15.05.07
一時帰国
4月30日から10日間ほど、日本に帰国した。
25日に祖母が亡くなったので、初七日には間に合うかと思ったが、既に終わってしまったらしい。初七日というからには七日目に行うのではないかと母に訊いてみると、今は告別式と初七日を一緒にやってしまうことが多いらしい。生きている人間に都合を合わせるという言い方もおかしいかもしれないが、そういうことらしい。告別式も本当なら亡くなってから3日ほど経ってから行うらしいが、それも「寺の都合」で亡くなった次の日に行ったようだ。じゃあ、「仏」って一体なんなのだ、と。
約一年ぶりに祖母の家に行ったが、そこにはもちろん祖母の姿はなく、あるのは遺骨と花と遺品だけだった。古い箪笥の上に、祖母が生前作ったと思われる、数枚の写真を一枚の写真としてコラージュした額が乗っていた。そんなものがあったとは全く知らず、更にそこに、4,5歳であろう僕と祖母が一緒に写っている写真があったことに更に驚いた。僕は全く覚えていないが、祖母にとっては嬉しいことに、大きな思い出であったらしい。そのオリジナルの写真は僕が貰った。
祖母が亡くなってから、いろんな遺品が出てきたらしく、祖母の学生時代の通信簿やら、僕の母の学生時代の通信簿まできちんと整理された状態で出てきたのだが、祖母も母も恐ろしく頭が良かったらしく、殆どの教科が「5」で埋まっていた。その遺伝子は一体何処に行ってしまったのだろうか。いや、たぶん僕はその遺伝子を受け継いではいる。僕も中学の頃などは勉強すれば勉強しただけ点数が取れていたので、祖母の孫であり、母の息子であることは間違いない。ただ、「勉強しない」のであった。
写真も続々と、これもまた綺麗に整頓されて出てきた(保存状態が非常に良い)。母や、母の兄弟の写真も沢山あったのだが、なんだか矢鱈に構図の取り方が上手い写真ばかりで、誰が撮ったものなのかと訊くと、僕の祖父が撮ったものだろうという事。まあ、祖父の時代はやたらにカメラが流行っていたようなので、平均的にテクニックレヴェルが高かったのだろうが、それにしても見事な写真を撮るものである。所謂「アウラ」であるとか、そういうことを差し引いて見ても、良い写真であると思う。で、これだけ大量の写真を撮っていて、それもフィルムサイズの異なった写真もあるということは、もしかしてこの実家には未だに数台のカメラが眠っているのではないかと、とりあえず探してもらうよう頼んでおいた。出てきますように。
なんだか、僕って優秀な血を引いているんだなぁ、と今更ながら知るが、その優秀な血も、使う人間によってはほぼ完全に無に等しくなるのだと気づき、不甲斐無い。有効に用いなくては、先祖に頭が上がらない。
今回、ゴールデンウィークと祖母の死が重なったせいで、昼も夜も家族で過ごすことが多かった。父も母も叔母も、僕が戻ってくるまでが一番辛い時間であったろうと思うのだが、今は落ち着き始めているようで、ホッとする。まだまだ片付けなくてはならないことが沢山あるようだが、幸い時間をかけていけることばかりなので、良かった。プチバーベキューを一回、日帰り温泉旅行を一回、プチ人間ドックを一回。去年発見された胆嚢のポリープに変わりは無し。悪性ではないようだ。
東京に二日ほど滞在。西武新宿沿線に住んでいる妹の家にお邪魔した。妹は今研修中のエステシャンで、話を聞くとかなり理不尽な職場らしいが、それに耐えている妹は将来大きくなるだろうと思う。一日、新宿デートに付き合ってもらったのだが、まさか妹と新宿を歩くことになるなんて夢にも思わず、しかし向こうはなんかやたらに自然体なので、大人になったんだなぁ、と感慨深い。妹を見て、「俺も頑張らないと」なんて思っているうちは、いろんな意味でダメだと思う。
posted tomoyuki : 15.05.07 09:22