今まで時間がなくてじっくり見れなかったのだが、Fedeのサイトを拝見する。彼はウェディング・フォトの世界では知らない人間がいないくらい有名らしいが、なるほど確かにとても良い写真を撮る。ってか、日本の女子高生好きなだけあって、撮る写真が可愛い。いやぁ、確かにすごいね、この写真は。一度、彼がウェディング・フォトを撮影する現場に立ち会ってみたい。
アキーサと昼食。我等がウッドストック3で、ピザを1人一枚と巨大なミラノ風カツレツを食べる。ここのピザ、思いっきり厚めの、イタリアでは比較的珍しいピザなのだが、カリカリしていて旨い。一枚といっても、この分厚さのものを食べるのは普通無理なので、その4分の1が来る。まあ、普段はこれだけ食えば充分満足する。
しかし、今日はアキーサがいるということで、とりあえずミラノの名物は食っとけと、それにミラノ風カツレツをつけた。このミラノ風カツレツがまたでかい。重さでいったら骨も入れてだが、300gくらいあるだろう。それを1人一つずつ。
さすがに全てを食べ終わったあとはちょっと動く気がしなかったのだが、前日の夜あれだけ旨いものを腹一杯食べて(牡蠣には結局あたらず)、更に翌日の昼にこれだけでっかくて旨い肉をがっつり食ったらこれはさすがに幸せだわな。
コーヒーを飲み、そのまま彼はホテルで荷物を受け取って駅に行かなくてはならなかったので、送る。
バスに揺られているうちにものすごく眠くなってきてしまった。しかし眠れず。
彼の乗るべき電車は10分遅れたが、無事に出発していった。また次にミラノに来た時には旨いもの食おうと約束して。ちなみに来週末くらいにはまた来るかもしれないとのこと。まずいね、これ。久し振りになんちゃってグルメ魂に火がついちゃったかもね。他の外食は控えることにしよう。ってか、いい加減また家で作り始めないとな。
夜はN+M家で夕食。そのあと、使徒言行録の動画。喋るの早すぎるぜー。名前多いし。というか、それを別にしてもここは、結構難しい箇所のような気がする。じっくり読み返さないとダメだな。
N+M宅に商人が通ってきている。「僕達は興味ありませんから」と一言言って追い返すことも可能であるが、この宣教師夫妻はそうしない。商人はいつも2人一組で行動する。夫妻宅に訪れた2人のうちの1人は日本人だった。夫妻はこの日本人のことを案じているのだ。彼らとのディスカッションの中で、この日本人が気付いてくれることを願っている。
初めてこの日本人が宣教師宅に来た時、僕もたまたまそこにいた。といっても隣の台所で待機していたのだが。帰りがけ、この日本人は夫妻に対し、「2人で同じものを信じているなんて素敵なことですね〜」と、ちょっとズレた事を言って帰っていった。この台詞を聞いた時点で僕は、「あ、この人まだ戻ってこれるな」と思ったものだ。ぶっちゃけて言うと、この日本人はまだ何もわかっちゃいない。そんな僕も何もわかっちゃいないんだけどね。
商人に対する伝道の本をNさんが持っており、目次だけぱらぱらとめくってみた。商人はクリスチャンに対して、このようなつっこみをしてくるとあり、そこには揚げ足取りばかりが書いてある。しかし、それじゃあその揚げ足取りに対し、僕は的確な答えを出すことが出来るかと言ったら、間違いなくできないだろう。というか、そこであまり話に乗ってはいけないらしいのだが。
その揚げ足取りを見て、僕は自分が如何に解っていないかに改めて気付かされた。というか、僕はクリスチャンになる前、この商人と同じようなことを言っていた。聖書なんて取り方によってはいくらでも突っ込めるのだ。でもそういう取り方をする時点で聖書というものを勘違いしているのだが。別に突っ込んだところで何も変わらない。
聖書が本当に言いたいことを、もっと踏み込んで経験しなくてはならない。人間なんて弱いものだ。聖書を読まなくても一見何も変わらない。読んでいないことにさえ気付かない生き物なのだ(これは僕の話ね。なんて信仰が弱いんだろうと思う)。
僕はこの前、自分はなんて神様から遠いのだろうと書いたはずだ。そして、ここでまた同じことを書いている。
いつか来るんじゃないかと思っていたものが遂に来た。コメントスパム。
いやぁ、Genta君が怠いって書いてたけど、確かに怠いね、これ。僕のところに届いたのは約70通。二桁である分、まだ助かっているのだろう。うぜー。ってか、これってもしかして一個ずつ削除していくしかないのかしら?うぜー。
禁止IPに登録してるんだから、そのIPは全部勝手に削除してくれればいいのに。コメントを受け入れるかって処をcloseにしてしまおうかとも思ってしまう。それが一番楽だが。
実際僕のアドレス知っている人間しかコメントしたことないが、しかしコメントをcloseにするのはある意味打ちっ放しの片道通行っぽくて嫌だ。
新規エントリーを保存しようとすると必ずエラーが出るというだけで結構怠いのだが。こういうのって改善されるのかしらねぇ。
今日も朝からFedeの撮影を手伝わせてもらう。今日はスタジオ撮影。モデルは女性。トップモデル。
今日のアシスタントはそのスタジオ専属のアシスタントで、名前をリッキーという(多分リカルドとか、そんな名前だろう)。このリッキー、アシスタントの鑑かもしれない。とにかくカメラマンに絶対の信頼を与えているのだ。
Fedeがこういう風に撮ろうと思っていると言えば、それに合った的確なライトの配置をし、完璧な数字を出す。9年間アシスタントとして働いているらしいが、慣れたものである。格好いいアシスタント。
今日も昨日以上に勉強になる。僕の全く気付かないことを、リッキーはどんどんこなしていく。驚かされるばかりだ。僕に出来ることは、三脚やライトを運ぶくらいだった。リッキーに指示されたようにライトを配置する。アシスタントの卵からすると、リッキーは最高の先輩である。Fedeが、リッキーに任せれば全く心配ないと思っているのが伝わってくる。時にはリッキーがFedeにアドバイスをすることもあった。すごい。
リッキーはおそらく自分はカメラマンよりもアシスタントが合っていると自覚しているのではないだろうか。カメラマンとしての仕事もするらしいが、それは本当に少ないという。その代わり、アシスタントとしては完璧すぎるくらい完璧だ。
スタジオ撮影ってやっぱり難しい。コツを掴めば結構楽しめそうだが、やはり何も知らないと何も出来ないだろう。
昨日撮影したDIAが届いた。Fede、綺麗な写真撮るなぁ。格好いい。
夜、Yの友人のアキーサと3人で夕食。シチリア料理屋に行く。とにかくすごい量の魚を食った。魚だけでこんなにお腹いっぱいになったのはおそらく生まれて初めてだろう。いや、マジで旨かった。
ものすごい久し振りに生牡蠣を食べた。今ちょっと、ドキドキしている。来るとしたら明日の朝。
朝、Fedeの撮影に見学というかお手伝いで参加。終わったのは思ったよりも早い4時くらい。撮影って結構終電終わるまで続くこともあるので、まあ今日は運が良かった。
撮影場所は、今まで僕が見たこともないような大金持ちの家。あなた方はこんな家に住んで一体何をしたいんだ、というくらいお金持ち。画商らしいが、家のそこら中に絵画が飾ってある。本物かどうかわからないが、モネの絵が飾ってあって驚いた。これだけで家買えちゃうんじゃないの?
家自体もものすごく巨大だが、庭もものすごく巨大で、そこでは2人のメイドさんが働いていた。こんなの見たの初めてだ。本当にメイドの格好をしている。エプロンにヒラヒラが付いている!!頭にもなんて言うか知らないが、メイドって言えばこれだろうっていう物(何?)が付いている!!あまりにもメイドらしいメイド。なんか想像していたメイドそのまま過ぎて笑えた。
撮影は、僕も色々と手伝わせてもらい、非常に良い勉強になる。メインアシスタントのガブリエーレもとても良い奴で、わざわざ細かいことを説明してくれた。しかし、同時に愚痴も言っていた。アシスタントにはほとんど金は入ってこない。ほとんど全部、カメラマンが持っていってしまう。このようなことを言った。
正直、こういうアシスタントにはなりたくないと思った。人格とかではなく、アシスタントで稼いだお金で暮らすことはしたくない。ガブリエーレは、アシスタントをやって4年だと言うが、ちょっと停滞してしまっていると思う。勿論カメラマンとして稼ぎたいという気持ちはあるんだろう。しかし、今の状態から抜け出せないでいるように見える。
変な言い方かもしれないが、親から未だに送金してもらい、稼がなくてはならないというプレッシャーが全くない状態でアシスタントが出来る僕は幸せだと思った(まあ、ある意味それで学べないものもあるのだろうが)。アシスタントで稼いでいくつもりは毛頭ない。今アシスタントをしたいと思っているのは、あくまでもテクニックを盗むためであり、勿論アシスタントとして完璧なテクニックを持つということは大切だが、それはやはり通過点でしかない。
その盗んだテクニックを駆使し、コネも広げていき、出来るだけ早く、カメラマンとして活動したいと思っている。だから別に、アシスタントで稼ごうとは思わない。ただ働きで良い。
拳銃という物には何とも言えない魅力がある。握ってみたいと思うし、出来れば一度撃ってみたいと思う。拳銃には魔力が備わっていると思う。持つ人間を変えてしまう魔力。勿論人にもよるだろうが、拳銃を手にすることで、おかしな自信を持ってしまう人間はいるだろう。心にうずうずしたものを感じ、本人もそれが一体何なのかわからない。それが危険でもある。余計なことを喋りたくなる。発言が偏る。行動自体が拳銃を意識した行動になる。気をつけるとか、そういうことではない。拳銃を簡単に人に見せるとか、所謂悪い奴らに対して過剰すぎる正義感を沸き立たせる。
マタイ5;1〜12。
人間の考える幸せ。神の考える幸せ。大きく違うので、わかんなくて当然。でもなんとなくわかるくらいが丁度良い。
朝、barに行く途中の電気屋(?)で、小さなファンヒーターを見つけた。値段が書いていなかったのだが、これあったら足もと温めるのに丁度良いなぁ。50ユーロとかで売ってないんかなぁ。
まあ、誰もこんな事知りたくないとは思うのだが、僕はシャワーを浴びたあと、歯を磨くのだが、その歯を磨く約15分間、真っ裸である。しかし、最近真っ裸だとやはり寒い。やはりシャワーを浴びたあとに何か羽織るべきなのだろうが、皮膚上の水分がほぼ完全に乾くまでは、服は着たくないのだ。だから今、バスローブが欲しい。
バスローブを着て、ウィスキーとか飲みたい(飲めるかどうかは別として)。究極の自己満足。
Fashion showの撮影に行く。中は思ったように暗い。これがshow本番でどこまで明るくなるか。
結果は、散々なものだった。全然ピントが合ってないし、シャッタースピードが遅すぎて、被写体が思いっきりぶれてしまっている。そのぶれた感じがとても良いといえる写真もいくつかあるのだが、今回の仕事では使い物にならないだろう。やはりデジカメは少し遅れる。フラッシュを焚くまでに時間がかかる。ピント合わせにも時間がかかる。
おそらく一眼レフであればもっと使い勝手が良かっただろう。次は、中盤カメラが欲しいと思っていたのだが、この調子だとその前に、もっと良いデジカメ買っておいた方が良さそうだな。今の日本で5万くらい出せば、今使っているLUMIXよりももっと良いものが買えるだろう。Lumixの一番高いやつでも良いかもな。でも、5万か・・・。
デジカメに5万出すなら中盤の中古を買った方が良い気もする。
甘え。周りの人間にそれは甘えだと言われた時、納得できないことが多々ある。それは自分の物差しで自分の行動を測っているからだろう。周りから見たらこの行動はどう見えるのだろうとかいうのは、自分の都合の良い時、自分を良く見せようというエゴから行動する時にしか考えない。そういうエゴでさえも、周りから見ると甘えと見なされてしまうことに気が付かない。
いや、正確に言うと気付いてはいる場合もある。しかし、それを認めてしまうと自分というものの存在が自分の中で揺らぐ。それを怖れる人間は自分を含めて本当に沢山いる。だから、たとえそういう気持ちが起こったとしても、それをすぐに心のゴミ箱に捨ててしまう。捨てることに慣れてしまう。罪悪感を感じなくなる。ある意味、開き直る。
自分は海外に1人で来て、1人で頑張っている、日本で学生やってる連中とは違う、という一見広いようで実はものすごい狭い範囲しか見えていないことから来る勘違いが秘かに自分の自信となっていて、そんな自分は甘えなどしないと思っている。
上辺ではいくらでも自分を否定しているが、実は深い部分では全くそれが出来ていない。良い例↑。
レビ記25:1〜22。
一週間の由来は知っていたが、年にして考えてもそうなんだ。6日働いたら1日休むというのは自分にとって良いことになる。年の場合、6年しっかり働いてもらったら、7年目はゆっくり休ませる。対象は自分ではなく、自分が管理するもの。そして、神の安息。
7年目も働かせようと思ったら、神はそれに付き合ってくれる。しかし、いつまでもそれを当然のように続けていると、ツケが回ってくる。
今日の礼拝は午前中から、今の教会に移る前に使用していたドイツ教会で、ドイツ人との合同礼拝。僕はこの教会が好きだ。小さくて、可愛くて、シンプルで、ホッとする。
ドイツ人の牧師さんと韓国人の牧師さんが両方で説教してくれたが、今日は日本語の通訳がなかったので言っていることはさっぱり判らず。一応、イタリア語でも説明してくれていたのだが、声が反響し、その上鼻が詰まっているため難聴気味に陥っており、全く言葉が頭の中に入ってこない。隣のNさんに説明できれば良かったのだが、申し訳ない。
礼拝自体は思っていたよりもずっと早く終わり、その後教会の前の小さな広場(この広場も可愛くて好き)で独韓共同Festa。ドイツはやはりソーセージ。韓国は巻き寿司とチヂミ、そして肉!肉!肉!いやぁ、腹一杯食った。
今日は本当に天気が良い。でも涼しい。こういう天気、最高だ。festaの後、Yに車で送ってもらい、正ちゃんと一緒に我が家へ。僕は寝不足+体調不良で、少し寝させてもらうことにする。正ちゃんはもののけ姫を見たことが無いというので、ビデオをセットして、お茶を入れ、僕はそのままbedに倒れ込む。お客さんほっておいて寝た。我ながら最悪。
今晩、ミラノ郊外の教会で、Mさん参加のコンサートがある。教会でのコンサートには今まで一度も行ったことが無く、音響的にも素晴らしいのではないか。
教会でのコンサート。ミラノ郊外のCorsicoという街の中心にある教会。新しいなぁ、この教会。もう本当にミラノ中心に全く行かないとしたら、こういう新しくて小綺麗にまとまった街に住むのも良いかもしれない。
やはり音の反響がすごい。全身が包まれるようだ。今回はほとんど目を閉じて聴いていたのだが、目を閉じると、どこから音が届くのか、全くわからなくなる。耳だけではなく、全身が耳になったような錯覚に陥り、全身で音を聴くというよりは音を感じるといった方が正しいかもしれない。
アンコールの曲で、名前は知らないが時々耳にする曲のaleンジがあった。ちょこまかした感じのaleンジで可愛い。
結局朝まで一睡も出来ず。咳の数がどんどん増えていく。横になっているからかと思ったが、体を起こしても止まらない。本格的に風邪引いたらしい。鼻が詰まっているので口で息をするしかないのだが、そうすると喉が渇き、咳が出やすくなる。肺が痛い。どうしようもない。朝の礼拝はやむを得ず欠席。くそぉ・・・。
今日は一体何時から仕事なのか判らず、時間かかっても今から寝ようかと思ったのだが、寝坊するのが怖いので、このまま起きていることにした。
マタイ4:12〜25
ペテロとか、アンデレとかヤコブとかヨハネ。聞こえちゃったんだろうなぁ、声が。キリストっていつ聖書読んだんだろうなぁ。まあ、当然と言えば当然だが、全部覚えてるんだろうなぁ。「預言者イザヤを通して言われたことが、成就するためである」と書いてあるが、自分のするべきことを全て旧約聖書で確認していたのだろうか。納得いかないところもあったんじゃなかろうか。自分が将来どうなっているのか、それがわかっていてそれに向かって行くって、真似できない。
どうでも良いが、この動画で流す音楽、もう少しどうにかならないかなぁ。なんかNH○の午前中の15分番組を見ているような気になる。一体どっから探してきたんだ、こんな音。
もう一つ、どうでも良いが、「成就」を「せいじゅ」と読んでいた。かなり恥ずかしいが、なんと「せいじゅ」でも変換できた上、「<じょうじゅ>の誤読」というメッセージまで付いてきた。畏るべきATOK。
今日は結局セレクトショップでの撮影は無しとなり(一週間で一番客足の多い土曜日の午後に撮影するなんて無茶だろう)、aさんが家に来てMICAMの写真のセレクトをし、少し話し、aさんが帰った後ですぐに写真の加工に移る。目標は今日中に全ての加工を済ませて送ること。
Yが仕事を終わらせるまでに思っていたより時間があったので、加工は全て終わった。ここに少しテキストをつけて送るだけだ。
隙間がない。僕を包んでいるこの空気は一体なんだ。今まで感じたことのない妙な感覚。初めてなのに、僕の気持ちはそれを全く拒否しない。というか、拒否したところでそれは僕を更に上から包み込んでしまう。すごい。
寝てる間、何度か目が覚めてしまった。あまりにも喉が渇いて仕方なかったのだ。お茶を入れて飲むが、あまり効果がない。寝惚けていて判らなかったのだが、喉が渇いていたのではなく、喉が痛かったのだ。きちゃったかなぁ。
朝起きると、頬骨が軋んで痛む。
マタイ4:1〜11。
メチャクチャお腹空いている時に「飯奢ってやるからあれ盗んできて」と言われたら罪悪感を感じる余裕はあるだろう。
しかし、精神的にズタズタにやられている時に同じことを言われたら、僕はなんの迷いも戸惑いもなくそれを実行に移すだろう。罪悪感を感じても、それをすぐに頭の隅に追いやってしまうだろう。
S氏とshoで、その友人達のアペへ。fedeという写真家に出会う。今度スタジオ撮影の手伝いをさせてもらうことになった。良い話に繋がればいいのだが。彼の写真は僕の写真と似ていると思った。
今週末から来週にかけて、そこそこ忙しくなりそうだ。明日はセレクトショップでの撮影。月曜日は始まったばかりのレディースコレクションのあるブランドのshow撮影。火曜日か水曜日にfedeの手伝い。悪くない。
なんだこの寒さは!!いきなり寒くなったぞ!限りなく冬に近い秋の風。これが寒波って言うのかしら。マジで風邪気をつけよう。もう引いちゃっているような気がしないでもないのだが。
明日朝ものすごく早いので、さっさと寝ようとbedに入り、遠藤周作のディープリバーを読み、登場人物のある女性の周りにいる腐った男どもを血祭りにしてやりたいと思い、同時にこれは小説なんだと考え、実際こういう人間が僕の周りに姿を現したら、僕はやはりむかつくのだろうかと考える。
軽く瞼が重くなったように感じたのでライトを消して寝に入る。多分その時点で12時くらいだったろう。ビールを飲んだ後に薬を飲んだせいか、喉が渇いているように感じたが、bedから起きあがってまた目が覚めてしまうのを恐れ、そのまま強引に寝る。寝たか寝ないかの狭間を散々彷徨った末に、やはり喉が恐ろしいほど渇いてきて完全に眠気が消え去ってしまった。再びライトを点け時計を見るとまだ30分しか経っていなかった。やたらに長い30分だった。
仕方なくbedから出て台所に行き、薬缶の中のウーロン茶をがぶ飲みする。が、いくら飲んでも喉の渇きは治まらない。薬缶を空っぽにしても治まらないので諦めた。PCを起動させ、しばらくタイプする。早く寝ないと後悔する。しかし、そうやってプレッシャーが掛かると眠れなくなる。
The returnのサントラCDを探して、何時間もCD店を廻った。どこにも置いていなかった。もしかして、発売されていないのか?良い曲たくさんあったんだけどなぁ。日本で発売されるようであれば、買おう。サントラCDって映画として放映されてから、どのくらいで発売されるのだろう。結構向こうの話になってしまうのだろうか。
今日はやたらに暑かった。陽射しがものすごく強い。僕の家が比較的涼しいので、外の気温が判らず、ニットを着てきてしまった。気付いた時には既に遅い。不便だなぁ、これ。
自分が与えられた場所。
自分に出来ること。
自分というもの。前、経緯、後(今)。
きちんと考えたことのないことだが、これは本当に原稿用紙3枚分くらい書いて一度頭の中を整理した方が良い。それで見えてくるものはきっと大きい。
一番良いと思うのは、「自分で喜ばれるためにこうしようと思ってその通りに行動する」ことではなく、「自然に行った行為の結果、喜んでもらえる」ということだ。こう思うことも、欲なのかなぁ。
僕はまだまだ遠い。貴方が点にしか見えない。
やっぱりだ。ホッと気を抜くと、僕はすぐに転げ落ちる。弱いぞ、弱い。
夕方くらいから、鼻水が止まらなくなる。すぐに脳が酸素不足の黄色信号を点滅させる。点鼻薬(字、間違ってる気がする)が欲しい。まだ冷蔵庫の中にちょっと残っていた気がするなぁ。でも、あれもきっと消費期限とかあるよなぁ。クシャミまで出てきたぞ。うぜー。
最近見た映画。
The Return。やはりタルコフスキーの影響を多大に受けた映画であった。
広大なツンドラ。どこまでも黒い海。大地を包み込む巨大な空。ロシア。
音楽もかなり良い。サントラCD売ってるかなぁ。探してみよう。
兄貴役、映画の撮影後、舞台となった湖で溺れて亡くなったらしい。友人と遊びに行った時に起こった事故だという。まだかなり若かった。すごく良い顔した少年だったのだが、惜しい。
僕がロシアの空港で見たあのグレイの空そのままの景色が次々と広がる。本当に美しい。
エンディングロールに入る前の、雨音をバックに歌う声が寂しくて、切なくて、何とも言えなく素晴らしい。ロシア語か?
この映画の日本語サイト、格好いいわ。使用している画像がものすごく良い。こういう写真だよ。
監督のインタビューで、松尾芭蕉とその弟子の曾良の会話について語っている。俳句が好きなのかな。「月について全てを余すところなく語り尽くした完全な俳句である」という曾良の芭蕉の句に対する言葉に対し、「私がそれについて考える余地を残していないからだ」と返す芭蕉。深いなぁ、深い。
旧約聖書・創世記、22章「アブラハム、イサクを捧げる」の場面を描いた絵が始めの方で一瞬だけ登場する。僕が以前(今でもなんとなく)、本当に拒絶した箇所が登場する。父アブラハムが神に自分の息子イサクを生け贄として捧げる場面だ。ここに隠されたメッセージを読みとるのは本当に難しい。
「父親のあるべき姿」
「自己犠牲としての愛」
この映画、今の時点では僕は子供の立場に立って見ているが、いつか僕が父親になった時、全く違った顔を現すのだろう。
監督も39歳という若さなら、周りのスタッフも映画界に入ってまだ間もない人間ばかりらしい。これは久し振りに期待してしまう次回作。
シンドラーのリスト。スピルバーグはロベルト・ベニーニのライフイズビューティフルを見て憤慨したらしい。なんとなく判らないでもないが、というか、むしろよく判るが、イタリア人ってああなのだ。あれを否定してしまうのは、イタリア人の存在を否定してしまうことに等しくもある。
イタリア人の存在を否定するほどアメリカ人は偉大だとも思わないし、こんな事を言えるほど、僕も偉大ではない。
エンディングが良かった。
Less Than Zero。時代がなぁ・・・。これを見る前にKEN PARKを見てしまっていたので、全然Less Than Zeroに感じなかった。自分の意志に全く関係なく、理不尽で巨大な力にゼロ以下の少年時代を送らされてしまう人間は沢山いる。そういう意味で、KEN PARKの方が何倍も悲惨である。
へー、そうなんですかー。PS2の軽量版が出るんですかー。いやー、参りますねー、それは・・・。うーん、危険だねー。いくらなんだろうねぇ。一万円台だったらどうしようかねー。ふーん。
・・・
・・・忘れよう。
お昼過ぎ、Fieraで行われている靴の展示会「MICAM」の取材に行く。Fieraでの取材は以前行われたサングラスの展示会で痛い目に遭っているのであまり乗り気はしていない。しかし、ここで断ったら多分一生この話は来なくなるなと思い、引き受けたのだ。僕だってあの時のように無様なまま終わらせたくない。
今回助かったのは、既に取材するメーカーをaさんが下見で決めていてくれたことだった。場所が決まっているだけで、こちらとしては断然動きやすくなる。
aさんに指示されていたこと、10のうち9は出来たが、残りの1が出来なかった。この1はこれからの僕の中で非常に大きな課題となる。10のうちの9というのは単純に数字として見たら、ということで、実際にはこの間にはとても大きな違いがある。それに、9も、完全な9ではなく、ただ単にこなした9である。理由は色々あるのだが、書き始めるとおそらく言い訳しか出てこないので書かない。言い訳なんぞしたところで、所詮は全て回避できることだったのだ。経験不足といえば経験不足ともいえるかもしれないが、経験不足でも出来る奴は腐るほどいる。
Fieraからそのままlabにお邪魔する。ユリミチが2人とも風邪をひいていた。しかし、この2人は絶対にこれ以上風邪を拗らしてはならない2人なのだ。今は絶対にダメ。
ユリが「初めてのニット教室」と題し(別に題してないけど)、僕に簡単な作業をさせてくれた。こういう単純な作業は結構好きなんですよね、僕。いつか端編みが出来るようになりたい。あれ、面白そうだし、やり遂げた快感がたまらなそうだ。でも、編む時の力の入れ方とか、結構難しそうだ。
夜、S氏と夕食。S氏の希望で久し振りに台湾料理屋に行く。メニューがちょっと変わっていた。わかっていたことだが、客はほとんど日本人や台湾人や香港人。MICAMの影響だろう。稼ぎ時か。
今日、家を出る時に、試しに窓を全部閉めてみた。帰ってきてみると、やはり部屋の中には黴の臭いが充満していた。やはりこの家は黴臭いのだ。いつも窓を開けっ放しにしているから気付かないだけなのだ。これじゃぁ、冬の間も窓開けっ放しにしておかないとダメそうだな。自分が家にいる時は仕方ないが、出掛ける時はやはり窓を開けておこう。怖いんだけどねぇ。
9時半に、aさんに電話をし、これから向かうと言った。すぐに家を出たのだが、大事なことを忘れていた。自転車をNさんちに起きっぱなしだったのだ。aさんの家に行くには、自転車だと7分、バスもあるにはあるのだが、平日しか動いていない。というわけで、仕方なく歩くことにした。普段は自転車でさっと通り過ぎてしまうだだっ広い道路。日曜日ということで、車数は少なく、歩いている人もほとんどいない。歩道の端にはコンドームや注射器が落ちている。夜になると結構危ない道なのだ。
30分ほどでaさんの家に到着、月曜日に頼まれた仕事の内容を確認し、彼女はそのままparisに発たなくてはならなかったので、早めに別れる。帰りはバスとトラムを乗り継いで家のほうまで戻ってきた。
家の近くには、メルカートができていた。見た感じ、町中を巡回しているタイプの巨大メルカートで、Corso Lodiを閉鎖してそこに店が軒を連ねている。Corso Lodiを閉鎖するって結構すごい。普段は結構交通量の多い道路だ。
引っ越してきてから行きつけになっているBarで朝食をとる。ユリに電話する。昨夜、家に電話してくれたらしい。出たかった。
Barから出てメルカートを軽く一周する。キッチン用品をいくつか買った。2,5ユーロなり。
礼拝。2時に教会に着くと、まだ誰も来ておらず、写真を撮っていた。N+Mユリが同時に到着し、今日はマルコの福音書の学び。キリストがヨハネから洗礼を受け、その後に40日間の断食(サタンとの戦い)を行い、神の福音を述べ伝える者となる。ヨハネからキリストへ、福音の述べ伝えのバトンタッチが行われる場面だ。ここで初めて、聖書にはヨハネという名前の人物が2人登場知ることを知る。ヨハネの福音書、ヨハネの黙示録を書いたのはキリストの弟子である人物。キリストに洗礼を授けたヨハネとは別の人物だったのだ。まあ、ちゃんと考えると全くその通りなのだが。洗礼者ヨハネは、キリストに洗礼を授けた後、王に捉えられ、刑罰に処されている。福音書を書けるわけがない。
「もしそうでなくても」。僕はこの言葉を受け入れるのに、結構勇気が必要だと思った。出来れば、それはあまり頭の中には入れておきたくないというのが正直な思いだ。
礼拝後、すぐに教会を出て、aさんに頼まれた半分仕事、半分雑用的な用を済ませるため、Four Seasons(?)ホテルに行く。5つ星large。入る前に、背筋がきちんと伸びていることを確認し、フリスクを2粒食べる。
フロントに行って会いたい人間の名前を言い、調べてもらったのだが、残念ながら不在。渡さなくてはならない物だけをフロントに預けてホテルを出る。緊張した。
その後Duomo付近を歩き、shoと会い、映画に誘われる。つい先日まで行われていたヴェネツィア映画祭に出品されていた、塚本晋也監督の「VITAL」が今日一日だけ上映されるということで、見に行った。
久し振りに面白い映画を見たという感じ。かなりダークな映画だが、音と合間合間に挿入されていたエフェクトがものすごく格好いい。もう少し映画館のスピーカーが良いものであれば、もっと素晴らしかったのだが。映像も面白かったなぁ。
夜、ユリとお酒飲んだ。またいろんな話をした。ビールを飲みきれなかった。
昼間はまだ少し暖かいが、夜は結構冷え込む。温かいスープが飲みたくなった。ロシア。
嫌な夢を見た。ただただ、自分の傲慢で、幼くて、我が侭で、ドロドロに腐ったところが露呈される夢だった。とても現実的なsituationで、ある意味とても現実的な言動をしていた夢の中の自分。
僕は現実で自分がこういう行動に出ることを本当に恐れている。しかし、実はこの夢のような行動に出る可能性は決してないとは言えない。むしろ、可能性としては低くない。普段は隠している自分の一部分が、ふとしたきっかけで表に現れてしまう事は充分あり得る。だが、それをやったら僕はもう落ちるところに落ちるまで、決して止まれないだろう。怖い。自分はこういう人間なんだと認めるのは、本当に勇気がいるし、できるなら認めたくない。
しかし、こういう一部分は確実に、僕の中に潜んでいるのだ。ただ、ずいぶん長い間、それを表に出していないだけだ。しかし、そろそろ姿を現すかもしれない。さっき見た夢は、その危険を示唆していたのかもしれない。
まだ5時だ。午前中、aさんの家に行かなくてはならない。もう少し寝たいが、先程の夢のことを思い出すと、もう眠りたくない。
朝6時に起きる。シャワーを浴び、ネットでバスの時間を確認し、外に出る。今日はそんなに寒くない。天気予報で、土曜日からまた少しずつ暖かくなりますと言っていたのだが、それは間違っていないようだ。
バス停まであと100mというところで、目の前をバスが通り過ぎていった。はぁ!?と思ったが、既に遅かった。バス停に着き、時刻表を見てみると、ネットで調べた時刻表とかなり異なっている。何故かというと、僕は今日が日曜日だとすっかり思いこんでいて、ネットで日曜日の時刻表を見ていたのだ。仕方ないので、15分後に来た次のバスに乗ったのだが、このバスが途中のPorta Romanaで止まりやがり、そこから9番のバスに乗り換えて、歩かなくてはならなくなった。おかげで教会に到着したのは8時過ぎになってしまった。教会に入ると、10数人が静かに祈っていた。僕は教会の端を奥に進み、小部屋に入る。
N+Mユリは既にお祈りをしていたので、僕もそのまま席に着き、それに参加する。
聖霊って難しい。掴み所がない。まあ、掴める存在でもないんだけど。
早天祈祷会が終わり、みんなと別れ、僕はDuomo近くのFujiに現像を頼んでいたFilmを取りに行かなくてはならなかったので、そこまで歩いていく。9時前だったので、まだ店は開いていなかった。店が開くまでどこかのBarでお茶でもしようと思い、Via Torinoを下っていくと、Fnacが既にやっていたので入る。全くその気はなかったのだが、勢いに乗って3枚もDVDを買ってしまった。「SCHINDLER'S LIST」「L'AMANT」、そして、Machidaさんが言っていた「The Return」の3つ。The Return以外はセールしていた。シンドラーのリストが12ユーロだったらまあ買いだろう。ラマンはロリータと並んで僕の好きな映画の一つである。ロリコンってわけじゃないと思うんだけど。The Returnは借りようと思っていたのだが、なんか面倒になって買ってしまった。3枚で45ユーロだったら損はしていないだろう、多分。呪怨2まで売っていて、危うく買いそうになってしまった。危ない危ない。
その後、Fnacを出て近くのBarでお茶をし、Filmをもらって家に戻った。少し寝ようかな。
昨夜は寝たのが3時くらいだったのだが、何故か今朝は7時に目が覚めた。それも、目が覚めた時点で既に頭は覚醒していた。これはもう、間違いなく、Linaの手術のためだろう(しかし、受動である。能動でなくてはならない)。ユリとMちゃんは既にlabに着いているのだろう。離れたところでも、同時に祈れば、その祈りの力は倍増されるのだろうか。
お昼に、shoとDuomo付近で待ち合わせをし、IKEAに行った。Duomo周辺で待ち合わせをするなんてものすごく久し振りのことである。最近Duomo近くに来ることもめっきりなくなった。
今日買うべきものは、便座、時計、服を収納するためのケース、出来ればソファ型椅子、カーテン。そんなところだ。
実際には椅子以外は全て買った。椅子は強引に我慢した。偉い。やはりIKEAに行くと時間の流れがものすごく速い。帰ってきたのは夕方で、速攻便座を取り替える。トイレだけは綺麗になった。シャワー室のサッシも変えたいんだよなぁ。もう下が完全に黴に浸食されてしまっていて、見た目が最悪なのだ。しかし、シャワーサッシを買う金はないし、僕1人では工事できない。これは我慢するしかないのかなぁ。それか、気合い入れてこの黒い黴を洗い落とすか、だ。こっちってカビキラーみたいなの売っているのかしら。
夜、ユリ家へお邪魔。Gがカルビ鍋を作ってくれた。旨いよー、マジで旨いよー。ご飯が止まらない。それも、かなり本格派だ。いやぁ、お腹いっぱい。大満足です。明日、口臭いのは間違いないが、悔い無し。
ユリが、僕がこの冬のために一番待ち遠しかったジャケットを完成させて持ってきてくれた。いやぁ、参った。知ってたけど、似合うんだなぁ、これが。はじめはメンズラインが欲しいと思っていたのだが、途中でレディースのほうが似合うことに気付き、変えてもらった。ありがとう。試着するために着ていたニットを脱ぎ、ノースリーブになると、Gが大切なことを言った。「案外筋肉あるのね」。いやぁ、良いところに気付いたね。そうなんです、脱ぐとすごいんですね、僕は。狙い通り(フフフ)。
いやぁ、マジで格好いい。もうこの冬はこれ着て赤い自転車で町中を疾走するぜー。赤い自転車が400ccのバイクに見えちゃうね、これは(自分だけ)。
2人とも、本当にありがとう。感謝感謝です。
で、酔いが回ったのでまたしてもソファで寝てしまった。勝手に心地良い。
帰り、ユリが車で送ってくれた。明日の早天祈祷会、「来れたらおいで」と誘ってくれたが、「行けるから行く」のではない。行くのだ。
受洗する際に、S氏に一つ忠告されたことがある。
「俺はお前が受洗することに関して、文句はない。お前の好きなようにすれば良いと思う。だけど、一つ言っておく。決して傲慢るな」。
それを聞いた時は「そんなことしないだろう、そんなことする理由もない」と思ったものだ。何故彼が敢えてそれを忠告として僕に言ったのかわからなかった。しかし、今はなんとなくわかる。そして、僕は彼の言った通りになろうとしている。正確には、自分に元々あった傲慢な部分が、目立ってきた感じかもしれない。
彼は高校、大学と、クリスチャン系の学校に通っていた。だから、周りには腐るほどクリスチャンがいた。彼はクリスチャンにはならなかった。そんな彼が一番目にしてきたのが、傲慢にも見えるクリスチャン達だろう。
キリストは、傲慢ではない。というか(1)、「彼だから」傲慢ではない。というか(2)、彼の行動は、それが傲慢であるとか、傲慢ではないとか、そういう論議をするものではない。そんな論議をするほど複雑ではない。シンプルなのだ。そのシンプルなことを、複雑にしてしまうのは人間だろう。
クリスチャンでない人からしたら、キリストの行動は傲慢に映ることが多々あるだろう。僕はそうだった。そして、そのキリストの足跡を辿っている人達のことも傲慢に見えるだろう。これも、わからなくはない。
まあ、これは僕の思ったことなのだが、実際傲慢になってしまっているクリスチャンは多いと思う。それは、悪気があるわけではないが、そうなってしまう(そう見えてしまう)のだと思う。そして、僕も今その罠にはまりつつある。自分はキリストに付いて行くことを決めたが、自分は決してキリストではないのだ。自分で彼の言葉を理解した気になって、それを軽はずみに語ることは許されない。傲慢になってはいけないのだ。シンプルなものを複雑にしてしまう人間が、それを更に複雑にしてしまうであろう他の人間に語ることは、本当に難しい。充分に、噛み砕かなくてはならない。
スパイダーマン2を見る。周りはほとんど中学生か小学生。久し振りにこんな状況で映画を見た。映画にヤジ飛ばしても何も変わらず、不満を言っても何も変わらない。でもまあ、こういう映画はこのくらい楽しく見た方が面白いかもね。映画自体はダメダメで、費用削減が目に見えすぎてしまった。しかし、part3もあるようだ。だんだん酷くなっていってしまうんじゃないのか、このシリーズ。もうアメコミ系は僕の中では終わってしまったのかもしれないなぁ。好きだったんだけどなぁ。ちょっと飽和状態だよなぁ、アメコミ系。というか、飽和状態に陥ったのはとっくの昔か。
今、正直思いっきり殴りたい奴がいるのだが(正確に言うと、殴るだけではなく、口にセメント流しこんでやりたい)、それは意味がない。そして、僕がするべきなのは奴を殴ることではなく、彼女に自信を持たせること。彼女が自信を持ち、堂々と、彼女の思うように振る舞えれば、奴もそれを見て何か考えるかもしれない(「見る」って事が出来ればね)。そうなることを願う。それでもダメな時は、殴っちゃうかも(ダメ)。まあ、殴り返されたら負けるけどね、多分。
激しい雷雨だ。これでまたミラノの気温が下がる。
夜、Nさん宅から帰宅し、アンフィンさんにお礼のmailを書く。はじめは英語で書いていたのだが、やはり僕の伝えたいことはほとんど通じないと判断し、英語で書いたものを詳しく日本語でも書くことにする。英語なぁ。もう単語がほとんど出てこないもんなぁ。やばいよなぁ、これ。
大きいといえば、大きく、どうでも良いといえばどうでも良いことに気付いてしまったのだが、何故受洗の時、あんなに多めに水をかけたのかというと、牧師さんは僕の背中に大きな罪を見たのではないか。罪が大きければ大きいほど、それを洗い流すために大量の水を必要としたのではないか。
なんてことを朝7時前に起きて、自分のblogを読みながらボーッと考えていた。この朝のダラダラ感をどうにかしたいが、朝は早起きしてでもゆっくりしたいのが僕なのだ。出掛ける準備にも最低2時間はかける。まあ、そのうち1時間はPCの前なんだけど。それも、別に起きてすぐにメールの返信を書かなくちゃいけないとかいうのではない。一日何通もメールなんて来ない。なんとなく、キーボードを叩いている。まあ、覚醒に導く手段と言おうか(言えない)。
「覚醒に導く」なんていう大層なタイトル付けているのに、書いてあることはしょうもない。
お昼に、昨日日本から戻ってきたばかりのshoに会う。久し振りで元気そうだ。Duomo付近で昼食を済ませ、そのままちょっと写真屋に付き合ってもらい、barに行ってお茶を飲み、お喋り。日本を満喫してきたようで羨ましい。
その後、僕の家に行き、時間を潰す。その時、なんでか模様替えをしようという話になり、日本から帰ってきて時差ボケ気味の奴に頼むことではないのだが、力仕事を手伝ってもらった。ありがとう。かなり部屋が広くなる。いや、マジで広くなった。いやぁ、家ってこういうものだろう。これもまた狭く感じる時が来るのかもしれないが、それでも今は本当にスッキリしている。最高。家の中にある空間が狭いと、それだけでかなり息が詰まることに気付いた。この部屋もっと良くなるな。やる気が出てきた。三日後には消えているやる気。いや、とにかくshoサンキュー。
夜、ノブ家で集まり。ダメだー。ワインなんて飲んじゃダメだー。それも、赤なんて飲んじゃダメだー。でも結局飲んでしまい、思った通り、その後のNさんの説教の最中に睡魔に襲われる。本当に申し訳ない。どうしようもない。朝比較的早かったことを考えるべきだった。まあ、考えたとしても、まあ大丈夫だろうと思って飲んでしまうのだろうが。
再び1人で家に帰ってくると、やはり部屋が広い。素晴らしい。
明日はまたストライキだ。朝8時45分から午後3時と、午後6時以降は交通がほぼ完璧に麻痺する。どこにも行けないことになるのだが、ちょうど良いかもしれない。今日行った模様替えのために、また部屋を掃除しなくてはならなくなり、明日はそれに相応しい。模様が変わったために、新しく気付いた整頓するべき箇所をいくつか見つけたので、それも明日やってしまおう。そして、体力が余っていたらDVDでも借りて見るか。家にいるなりに、充実したものにしなくてはならない。パソコンにずっと向かっているなんてことは極力避けたいが、まあある程度は避けられても、完全に避けるのは無理だな。
午後、Labに行き、エチケット制作。Yがちょっと留守にしている間に、1人の韓国人女性が来た。顔を見てすぐにピンとくる。噂のsuiだった。Y曰く、「すっごい美人の韓国人」と聞いていて、今日来たのがすっごい美人の韓国人だったのでわかったのだ。
Yが来るまでちょこちょこっと話したのだが、なんだかしっかりした女性だなぁ、と思った。芯が強く、意見がはっきりしている。口喧嘩をしたとしても、僕のような屁理屈男はボコボコにされてしまうだろう。
軽率な発言はもういい加減やめよう。本当に、自分が災いを招くだけだ。
Y、頑張れ。マジで頑張れ。良いもの作れ。
夜、S氏とそのお母様と弟君と、Yさんで夕食。Corso Comoのイゾラに行く。今日からたった4日間、S氏のお母さんと弟さんが旅行に来ているのだ。空港から到着し、ホテルに荷物を置いてそのままレストランへ。
なんか思っていたよりも気さくなお母さんで弟さんも話しやすく、ホッとする。良い家族なんだ、S氏の家族は。歯医者家族なので、歯の話でかなり盛り上がる。「あの人の歯はもう完璧よ」とか、「矯正はやっぱりセンスよね」とか、へぇ、そうなのかぁと思う話が盛りだくさん。裏事情も少し聞けて楽しかった。それも、ご馳走していただいた。お世話になります。
雨だ。久し振りの雨。気持ちいい。
午後、教会で受洗式。相当水をかけられた。履いていたパンツがびしょ濡れに。
その後、昨日のゲスト牧師による説教。今日は主日で、説教もいつものように40分ほどで終わるかなと思っていたのだが、始まってすぐに牧師さんが「今4時です。今日は6時まで時間があるらしいので、それまでには終わらせたいと思います」と言った。ということは、それ以上になるということだ。その時点でお尻が痛くなってきた。
今日の説教箇所は、エフェソの信徒への手紙と、ルカによる福音書14章25節から33節。このルカ14章25節からの箇所には、「弟子の条件」というサブタイトルが付いている。僕が聖書の中で気になっている部分の一つだ。キリストは、弟子の条件として、こう言っている。
「もし、誰かがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではあり得ない。自分の十字架を背負ってついてくる者でなければ、誰であれ、わたしの弟子ではあり得ない。・・・。だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ1人としてわたしの弟子ではあり得ない」
この箇所を、そのままの形で受け止めたら、「カルト宗教と変わらないじゃん」と思う人もいるだろう。というか、実際そこらの金目当てのカルト宗教はこの部分を自分達に都合の良いように解釈して勝手に説明し、信者を増やしているところも少なくないと思う。僕もはじめはそう思っていた。
で、今はそう思っていないかというと、思っていないわけではない。しかし、否定するわけではない。
今日の牧師さんは、「これは本当に家族を憎めと言っているわけではありません。しかし、一番愛すべきなのはキリストです」と言っていた。わからないではない。というか、そういうことなのだ。しかし、ここで僕に疑問が湧く。「愛する」ということに一番も二番もないんじゃないかってことだ。
「僕は彼女を世界で一番愛している!」なんて雨の中叫ぶ男が出ているドラマを時々目にするが(しないか)、その時点でおかしい。
僕はAよりもBを愛しています、なんて普通に考えておかしいだろう。僕は両親を愛しているが、父への愛と母への愛は全くとは言わないが異なったもので、それに順位なんて付けることは出来ない。同じように、僕は両親よりも恋人を愛しています、なんてことも思わない。比べるものではないのだ。
結局、説教が終わったのは6時半。2時間半の説教。これまでの最高新記録を樹立したらしい。韓国はやはり熱い。熱いよ、これ。
僕の受洗した日。9月12日。「此処の人に」という覚え方か、「クサイ人に」という覚え方か。
午前中、ギリギリまで寝てシャワーも浴びずにaさんちへ。写真のセレクト。すぐに家に戻って選んだ写真の加工。思った以上に時間が掛かってしまい、寝ないでそのままNさんちへ。賛美歌の練習。
それから教会に行き、ゲスト牧師の説教。長い!2時間、あの教会独特の堅い椅子に座り続けているのはきつかった。胃液が内膜を焼く。
僕、集中力なくなったなぁ。いかんなぁ。
生まれて初めてMiniに乗った。かっこいー、これ!マジで格好いい。欲しい!smartよりも全然格好いい。最高。可愛格好いい。欲しい。外見も可愛いが、中もものすごく可愛い。よし、寝るぞ!
結局寝たのは3時間ほどか。こんなことしてるとまた体壊すぞ。
午前9時半からDANTONEにて再び撮影。今日はものすごい急ぎの撮影となった。途中で団体客が入ってきてしまったために、aleに余裕が無くなってしまったのだ。指示してシャッター、指示してシャッターをものすごいスピードで繰り返す。終わった時はもうaさんとお疲れの挨拶をするのがギリギリなくらい精神力が消耗していた。
その後S氏宅に行く。少し眠らせてもらおうかと思ったが、結局眠れず。これはまずい。
S氏と一緒にj宅へ。髪の毛を切って欲しかったのだが、断られた。断り方がちょっと格好良くて、説得力もなんとなくあり、それ以上強く頼むことが出来なかった。仕方ない。この時点でもう体力の限界を感じた。今夜、教会での礼拝があったのだが、やめる。教会で説教を聞く気力が残っていない。説教を聞くのは結構体力や精神力を使う。無理だ。教会に行って苦しい顔などしたくない。そんなの、僕次第なんだけど。そう、本当に僕次第。
そのままj宅で彼と喋り、軽く喧嘩になる。彼との喧嘩は気持ちが良い。一応、彼に筋が通っているから。
その後Hとjで中華。ここではもうぶっちゃけパーティ。とにかく3人で色々なことをぶっちゃけた。また僕とjの間が険悪ムードになるが(勝手に僕がそういう方向に行ってしまった)、最後には多分2人ともお互いから学ぶことを学んでいる。・・・多分ね。Hには申し訳なかった。もう帰って寝るだけだと思い、危険が伴ったがビールを飲む。このビールが良くなかった。
僕はこの2人に比べて本当にケツの穴が小さい。ガキだとは思わないが、ケツの穴は本当に小さい。
jにようやく受洗に関して話すことが出来た。やはり、ギリギリまで彼に言うのは躊躇われた。S氏がきっかけを作ってくれた。はじめ、彼は信じなかった。そりゃそうだ。あれだけ「俺は絶対に受けない」「聖書に興味あるだけだし、あんなの受けるわけないじゃん」「受けたら台湾料理屋で好きなだけ奢るわ」などと豪語していた僕が突然受けるというのだ。信じられないのも当然だろう。僕だって信じられない。
うーん、今日一日、僕は一体何がしたかったのだろう。後悔とは言わないが、後で考えて、自分が「一体何がしたかったんだ」と感じる行動が多発した。あまり良い傾向とは言えない。
久し振りに酒を飲んだせいで眠れなくなった。頭が覚醒してしまったのだ。最近は全くなかったのだが、酒を飲み過ぎるとこうなることが時々ある。ビールコップ2杯だけだったのに・・・(弱すぎ)。やはり昨夜の寝不足が効いているようだ(言い訳)。
今の混乱した精神状態で明日の朝を迎えるのはまずいと思う。しかし、どうすれば良いのかわからない。
朝、aさんの家に行って仕事。相変わらずこういう仕事下手くそだなぁ、僕。
帰ってきてから部屋の掃除を始めた。いい加減に床磨きをやってしまわなくてはいけない。既に机の上は再び物が溢れ出してきている。掃除機をかけ、さぁモップ掛けと、バケツに洗剤を注いだら、それは洗剤ではなくアンモニアだった。懐かしいブリーチの匂いが激しく鼻を突き、頭がクラクラする。でもせっかくだからということで、アンモニアを水で薄めたもので床を磨いてみることにした。消毒とかになるかと思ったが、消毒するのはアンモニアではなくアルコールだった。
頭をクラクラさせながらとりあえずアンモニアでのモップ掛け終了。床が乾くのを待つ。
床が全て乾いてから、今度は正真正銘の良いカホリのする床用洗剤で床を磨く。やはり、埃ではなく、砂埃がものすごい。それもこれも全て外の工事のせいだ。僕のせいではない。まあ、とりあえず床のモップ掛け終了。やっぱりこの床きちんと磨けばそれなりに見れる。
慣れないことをして力尽きたので、30分ほど寝た。まあ、とりあえずこれで人を呼べる。呼べるのか?
夜はNさん地でテスト。怪しかったが100点。いくつか自分なりの解釈で答えたが、自分の思う答えが100%出てきたわけではない。改めて、僕の言葉で表現してみるのも良いと思う。
猫の髭ってどのくらいで成長するのだろうか。人間と同じであれば、猫にもよると思うが、早いやつは早いだろう。早く元に戻ると良いと思う。
今日もDVDを借りてきた。今日借りてきたのは、アンソニー・ホプキンス主演の「The Human STn」。ヒロインはニコール・キッドマン。
ホプキンスとグレーのVOLVOのバランスがとても良かった。ゲイリー・シニーズを久し振りに見たが、何となく変わった感じがするのは何故だろう。シニーズは僕がかなり気に入っている役者さんで、フォレスト・ガンプとかアポロ13に出演している、笑顔が素敵な男優さんだ。今回の映画ではイマイチぱっとしなかった。エド・ハリスも出ていたが、エンディングロールを見るまで、それがエド・ハリスであることに気付かなかった。だって髪の毛がいつもより多いんだもの。
ホプキンスの縁起はやっぱり良い。彼の映画を見るたびに、彼の皺が増えていくのだが、それがまた良い。瞬間瞬間の表情を作るのが本当に上手い。シニーズとの場面でシニーズが食われてしまっていたとしてもそれは仕方ないと思う。実際、シニーズとエド・ハリスの場面では、シニーズがいつもの演技力を十分発揮していた。僕の好きなゲイリー・シニーズだった。
ニコール・キッドマンはやっぱり綺麗です。そして、ものすごい白い。あれ、ファンデとか塗らないであんなに白いのだろうか。「白人」女性の代表のように白い。ニコール・キッドマンもとても良い役者さんだと思う。
なんか最近あまり内容に目が行かない。ダメだなぁ、これ。
Machidaさんが紹介していた「The Return」が家の近くのレンタルショップにあった。DVD。見つけたのは本当に偶然だが、今週中に借りて見てみよう。ってか、当然だけどこっちは早いね。でも、スクリーンで見てみたかったなぁ。
10月始めにsienaに行けるかもしれない。Nさんの友人の仕事の手伝いだ。sienaに行くのは3年振りくらいか。今からもう楽しみで仕方ない。興奮する。うまく事が運んだら、ノスタルジア紀行も可能だそうだ。ついに!!感謝します。
Machidaさんに聞いて、blogのタイトルにflashを乗せようと試みたが、何故か反映されない。それどころか、画像も消えてしまった。Genta君のサイトのhtmlを参考にしても、一見何も違いはないように思えるが、何かが足りないのだろうか。うーん、ページ自体はなんか重くなっているような気がするので、見えてないだけな気もするが。
とりあえず、明日朝早いので、今日は寝ることにしよう。タイトル無しのblogも面白いだろう(面白くない)。難しいねぇ。
撮影が終わり、そのままY labへ。今日はYとMちゃんと3人で、「MODA IN」、生地の(?)見本市に行った。ものすごく沢山の生地屋さんが並んでいる。Yは新しい、何か良いものを見つけただろうか。見つかれば良いと思う。彼女の新しい試みに乾杯。ひじょーーーーに楽しみにしています。
僕はというと、正直、生地はお手上げかもしれない。サンプルを触っていても、コットン80%とコットン70%の違いがわからない。わかったのはコットンカシミアだけだ。コットンカシミア良いよなぁ。値段は高いんだろうけど。
というか、布の違いがわからないのは僕の手のせいである。汗症なので、布を触っていてもどんな手触りなのか、手に汗をかかない人には絶対にわからないくらい、わからないのだ。本当にわからない。仕方ないので手の甲などで感触を確かめてみるが、手の甲は細かな違いがわかるほど敏感ではないようだ。着てみて初めてわかるその生地の気持ち良さ。まあ、着るのが楽しみになるってことで。だって布触っていても、「あぁ、これ良い布なんだろうけどなぁ、僕の汗で湿っちゃってるよ、汚しちゃってごめんなさい」としか思えない。
しかし、そんな僕でも何も学ばなかったわけではない。やっぱりMakoですよ、Mako。Mako 70/2 だね。間違いない。
あと、コットンは100%よりも、ちょっとだけ何か混じっていた方が僕は好きかもしれない。まあ、何が混ざっているのかにもよるのだろうが。
午前中、aさんの仕事で、DANTONEにて写真撮影。9時半にbabilaで待ち合わせをし、彼女のコンセプトを軽く聞く。僕の不安だったのは照明だ。DANTONEの店内の照明はオレンジ色のライトを多用しているため、普通に写真を撮ると赤くなる。フラッシュでオレンジを飛ばすことも出来ようが、あまりに店内の空間が狭すぎて難しい。それもデジカメだし。ちなみに、店の服を外に持ち出すことは、それがたとえ店の前であったとしても出来ない。
しかしこのLumix、ちゃんと使えるように出来ている。オレンジ色の照明での撮影のためのモードもきちんと付いていた。普通に撮ると青い写真になる。オレンジと青を足すと白くなる。面白い。
10時にDANTONEに行くと、少し送れてaleが到着。かなり眠そうだ。挨拶をし、こちらのコンセプトを説明し、早速撮影開始。aleとaさんがコーディネイトを担当し、女性の店員さんにモデルになってもらい撮影。途中でaleの女友達の黒人さんもモデルとして参加。こういうところが面白い。まあ、この仕事を頼んだのが日本の雑誌などであればaleもこんなことは出来なかっただろうが。
今日中にレディースもメンズも全て終わらせてしまおうと思っていたのだが、予想以上に時間が掛かり、客の数も増えてきてしまったので、メンズの撮影のほうは金曜日の朝ということになった。こういう融通を利かせてくれるのもaleだからだろう。マジでいい奴だ。まじで。
なんで長時間眠れないかねぇ。仕方ないのでもののけ姫を見た。とはいっても実際には見ていない。BGMとして流しているだけだ。残ったFilmの整理を全て片づける。これでようやくまだ現像していないFilmを現像できる。これも結構溜まっているんだけどね。
今日は昼間、久し振りに1人で映画でも見に行こうか。色々気になる映画がやっているが、時間的な関係で、スピルバーグのThe Terminalがちょうど良いかもしれない。トム・ハンクス主演。コメディなのか?内容は普通に面白そうだが。
というわけで、予定通りThe Terminalを見に行った。前の家の近くの映画館に行くのは久し振りだったが、やはり昼間は空いている。おじいちゃんおばあちゃんしかいない。
映画は、ラブコメディ(こういう言い方はしないのかね?)で、なんとトム・ハンクスはロシア語を喋っていた。色々やるよね、この人も。ほとんど空港の中だけの物語だ。まあ別に映像がきれいとか、内容が特別面白いかといったらそうでもないのだが、久し振りに映画館で見る映画としてはそこそこ良かったかもしれない。肩に力を入れずに見ることの出来る映画。キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、すっかり存在を忘れていたが、やっぱり綺麗だ。映画の中では39歳と言っていたが、マジか!?
夕方、そのままNさんちに行って夕食会。僕は5時半くらいに到着し、みんなが来るまでNさんと勉強する。
みんなが到着した頃には既に瞼が重くて仕方なかった。久し振りにTが来て、彼の誕生日。おめでとう。がっつり食ったね、がっつり。炊き込みご飯、旨かった。まだ余っているはず・・・(確認)。
明日の午前中に仕事が入ったので、帰って速攻寝る。途中でまた目が覚めてしまったが、強引に夢の中へ。久し振りに気持ち良い睡眠。
昨夜は多分11時くらいには横になり、午前3時に目が覚めた。やたらに喉が渇いており、頭が痛い。体が重い。
昨日、睡眠不足でもないのに、なんだかずーっと眠くて仕方がなかった。あれは眠かったのではなく、怠かったのか。
トイレに行くと、胃腸がやられていた。これはまずい、と思った。薬をだいぶ前から切らしているのだ。僕は薬っ子だから、体調が崩れた時、薬があると無いとでは精神的にだいぶ違ってくる。送ってもらっておけば良かった。
ってか、こんなん書く前に寝ろって話だな。寝よう。
・・・で、結局朝まで寝ないでblog書いたり写真の整理したりしているわけだが。朝、寒くなったなぁ。そろそろこの家の窓を常に開けっ放しにしておくというのも難しくなるかもしれない。でも閉めるとまた黴がなぁ。扇風機だな。部屋の隅っこに置いて常に回しておけば、それだけで空気は動いて黴は生えなくなるだろう。臭くはなるかもしれないが。
実家に送った荷物が届いたらしい。一週間で届いた。素晴らしい。父への財布が家族の中では一番好評らしい。母に買ったバッグは色が少し地味すぎるのではないかと。地味だったかなぁ。雰囲気に合わせたつもりだったんだけどなぁ。母は地味ってことか?
夜、起きたり寝たり夢見たりを繰り返し、気付いたら午後2時半。遅刻して教会に行く。何度目の遅刻だろう。バスに乗っていったのだが、ずーっとボーッとしていて、降りる停留所を間違えた。「あ、ここじゃない」と気付いて振り返った時には既にバスのドアが閉まっていた。仕方なく歩く。長袖を着てきたのだが、暑いのか寒いのかよくわからない。陽射しの熱がわからない。
説教。ここのところずっとヨハネの黙示録。今日やったのは、「第7の天使」だとか「ハルマゲドン」だとか、クリスチャンでなくても耳にしたことのあるキーワードがいくつか登場する章だ。頭がボーッとしているせいもあるのだろうが、主語が全くわからない。どれが神の御業なのか、悪霊の仕業なのか、読めば読むほど頭の中が混乱する。書いてあることが抽象的すぎるのだ。抽象的すぎて、どうとでも捉えることが出来るが、牧師さんの捉え方には多少違和感をおぼえた。イヤ、捉え方に違和感を感じたのではなく、捉えたことの言語化に失敗していたと思う。
聖書に書いてあることを、例えば現代の事柄に当てはめて、解りやすく、馴染みやすく説明しようというのは、危険を伴う場合が多々あると思う。というか、その説明が全てのクリスチャンに同じように響くかというとそうではない、というのは当然だろう。いろんなクリスチャンがいる。いろんな性格がある。色々な捉え方がある。
聖書に書いてあることを、ただ解りやすく、ただ馴染みやすくするだけではダメなのだ。馴染みやすくするのは大切なことだが、馴染みやすくしすぎて、聖書に書いてある言葉から離れすぎてしまうと、その一つ一つの言葉の力が失われてしまう。
単純に言うならば、聖書に記された単語は出来るだけ変えず、その単語を使ってどうにか解りやすく説明するというのが良いのかもしれない。そして、その説明に、各々の人間が更に噛み砕けるような余地を残しておかなくてはならない。「ここはこういうことです」ではなく、「ここはこんな感じです」のほうが聞く方としては頷ける。
まあ、それ言ったら、聖書のオリジナルの言語(ヘブル語、ギリシャ語)から日本語に訳している時点で失われてしまったものも多いだろうから、難しいよね。言語ってその国の文化や風習と密接に繋がっているものなので、国が変わるとニュアンスも変わる。外国の小説の翻訳も同じことだ。まあ、一番奥底にあるものはどこの国に行っても変わらないのかもしれないが、そこまで辿り着くのは並大抵の努力では無理である。
とまあ、聖書の言葉ということで考えたらこういう突っ込みも出来るのだが、やっぱり体験するのが一番早い。体験して得るものは、その人にとって一番リアルなことだから。っつーか、リアル。それらの体験を教徒がより良い形で得、より良い形で噛み砕くことが出来るように、ヘルプするのが牧師、宣教師の役目なのか。
そう考えると、牧師さんとか宣教師さんとかって相当神経使うわな。僕みたいなのも沢山いるだろうしね。
更に自分勝手な我が侭言わせてもらえるならば、っつーか、自分のblogなので言うが(正確には僕のじゃないですけど)、僕は既に、言い方おかしいかもしれないが、これから道を逸れる自信が大いにある。そのような時は、はっきり「おかしい」と言って欲しい。そこで、「まあ彼には彼の進み方があるし」などと「大人な」考えは僕に対してはやめて欲しい。すげー偉そうなんですけど、1人で真っ直ぐ進めるかっていったら、そんな自信は全くないんです。末永くよろしく(やっぱり偉そう)。
夜はS氏とYさんとjとT氏で飯。Naviglioを散歩してから適当に入った店でアペリティーボをする。今日が最後のNaviglio Estate(夏のナヴィリオ)だという。Naviglio Estateってのは、普段は車が走っている運河沿いの道を夜だけホコテン(死語っすかね)にして、各店の外に机や椅子を置いて外で飲めるっていう期間である。ちょっと前であれば何十箇所も蚊に刺されながら飲むことになるのだが、もうこの時期になると蚊はいないらしく、気持ち良くサングリアを飲んだ。サングリア旨い。
その後、僕とS氏が一時期猛烈に通い詰めていた、我等がWOOD STOCK3に行く。リラだった頃だが、僕とS氏の食に対するお金の使い方は半端なく、毎日のように外食していた時期があった。お昼に日本食、夜はWood Stock、次の日のお昼は台湾料理、その夜はWood Stock、なんてこともあった。同じ日の昼も夜も台湾料理なんてこともあった。今は不可能である。
WOOD STOCK3は大衆食堂で、「普通一般の」イタリア人が食べに来る。Naviglioをベースにしているジャンキーも結構来る。夜はいつも待ちが出るほど混む。その理由は、安さと味と量である。味は洗練されているというよりは、ビールを旨く飲むための味なので、こってりしょっぱめ。量はパスタ一皿、大体250gから300gだ(毎回量が違う)。ここに来てパスタを頼んだら、その後の第2皿は相当胃腸が絶好調でないと食べることが出来ない。今日はみんなでパスタを一皿ずつ頼み、その後ミラノ風カツレツ(これもかなり巨大)と野菜を焼いたものを一皿ずつみんなで分け、白ワインを一本と水とビールを頼み、1人13ユーロ(1600円くらい)。これ、今のミラノで考えたらメチャクチャ安いんですよ。中華だって下手すればこれ以上いく。
店から出た後は歩くのが辛かった。僕は体調不良ということもあり、その後すぐに帰った。バスの揺れが気持ち悪い。
いかん、最近やたらに夜中にお腹が空く。まあ、こんなに遅くまで起きていたら当然だが、何がイヤって、そういう時にその日の夕食もっと食っとけば良かったって後悔するのが本当にイヤ。意味ないから。
ってか、やっぱりコーンフレークは切らしちゃいけないよなぁ。コーンフレークって僕みたいなプチ大食漢くらいになると、いくらたくさん食っても凭れないから便利だ。ただし、昼食としては手軽で便利なのだが、全然物足りない。
最近昼食をどうしようかということで結構悩む。一番僕の心が満足してくれるのは、ケバブだ。しかし、お金もかかるし、何より体に悪そうだ。かといって、昼パスタ作って夜もまたパスタ作るってのは論外だ。洗い物は一日一回と決めている。お茶漬けとかも飽きたしなぁ。うーん。冷凍できないのが辛いよなぁ。うーん。うーん。うーん・・・。
プーチ○って僕が思っていたよりメチャクチャな人らしい。今回の事件の流れを見ると、ロシア政府ではもう既に、テロがあったらとりあえず強行制圧。人質は二の次という暗黙の決定事項があるんじゃないのか。そう考えないと、このお粗末な結果は理解できない。で、それに情報操作を加えて人質の人数を少なく言ったりして、結果的に民の不信感を募っている。やることが米とか北朝鮮のオッサンどもと変わらない。まあ、僕が知らなかっただけで、もともとこうだったんだろうね。
どこかの記事で、犯人グループが誰なのか特定できていない。劇場の時は犯人側も公式に要求を公言したりしていてわかりやすかったらしいが、今回は犯人側にそういう行動がなく、謎だ、なんて書いてあったが、わざわざその謎を更に難解なものにしたのは政府のほうだろう。
午後、labに行く途中、9番のバスを待っていると見覚えのある女性がいた。前の家の下のBarのおばちゃんだった。向こうもこちらに気付いたので挨拶をした。この時正直、うわぁ、気付いちゃったよ、と思った。僕は口下手なので、こういう微妙な時間の会話がとても苦手なのだ。友人であれば勿論そんなことはないのだが、Barのおばちゃんは友人というには付き合いが浅い。普通の、「Barのおばちゃん」と「その上に住んでいて時々お茶しに来る日本人」だ。
思った通り、形式的な挨拶から始まる。
「こんにちは」
「元気ですか?」
「今日は暑いですね」
「もうBarは開いてるのですか?」
「これからどこに行くのですか?」
「ヴァカンスはどちらに行かれたのですか?」
なんだこれ。これを会話というなら会話なのだろうが、ぶっちゃけ意味ないぞ、これ。Barが開いているのなんてもうわかりきったことだし、暑いのもわかりきっている。これからどこへ行くかなんて別に僕的にはどうでも良い。同じく、彼女がヴァカンスでどこに行ったのかも興味がない。それではそんな質問しなければ良いではないかと思われるかもしれないが、そういう話をしないと間が持たないんです。間が持たないと、気まずい空気が流れるんです。その空気は僕をとても消耗させるのです。それだったら意味のないことでも話していた方がまだ良い。
しかし、バスが来るまでの辛抱というわけではなかった。わかってはいたが、彼女は僕と同じバスに乗るのだ。彼女がバスを降りるまで、僕は彼女と話すことになるのだ(僕は終点まで行くため)。というわけで、バスの会話は、
1,バスの中が外よりも暑いこと。
2、リラの頃は良かったということ。
3、ユーロは強すぎて困るということ。
4、彼女の娘息子は実家から仕事に出掛けているということ。
5、旦那さんは家でのんびりしており、彼女はこれからnaviglioのメルカートに行くということ。
この五つだ。僕としてはかなり話せた方だと思う。彼女がバスを降りるまで会話を持続させたのは奇跡に近い。こういうことが出来るようになるのも、大人になるということなのか。社交辞令ってやつですか?ウゼーよ、社交辞令。でも、僕はこういうことが段々と出来るようになってきてしまっている。ウザイ大人に近づいていっている。このことは、僕を本当に落胆させた。
おばちゃんごめん。パワフルで良い人なんだけどね。
labに着く。すぐ後にaさんが来た。んで、j君が来た。
そのまま車でNさん地まで乗せていってもらう。今日はカレーうどん。昨日の残りのカレーを水で薄め、ソースと醤油と塩を足して味を調える。整ってたのか知らないが。でも旨かった。
その後は昨日の映画の続き。いくつか聖書に書いてあることと違うことがあったようだ。
えっとー、突然知らない人から、わけのわからないmailが届いた。「セックスフレンド募集の通知見ました。もう締めきってしまいましたか?」などと書いてあるものだ。僕、セフレ募集の通知なんて出したっけ?
もしかして、誰か僕のアドレス使って勝手に通知出しやがった?それにしては一通しか来ないってのもおかしな話だよなぁ。怖いよー。それとも新手の何かなのかなぁ。もしそうだとしたら良くできてるよなぁ。大石オブジョイトイっていう名前に爆笑中。
今日は昼に起床してから、DVDを返しに行き、後は黙々と部屋の掃除と貯まったFilmの整理。今日も床磨きまで到らなかった。こんなことしているうちに、せっかく拭いた机の上に、再び埃が積もっていくのだ。
Filmの整理はもう本当に大変。整理整頓できない僕が写真の整理なんて出来るわけがないだろう。でもやらないと、現在のような酷い状態になって後で苦しむことになる。写真は整理だろうが現像だろうが撮影だろうが、全ての過程で目が疲れる。
夕方Y Labにお邪魔しようと思っていたのだが、結局時間が足りずに、Lodiで拾ってもらうことになった。そのままNさん地へ。Mちゃんが僕との約束を覚えていてくれ、お茶を買ってきてくれた。嬉しい。
Nさん地でカレー。久し振りに食うと旨いよなぁ。続くと結構きついよなぁ。
夕食を終えた後、Mちゃんがくれたお茶をみんなで飲む。緑茶なのだが花の香りがする不思議なお茶。旨い。そして、キリストの生涯を描いた比較的古いハリウッド映画を見る。多少、イヤらしいところあり。マタイのほうが確かにシンプルで脚色もなく、スッと体に入ってくる。突っこみ所があると、突っこんじゃう癖はいつまで経っても抜けない。抜くつもりもないんだが。それ考えると、あのマタイの映画ってすごい。友人(っつーか、j)からの電話で一番大事なシーンを見逃したらしい。あとで聖書を見てみると、確かにキリストにしては珍しい場面。キリストが泣くってここ(ラザロの生きかえりの場面)だけじゃないか?で、一つ疑問に思ったのは、泣く前に憤り、泣いてからも一度憤っている。何故憤るのだ?何に対する怒りだ?自分か?父か?ラザロか?マルタか?マリアか?周りのユダヤ人か?どれも違うような気がする。ということは、状況にか?うーん。
Mさんの咳が止まらないらしい。咳予防を調べてみた。とはいっても、咳には止めてはいけない咳もあるらしい。痰が絡む咳は基本的には止めてはいけない。止めると、喉に痰が詰まって尚更辛くなるという。とにかく喉を潤わせることが大切で、加湿器などあれば良いのだろうが、イタリアで加湿器なんぞ見たことない。
寝る時に咳が出て苦しい場合、上半身全体を高い位置に持ってくると効果的。枕を高く積むなどだな。
他にもハーブとか効くらしいが、ユーカリとかオオグルマとかタイム、アニス、ウスベニタイチアオイ、ビロードモウズイカ、フキタンポポ、ニガハッカ、などなど日本でもほとんど聞いたことのないものを、こっちで探せってか?あるとしたら、タイムくらいか?
っつーか、お役に立てずに申し訳ない。
早速VIDEOPLANETに行き、DVDを借りる。何故か今月は翌日返せば一本2ユーロサービスをやっていた。普通に借りたら4ユーロ。昼間映画館で映画を見るのと全く変わらない。
品揃え悪いなぁ、ここ。30分くらい迷ってしまった。その結果借りたのは、21gramsとKEN PARK。21gramsはでっかいポスターが貼ってあったので。KEN PARKに関してはパッケージがベルトリッチのDREAMERに似てエロティックだからという理由で借りてしまった。
見る前に軽く両方のサイトを見て大体どんな話か調べた。21gramsは多分あらすじ見てから映画を見てもわかんねーだろうなぁ、と思ったが、やっぱり内容はほとんどわからなかった。また緑がかった映像だ。このベニチオ・デル・トロっていう役者、メチャクチャ酒臭そうで良いなぁ。名前的にはスペイン系か?ブラット・ピットが酒飲みすぎたらこんな感じになる。っつーかメチャクチャ似てるよね。
この映画の最後に約8秒間、雪の降りしきる道路脇の廃れたプール跡の、固定カメラでの映像が映る。プールには水が張ってなく、タイヤやら青いビニールシートやらが散乱している。この映画の中で、この8秒が一番すごい。あぁいう写真撮りたいんだよ。いや、マジであの8秒見るためにこの映画借りても良いくらいだよ。やっぱりポジだよ。
で、KEN PARK。監督のLARRY CLARKってどこかで聞いたことあるなぁと思っていたら、KIDSの監督の写真家だ。KIDSを見たのが高校3年の時だったかな。あの映画を見た夜は興奮して眠れなかったが、今回のKEN PARKに関しては俺ってこんなに冷めてたっけというほどクールに見終わった。相変わらずかなりイカレた映画だったのだが(KIDSよりも前に脚本が出来上がっているんだから、イカレていて当然だ)、あまりにも自分がなんの嫌悪感も示さないので、逆に自分のことが怖くなった。慣れちゃってるのかなぁ。
この前日本で起こった小学生刺殺事件の時に感じた感情と似ている。いずれこのような事件が起こっても不思議ではない状態まで日本は病んでいるというのは自明の理であったので、聞いた時は驚いたが、同時に納得してしまっている自分もいた。でもこれって僕自身、病んでいると言えるんじゃないのか。
エレファントを見た時は本当に信じられず、映画館を出て家に帰るまで怖くて仕方なかったと以前書いたことがあったが、このことに関しても、僕がアメリカに住んでいたらさほど驚かなかっただろう。「起こってもおかしくない」と、変に受け入れている自分がいる。
そして、これは僕が一番認めたくない事実なのだが、「他人事」というのが本当に大きいのだ。
小さい男だ。反吐が出る。
後で後悔するようなことを偉そうに言う。
わかってないのにわかったなどと言うな。お前は何もわかっていない。
結局お前自身が一番大事なのか。
お前の思った通りにならないとガキみたいに駄々をこねる。お手上げだ。
僕を含めた6人ほどのグループで、僕が昔一度お世話になったことのある診療所の医師のところへ行く。
グループは男が4人に女が2人。女はどちらも知らない顔だ。男のメンバーの中には知った顔もいた。
皆で地下鉄に乗り、普段は絶対に降りない駅で降りた。駅の名前は忘れた。地下から出た時、一人の男性が僕らに話しかけてきた。僕らの向かっている診療所に、彼も行きたいらしく、どう行けば良いのか訊ねてきた。ここから更に10分ほどバスに乗らなくてはならない。そのことを伝えると、男性は急に黙ってどこかに行ってしまった。
僕らは彼をほっといて、バスに乗る。地下鉄駅近くはちらほら店なども並んでいたのだが、段々と建物自体が減っていき、診療所に着く頃にはすっかり森の中という感じだった。
久し振りに見る診療所。建物は直方体を横に倒した感じで、30平米ほどの白い一階建てだ。外から見ると味も素っ気もないが、中に入っても何もない。医師が座っている椅子と机、その前に患者用の椅子。待合室と診療室は別れておらず、赤茶けた皮のソファが壁際にいくつか並んでいる。僕らは各々そこに座ったり、窓から外を見て時間を潰している。
医師は女の1人から診察を始めた。今日来ている6人は、僕を除いて全員手術希望の患者達だ。僕は案内でここに来ただけだ。僕はソファには座らず、立って部屋の中をぶらぶらしていた。先程から、壁に掛かった怪物達の剥製に目が奪われっぱなしだ。
全部で3つの剥製がかかっている。一つ一つがかなりの大きさだ。おそらく本物の剥製なのだろう。ストローのような口を持つ、真っ青な動物の顔が掛かっているが、これは多分、貘だ。あとの3つはわからない。一つはエイのような怪物だ。もう一つは、どちらかというと怪物というよりも人間に近い。目だけがやたらにでかい。
5人全員の診察が終わった。各々自分の切って欲しい箇所を医者に説明する。それを医師がメモしている。なんだかおかしい。
5人とも、明日には手術を終わらせて欲しいと言っている。医師はそのことに関しても悩んでいたが、もう一つ、悩んでいることがあるようだ。ブラのホックの外し方がわからないから説明してくれと言ってきた。何を言ってるんだ、この先生はと思ったが、彼が言うには、女に麻酔をかけてしまうとブラを自分が外さなくてはならないのだが、引っ掛け式、ボタン式のどちらも外し方がわからないらしい。
そんなもの、麻酔をかける前に女自身に外させればいいだろうと思ったところで目が覚めた。時計を見ると深夜3時。
あの診療所には、確かに昔行った覚えがある。あの剥製や部屋の雰囲気に見覚えがあった。いつだ?当然それも夢の中だったのだが、いつ行ったのかさっぱり思い出せない。その時は何故行ったんだろう。初めて行った時は、僕が診察を受けたような気がする。若い女の看護士がいた。あの看護士は一体どこに行ってしまったんだ?
Bedから起きあがって携帯を手に取ると、Yからメッセージが入っていた。着信時刻は11時53分00秒。どうやら2時間以上は寝たらしい。返信しようかと思ったが、寝ているところをわざわざ起こす必要もないのでやめておいた。Sogni d'oro。
1セントユーロ玉(約1,3円)と2セントユーロ玉がなくなるかもしれないらしい。なくなったら、その分は繰り上げか繰り下げするらしいが、そんなことしたらまたこのバカイタリアは繰り上げるに決まっているだろう。野菜や果物の値段がまた上がる。
labに向かうために乗った9番バスの後ろのほうの一席に、比較的大きな、黒ずんだ登山バッグが置いてあった。隣の席には誰も座っていない。誰かが忘れていったようだ。中身はいっぱいに詰まっているようである。
乗客の1人が運転手にそのことを伝えたらしく、その運転手が後ろまでそのバッグを見に来た。しかし、少し見て、触りもせずに、そのまま放って前に戻り、運転を再開してしまった。乗客は全部で20人ほどだろうか。皆、このバッグが気にはなっているようだが特に何をするわけでもなく、いつものようにバスに揺られていた。
僕は心の中で胸騒ぎを覚えていた。モスクアで続いているテロのことを思う。このバスを降りた方が良いと、僕の中で危険信号が鳴る。迷わず次の停留所で降りた。通り過ぎるバスの中に無造作に置かれた、あのバッグを目で追い続ける。僕が立っている位置から100mほどのところで、突然すさまじい轟音が鳴り響き、乗っていたバスが大爆発を起こした。「ぁ」と小さな声を出した次の瞬間、僕の体が衝撃波に乗り、10mほど後ろに飛ばされる。眩しすぎる太陽が、少し大きくなり、また小さくなった。静かな一瞬。飛行機雲。
再び背中から乾いたアスファルトの上に激突した瞬間、スノーボードの逆エッジのように、顎がグンッと後方に引っ張られ、後頭部を強打し、意識を失う。
再び意識を取り戻した時、僕の周りはどす黒い煙で包まれていた。辛うじて10m先が見えるくらいだが、その狭い半径の中に、3台の車が見えた。そのうち2台は車体の前部分が思い切り凹んでいる。もう一台は逆さになって潰れていた。そして、僕の周りには千切れた腕や頭部が数え切れないほど転がっていた。下半身に強烈な痛みを感じたので見てみると、右足が根元からきれいさっぱり消え去っていた。生々しい赤い生肉と、黒い煙の隙間から届く太陽の光が当たった不自然に白い骨が見える。そこを中心としたどす黒い血溜まりが出来ている。後頭部にも激しい痛みがあり手で撫でてみると、堅いはずの頭蓋骨なのに、何故かグチャグチャとした感触が手のひらに伝わってくる。目の前に戻した掌にはどす黒い血がべったりと付いていた。頭蓋骨の破片のような白いものが一つ、くっついていた。全身に鳥肌が立った。目に見える、なにもかもがどす黒い。僕の他にも体の一部を引きちぎられ、呻いている人達が何十人といた。これが地獄か。僕は死んだのか。
遠くから、サイレンの音が近づいてくる。僕は大量の出血と、激しい痛みに耐えきれず、再び気を失った。
と、いうようなことを想像しながら、僕はいつものようにバスに揺られながら、無造作に置かれたそのバッグを見つめていた。結局バッグは爆発しなかったが、僕のイメージのように危険を感じて降車した人間は1人もいなかった。皆、自分の身に起こるわけがないと思っている。バスの中に登山バッグが忘れられているなど、滅多にあり得ないのだ。それでもまだ、彼らは大丈夫だと思っている。安全だと思っている。その彼らの中には僕も含まれている。