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26.04.07
祖母
10日ほど前、父からのメールで、母方の祖母が2月に倒れ、脳内出血で入院している旨を知らされた。90歳という高齢であることもあり、手術に耐えられない、今の状態よりも良くなることはもうないと、病院側から言われたらしい。母に電話して詳しく話を聞くと、まだ意識もあり、痴呆が進んではいるが、こちらを確認することは出来る、しかし夏まではもう持たないかもしれないと、いつものクールな口調だった。母は病院勤めをしており、人間の死というものに対して、耐性のようなものが出来ている。僕が学生だった頃、それに対して違和感を持つことも多くあったが、今の母は、やはり苦しいのだろうと思った。医療関係に就いている者としての、責任や経験の重さを感じる。とりあえず、祖母が亡くなる前に日本に帰ると言って、電話を切った。
そして今朝メールボックスを開くと再び父からメールが来ていて、それを開くまでもなく、半ば無意識的に覚悟を決め、メールを開くと、一行目に、「訃報です。」と書いてあった。
昨日の3時に、最後は呼吸停止で亡くなった。顔は穏やかだった。母と叔母が付き添っていた。と書いてあった。
こんなに早く亡くなってしまうなんて、と、そんなことを考えるのは止めにした。そういう可能性はあったのだし、それは僕も意識していたのだ。
posted tomoyuki : 09:33
25.04.07
独立記念日
今日、4月25日は、イタリアの独立記念日(もしくは開放記念日)。ナチスからの解放を記念した祝日なのだが、キリスト教と無関係の祝日というのはイタリアでは多くない。イタリア人的にも別にこの日に何かをしようとか、そういうのはあまりないようだ。あるとすればデモ行進くらいなものである。5月1日にメーデーがあり、それまでの一週間、ヴァカンスに行く人もいる。僕の仕事にとってはあまり関係がない。通勤電車がガラガラだから座れるというくらいなものだ。
昨日の夜、コルソコモ地区に飲みに行ったのだが、ものすごい人が溢れていた。今日が休日であるからというのもあったのだろうが、久し振りにあれだけ賑わっている場所に足を運んだ。しばらくいいや。
posted tomoyuki : 09:45
24.04.07
春晴れ
ミラノは曇っている空が良く似合うとは言っても(言ってるのは僕だけだけど)、やはりこう心地良い日が何日も続くと気持ちが良い。家にいるのが勿体無く、なんかピクニック的なものにでも行きたい気分だが、週末はなんだかんだで出掛けるのは難しそうだ。海に行きたいなぁ、海。最近また銀塩写真撮ってないし。
posted tomoyuki : 11:40
サローネ後
とは言ってもまだサローネが終わってから一日しか経っていないのだが、とりあえずお疲れ様会みたいなものがあり、日本で働いている方々と直接接する機会もそんなに多くないので、お邪魔させてもらっている。結構責任あるポジションについて現場を仕切っていた、僕と歳もそんなに変わらない人達との砕けた時間は楽しく(砕けたとは言ってもやはりこちらはソコソコ緊張しているのだが)、僕も頑張らないとなぁ、と思わされる。僕は日本の社会を殆ど何も知らないうちにこっちに来てしまっているタイプなので、日本の社会の人間と接する際、どのようにコミュニケーションをとって良いのかよくわからないことがある。若い人達とはまだ通じている感があるが、40歳代の人達以上になると、どうにも噛み合わず、こちらも混乱してきてしまう。自分がその相手に対して言葉を発した時、相手の表情が一瞬キョトンとなることがある。自分の言っている事が全く通じていない感じがある。逆も然りかもしれない。これはただ単に歳の差がそうさせているのか、実際僕が結構まずい行動をとってしまっているのか、判りかねる。こちらとしてはこれ以上丁寧に話すこともできないし、ネタも他にないし、どうすることも出来ない。というわけで、僕は日本で働いている人達と会話するのが段々苦手になってきている。難しさを感じる。コミュニケーションがとりにくい。まあ、もともとそんなに人付き合いが得意なほうでもないし、そんなに多くの人と付き合いたいわけでもないのだが。それでも10人の中で1人くらいはなんとなく波長の合う人もいて、そういう人とは何の困難も感じず話すことができる。まあ、向こうが気を使ってくれているのかもしれないが。
posted tomoyuki : 08:24
23.04.07
ミラノサローネ
今年も行われましたミラノサローネ。今年も出来ればカメラマンとして参加したかったのですが、仕事が貰えず、バイトをすることになった。バリバリの日本大企業でのバイトだったのだが、生まれて初めて着ましたスーツ。僕はスーツなんてものは一着も持っていなかったので、友人が昔着ていたものを頂きました。もうとにかく肩が凝って仕方がない。舐められないように髪形もビシッとキメて行ったのですが、やはり着慣れていない感じはどうしても隠せず。それでもこの一週間毎日着続けていたので、終わるころにはそこそこハマッているように見えました。
日本の大企業ってことでかなり緊張していたのですが、まあ色々な人がいるなぁ、と。でも基本的に上のほうに立つ人間は忍耐力が半端ではないので、助けられました。自家用ジェットでイタリア入りしたその大企業の重鎮が一番腰が低かった。
posted tomoyuki : 10:24
11.04.07
春認定
ようやく春に突入したようで、コートを着ることが出来なくなった。体軽いわー。あとはあっという間に夏に突入していくのを黙って見ているのみ。
posted tomoyuki : 11:00
09.04.07
フリスビー
友人に誘われ、半分は嫌々ながら、近くの公園にフリスビーを持って出かけた。あまりにも天気が良いので、何か外で運動でもしないともったいないということで、そうなった。結構大きな公園なのだが、復活祭の翌休日ということで、公園には沢山の人がいて、日向ぼっこしていたり、サッカーしていたりした。昔は復活祭の連休といえば、夏休みの次に街から人の姿が消える連休だったのだが、ここのところ、物価の上昇やら何やらで、ヴァカンスに出かけず、街に残ってゆっくり過ごすイタリア人が増えた。それまで復活祭連休で使っていたお金を夏休みのために取っておき、夏はばーっと豪華に過ごそう、なんて考えているのかもしれない。
最初、その人込みの隙間でフリスビーを投げ合っていたのだが、近くに寝そべっていたカップルの女性のほうが「ちょっといい加減にしなさいよ、ゆっくり休ませなさいよ!」とご立腹。「わざわざこんな人込みの中に来て休む必要があんのか、家で休め、家で」と思い、数年前であれば実際口に出して日本人の評判をがた落ちさせていたかもしれないが、僕も少しは社会に適合する術を学んだのか、なんとなくその女性の気持ちがわかってしまったので、謝って場所を移すことにした。
とは言っても、なかなかちょうど良く空いている場所がなく、公園を一周してようやく見つけた場所を確保、とりあえずそこで遊ぶことにした。とは言っても、しょっちゅう近くを人が通るので、常に気を使いながらフリスビーを投げなくてはならず、あまり思いっきり遊べなかった。
それでもきちんと次の日には筋肉痛になっていた。
posted tomoyuki : 08:14