降りる停留所で降りたくなかった。「あの臭い奴はこの辺に住んでいる」と知られるのがものすごく恥ずかしかった。一度最終停留所まで行き(家の三つ先が最終)、みんなが降りるのを待ってから降りて、歩いて戻ってこようかとも考えたが、さすがにそれはめんどいと思い、乗客のきつい視線を受けながらバスを降りて、僕から携帯を盗んだアイツくらい足早に家に戻った。
まあ匂いは残念ながらこの国では受け入れてもらえませんが、とても美味しいキムチでございました。

posted tomoyuki : 14:52

12.02.09

Eluanaの死から

Eluanaが亡くなった日からずっと、イタリアのテレビでは安楽死・尊厳死に対する法律をどうするかという話題があがっている。僕もどうなるのか行方を見たいのだが、政治家の使う単語はあまりにも難しすぎて、さっぱりどうなっているのかわからない。もう少し優しく説明できる政治家はいないのだろうか。
Eluanaの葬儀が行われ、そこにはEluanaの両親は参列しなかった。それに対して「なんてかわいそうなEluana。死ぬ時も死んだ後も一人ぼっち」みたいな記事を書いている新聞が何紙かあったのだが、参列できない方向にもっていったのは誰でもないあなた方である。

posted tomoyuki : 14:52

10.02.09

Eluanaの死

Eluana Englaroが昨日午後8時10分に、栄養と水分を断ったことによる心筋梗塞で亡くなった。
「彼女は逝きました。今は何も言いたくありません。今はただ一人でいたいです。私はこれまですべてを一人でやってきました。そして、一人でこのことを終わらせたい。私のことは心配しないでください。唯一お願いしたいことは、私を探さないで欲しいということです」Beppino Englaro(Eluanaの父)

「Eluanaのために祈りましょう。彼女を死に至らしめた者たちが行ったすべての事を神がお赦しくださいますように。人の手を介して彼女が死んだのであるならば、我々はそれを犯罪と見なします」Javier Lozano Barragan(ローマ法王庁)

Eluanaが植物状態になってから4年後の1996年から、Eluanaの治療を拒否することによる安楽死は認められるべき(イタリアでは家族が治療を拒否する権利が認められている〕だとして国に対して主張を続けてきたEluanaの父親が送った投書を完全に無視し、世論のこの問題に対するテンションが最高潮になった時点で突然、さも自分はずっと前からこの問題に興味を示してきた、生きている人間を死なせるわけにはいかないと、マジョリティを代表するような立場を取り始めた首相のコメントは書く必要がない。今回のことも、結局国会では右と左がお互いにお互いを非難するだけのお定まりの状態となっている。Eluanaの延命措置停止の差し止めのための緊急法案審議が行われている最中にEluanaの死が伝えられ、1分間の見かけだけの黙祷が捧げられるや否や、国会内では、「殺人者!」という怒号が飛び交った。

「今はEluanaの家族、そしてその近しい者たちの苦しみを、共に深く分かち合う時です」Giorgio Napolitano(イタリア大統領)
昨年、ようやく最高裁の判決により延命装置停止が認められたのだが、それを完全に無効化する形で2月7日、首相お得意の(延命装置停止を禁止するための)緊急政令が閣議で決められた。しかし、大統領が政令は違憲であるとして署名を拒否。この大統領が左派だったため、Eluanaの命とは全く関係のない方向に国会が動いていくこととなった。常にこうである。

posted tomoyuki : 11:49

09.02.09

通勤バスの時間帯

僕の出勤時間は9時なのだが、いつも8時半には職場に到着している。その理由は、通勤バスの客層の違いによるものだ。9時に職場に着くには8時半、8時半に着くには8時のバスに乗れば良いわけだが、この30分の違いが結構大きい。先日、僕の使う92番のバスにはまともでない人間が多いと書いたが、朝の通勤時間はちょっと別である。帰りのバスに乗っている乗客の7割以上は外国人だったりするのだが(そのうち4割ほどが何をしているのか不明な人)、朝のバスは9割がイタリア人である。
今の家に引っ越して半年近くが経つが、始めは8時半くらいのバスに乗って、9時前後に職場についていた。その時間帯のバスに乗っているのはほとんどが社会人である。中には意欲的な顔をしている人もいるが、どちらかというと、人生に疲れたような顔をして「今日も仕事かよ、かったりぃなぁ」的な顔をしている人が多い。まあ、自分が稼いだお金の4割が税金として持っていかれてしまうこの国で働いていると、そういう顔になってしまうのはわからないでもない。特に自分が好きでやっているわけではない仕事に就いている人は尚更である。朝からイライラし、ぶつぶつ独り言を呟いている人もいたりする。まあ、わからないでもないが、せめてど晴天の月曜の朝くらい、清清しい顔をして前向きな気持ちで通勤して欲しいものである。そういう人を見ていた僕も、その空気に引っ張られて、テンションががーんと下がってしまうことが時々あった。
そんなある日、たまたま朝早く起きすぎてしまい、家にいてもやることがないので、いつもより30分ほど早いバスに乗ったことがあった。乗った瞬間、何か違和感を感じ、周りを見回してみると、乗客のほとんどがピチピチした学生たちではないか(それも女子が多い)。とりあえず人生楽しむことだけ考えてれば良い年頃の学生たちの顔は、30分後の社会人の顔と比べて格段に輝いていた。まあ、社会人バスに比べて恐ろしく騒がしい学生バスなのだが、それを許してしまえるほどの希望に満ちたその顔々を見ていると、「よーし、オジサン君達の未来のために頑張っちゃうぞー」みたいな気持ちになってテンションが鰻上りになるのである。
ってなわけで、それ以来、睡眠時間を削っても30分早く出勤することにしている。ありがとう、若者たちよ。

posted tomoyuki : 11:49

07.02.09

Eluana Englaro

「植物状態女性、延命停止へ 伊で初、バチカン猛反発」 2009/02/04

 17年前の交通事故で植物状態となったイタリア人女性(38)の延命措置が4日、近日中に停止されることになった。ANSA通信によると同国では初のケースで、ローマ法王庁(バチカン)は「安楽死に当たり認められない」と猛反発、女性の入院先で「抗議の祈り」を呼び掛けている。

 女性はエルアナ・エングラロさん。父親が「意識が戻る可能性はなく、本人も生前、こうしたことがあれば人工的に生きることを拒否する意思を示していた」として栄養補給管を外すことを求め提訴。最高裁判所は昨年、訴えを認めた。

 しかし、入院先の北部ミラノ近郊の病院が延命停止を拒否。父親らは別の病院を探し3日、エングラロさんは北東部ウディネの病院に移送された。同病院は2、3日中に栄養補給管を外すと表明。管が外されれば約2週間で絶命するという。     (共同)


「延命停止阻止で緊急政令 イタリア政府、植物状態女性に」 2009/02/07

 【ウディネ(イタリア北東部)6日共同】17年前の交通事故で植物状態となったイタリア人女性、エルアナ・エングラロさん(38)の家族が回復の可能性はないとして延命措置の停止を求めていた問題で、同国政府は6日、同措置停止を阻止するための緊急政令を閣議決定した。ANSA通信が伝えた。

 エングラロさんが入院している北東部ウディネの病院は同日、栄養補給管から送られる栄養と水分の量を減らす延命停止処置を開始したが、政令は医療従事者などに対し今後、栄養補給管を外すことを禁じている。

 延命停止をめぐっては、ローマ法王庁(バチカン)が猛反発。イタリアでは世論を二分する騒ぎとなったが、中道右派ベルルスコーニ政権はバチカンや一部カトリック団体の意向に配慮、特定の事案に対する政令という異例の措置に出た。

 病院は政令決定前、数日中に栄養管を完全に抜く方針を表明。その場合は、約2週間で絶命するという。


 毎日のようにEluanaのニュースが流れ、各チャンネルが特集を組んでいる。とても難しい問題である。色々なことを言う人がいて、その一つ一つが理解可能である。何が正しいのか、僕には答えなど出せないことである。すべて間違っているかもしれないし、すべてが正しいことなのかもしれないし、これが正しい、これが間違っている、なんていうことを決めようとすることがそもそも間違っているのかもしれない。

「安楽死と過剰な医療についてのキリスト教会の見解」 Saunders, William

 僕は神を信じた人間だが、それでもこの見解には疑問を感じるところがある。バチカンが一つの基準を定めるのは大切なことであると思うが、Eluanaへの栄養補給の停止をずっと求め、今それを実行に移しているEluanaの家族は、どんな報いも受ける覚悟があるのだと思う。17年である。僕には想像もできない苦しみの中を生きてきたのだと思う。そして、Eluanaが本当に亡くなるまで、そしてEluanaが本当に亡くなってから、一番苦しむのは他でもないEluanaとその家族である。そういう人達に対してクリスチャンががするべきことは、「抗議の祈り」の呼びかけではなく、Eluanaを含む家族の「救いを求める」祈りだろう。
 イタリア政府のしていることは今回も的外れである。
 永続的な植物状態にある人間は、生きているのではなく、生かされている。
 「すべての苦しみから逃れるための安楽死」とあるが、死んでも死ななくても、家族、本人は相当な苦しみを受ける。たとえそれらの苦しみから逃れる決断をしたとしても、神のその人達に対する愛は何も変わらない。苦しみを強要することができる人間などいない。人間にベストを求める神は、ベストではなかったからといってその人間を罪に定めるとはどうしても思えない。

posted tomoyuki : 00:21

04.02.09

祖母の手紙

昨年亡くなった母方の祖母の夢を見た。祖母の夢といっても、祖母本人は出てこなかったのだが、祖母の書いた手紙をぼくが読もうとしている夢だった。しかし、日本語の筆記体みたいな流し書きで書いてあったので、僕にはその内容を読み取ることが出来なかった。
昔、僕がまだSienaに住んでいた時のことだったが、祖母が手紙をくれたことがある。僕に喋りかける時とは違って、丁寧な敬語が使われていて、それに対して違和感を覚えた。当時、既に80歳近くだったと思うのだが、遠くない自分の死を見つめている人間独特の言い回しがあったのを覚えている。それを見て、なんとも言えない感情が沸き起こった。
僕がイタリアに来てから、祖母はどんどん小さくなっていき、昔のような元気もなくなっていった。一時帰国して祖母の家に挨拶に行くと、祖母は玄関まで迎えに出てきてくれたが、奥にある祖母の寝室には、昔はきちんと畳んで押入れに仕舞われていた布団が敷きっぱなしになっており、つい先程までそこで横になっていた形跡があった。そしてその数年後には、玄関のドアを開くとすぐに布団に戻って横になるようになった。さらに数年後の伯父の四十九日があった際、祖母は常にイライラし、ちょっとしたことで癇癪を起こすようになっていた。もちろんそこには、息子が自分よりも先に逝ってしまった事に対するやりきれない思いもあったのだろう。しかし、そんな祖母の姿を初めて目にした僕は、なぜか祖母と目を合わせることが出来なくなり、その日はまともな挨拶もせずに別れてしまった。それが僕と祖母がまともに顔をあわせる最後の機会となった。
その祖母が、僕にくれた唯一の手紙を読んだ時に感じたのと同じものを、今僕は、母が時々送ってくれる丁寧な敬語のメールに感じるのである。

posted tomoyuki : 11:49

02.02.09

Violino撮影

友人のヴァイオリン職人の作るヴァイオリンを撮影させてもらった。ヴァイオリンというものを撮るのは初めてだったのだが、案の定、バッグや靴を撮るのとは大分勝手が違っていて苦戦した。思いっきりニスが塗ってあるので、反射や映り込みが酷い。こういう時のためにずっと欲しい機材がいくつかあったのだが、やはりそれらを早いうちに買うべきかもしれない。そして、一番難しかったのが木目を綺麗に見せるということだったのだが、ニスのせいか、板の面を見る角度によって、木目の見え方がかなり変わる。今回撮影したのはその友人のBook用だったので、前面、後面、ヘッドの3パターンだったのだが、前面と後面は正確に真正面から撮らなくてはならなかった。しかし、真正面から撮ると、下のほうの木目がほとんど見えなくなってしまった。その友人が好んで使う木が、一般的に使われる木と大分違ったものらしく、もともと木目の入り方がかなり変わっていたせいもある。それでもその友人のアドバイスなんかも聞いて、初めてにしてはなかなか良いものが撮れたと思う。木目に関しては大きな課題として残ったが、これはまた違うヴァイオリンでも試してみたいところである。というか、ヴァイオリンを撮るのは楽しい。ヴァイオリン専門カメラマンというのは世界的にも珍しいらしいので、撮れるようになっておくと一つの武器にはなるのかもしれないが、多分ヴァイオリンを撮影して欲しいというこの友人のような人間はそんなに多くないであろう。大体みんな、直接見せて弾いてもらうからだ。

posted tomoyuki : 11:49