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30.05.07

暑寒

 ここのところ、続けて30度を越す日々が続いていた。「なんか、イタリアの夏の時期が年々早くなってない?」と思う。僕がミラノに住み始めた時などは、普通に7月8月が一番暑かったのだが、3年ほど前から、それが6月に移り、今年はまさか5月かい、なんて思っていたら先週末に激しい雨が降り続き、一気に気温が下がったのでホッとする。

 今年のヴェネツィア・ビエンナーレがそろそろ始まる。今年はアート。暑くなりすぎないうちに行きたいものだが、暑いのが過ぎてから行くのもアリか。森山開次6月15,16日とビエンナーレで公演する。見たいなぁ。泊まりで行っちゃおうかなぁ。

posted tomoyuki : 09:55

24.05.07

タクシー

 ここ最近、特にタクシーを使うことが多い。日本のタクシーもそうかもしれないが、こっちにも、実に様々な運転手がいる。まあ、とりあえず「お客様様」という概念は他の分野と同じように、タクシーの世界でも殆ど全くと言って良いほど無い。「俺が運んでやるんだから感謝しろよ」的な雰囲気を醸し出している運転手も少なくない。まあ、こういうことにはいい加減慣れた。今日乗ったタクシーの運転手は非常に珍しいタイプだった。向かったのは僕が最近よく行く倉庫だったのだが、今日の運転手は、他の運転手とは違った行きかたをした。僕は職場からその倉庫までの行きかたを完全に憶えてしまっているので、変な道に入った時点で「そっちじゃなくてこっちだよ」ということも出来たのだが、そういうことを言うと大体の運転手は気分を害し、タクシー内の雰囲気がものすごく悪くなるので、言わないでおいた。気分を害されてわざと遠回りをする運転手もいそうだし。で、案の定いつもより料金が高くなっており、こっちは一通が多いためぐるぐる回りだし、もう倉庫はすぐそこなのに、なかなか着きそうにない。運転手もその辺の地理に疎いようで、どう行けば良いのか迷っているようだったので(かなりマニアックな場所に倉庫はある)、僕は「ここで良いから下ろしてください。後は歩きます」と言った。そうすると、特に悪びれている様子でもなかったのだが、運賃を少し安くしてくれた。それが僕にとっては吃驚で、普通は意識的に迷おうがどうしようもなく迷おうが、ちゃっかり走った分だけ請求するのがイタリア人である。しかし、これも偏見であった。というか、100%のイタリア人に対して当てはまるイメージなんて1つもない、ってことに最近になって漸く気づき始めた。遅い。

 今日の新聞の記事に、「世界で一番マナーのなっていない観光客はイタリア人。逆に世界一マナーがなっているのは日本人」という記事があった。5年ほど前から毎年のように同じ記事を見ている。きっと永久に変わらない事実なのだろう。「うるさい、チップを出さない、何処でもタバコを吸う、ゴミを捨てる」などなどイタリア人が海外で評判の悪い理由が沢山書いてあった。まあ、これは事実で、僕が外国に旅行で行った時などでも、「奴らうるさいなぁ」と思って見るとイタリア人だったりする。でも、そんなヨーロッパ中で馬鹿にされているイタリア人を海外で見ると、なんかホッとしてしまう自分がいる。イタリア人には、人の肩の力を抜けさせる才能がある。それを踏まえてのG8加入国なんだろう。
 ちなみに、日本人はマナーがなっているのではなく、言葉が喋れないから派手な動きをしないだけだろうと思う。ニコニコして頷いてるだけだからマナーのなっている人間と思われる。悪くもなければ良くもない。それが日本人の立ち位置か。日本人の英語のレヴェルが飛躍的に伸びたとしたら、この世界のマナー順位も大きく変わることだろうと思う。

posted tomoyuki : 14:58

15.05.07

一時帰国

 4月30日から10日間ほど、日本に帰国した。
 25日に祖母が亡くなったので、初七日には間に合うかと思ったが、既に終わってしまったらしい。初七日というからには七日目に行うのではないかと母に訊いてみると、今は告別式と初七日を一緒にやってしまうことが多いらしい。生きている人間に都合を合わせるという言い方もおかしいかもしれないが、そういうことらしい。告別式も本当なら亡くなってから3日ほど経ってから行うらしいが、それも「寺の都合」で亡くなった次の日に行ったようだ。じゃあ、「仏」って一体なんなのだ、と。

 約一年ぶりに祖母の家に行ったが、そこにはもちろん祖母の姿はなく、あるのは遺骨と花と遺品だけだった。古い箪笥の上に、祖母が生前作ったと思われる、数枚の写真を一枚の写真としてコラージュした額が乗っていた。そんなものがあったとは全く知らず、更にそこに、4,5歳であろう僕と祖母が一緒に写っている写真があったことに更に驚いた。僕は全く覚えていないが、祖母にとっては嬉しいことに、大きな思い出であったらしい。そのオリジナルの写真は僕が貰った。
 祖母が亡くなってから、いろんな遺品が出てきたらしく、祖母の学生時代の通信簿やら、僕の母の学生時代の通信簿まできちんと整理された状態で出てきたのだが、祖母も母も恐ろしく頭が良かったらしく、殆どの教科が「5」で埋まっていた。その遺伝子は一体何処に行ってしまったのだろうか。いや、たぶん僕はその遺伝子を受け継いではいる。僕も中学の頃などは勉強すれば勉強しただけ点数が取れていたので、祖母の孫であり、母の息子であることは間違いない。ただ、「勉強しない」のであった。
 写真も続々と、これもまた綺麗に整頓されて出てきた(保存状態が非常に良い)。母や、母の兄弟の写真も沢山あったのだが、なんだか矢鱈に構図の取り方が上手い写真ばかりで、誰が撮ったものなのかと訊くと、僕の祖父が撮ったものだろうという事。まあ、祖父の時代はやたらにカメラが流行っていたようなので、平均的にテクニックレヴェルが高かったのだろうが、それにしても見事な写真を撮るものである。所謂「アウラ」であるとか、そういうことを差し引いて見ても、良い写真であると思う。で、これだけ大量の写真を撮っていて、それもフィルムサイズの異なった写真もあるということは、もしかしてこの実家には未だに数台のカメラが眠っているのではないかと、とりあえず探してもらうよう頼んでおいた。出てきますように。
 なんだか、僕って優秀な血を引いているんだなぁ、と今更ながら知るが、その優秀な血も、使う人間によってはほぼ完全に無に等しくなるのだと気づき、不甲斐無い。有効に用いなくては、先祖に頭が上がらない。

 今回、ゴールデンウィークと祖母の死が重なったせいで、昼も夜も家族で過ごすことが多かった。父も母も叔母も、僕が戻ってくるまでが一番辛い時間であったろうと思うのだが、今は落ち着き始めているようで、ホッとする。まだまだ片付けなくてはならないことが沢山あるようだが、幸い時間をかけていけることばかりなので、良かった。プチバーベキューを一回、日帰り温泉旅行を一回、プチ人間ドックを一回。去年発見された胆嚢のポリープに変わりは無し。悪性ではないようだ。
 
東京に二日ほど滞在。西武新宿沿線に住んでいる妹の家にお邪魔した。妹は今研修中のエステシャンで、話を聞くとかなり理不尽な職場らしいが、それに耐えている妹は将来大きくなるだろうと思う。一日、新宿デートに付き合ってもらったのだが、まさか妹と新宿を歩くことになるなんて夢にも思わず、しかし向こうはなんかやたらに自然体なので、大人になったんだなぁ、と感慨深い。妹を見て、「俺も頑張らないと」なんて思っているうちは、いろんな意味でダメだと思う。

posted tomoyuki : 09:22