午前4時くらいに目が覚め、また部屋の掃除をする。
午前中のうちに、郵便局、スーパー、眼鏡屋、韓国食材屋、電気屋、文房具屋を廻り、それぞれ用事を済ませる。さすがにちょっと疲れた。当然だが町中はイタリア人ばかりだ。この一人一人に一体この夏はどこに行っていたのか聞いて廻りたい。
いやぁ、買っちゃいました。電球買うために電気屋に行ったのに、違うもの買っちゃいました。DVD Player。だって安いんだもの。69ユーロ。49ユーロってのもあったが、それはさすがに怖いかな、と。
始まっちゃうなぁ、cinema life。借りたいもの沢山あるんだよなぁ。またまた今回の家の近くにも我等のVIDEO PLANET(レンタル屋ね)があるし。引きこもるにはこの家ちょうど良いし。部屋真っ暗にして見ちゃうね、こりゃ。
午後、家にいると、突然何かが崩れるような大きな音がした。はじめは外の音かと思った。また工事再開してしまったのかと思った。しかし、トイレに行って愕然とする。トイレの床一面に瓦礫が散乱していたのだ。一体何が起こったのかわからなかった。
トイレの天井の一部分が崩れて、そこだけセメントが剥き出しになっていた。このままだと、どんどん崩れていきそうな雰囲気だ。かなり危ない状況である。床に散乱した瓦礫を見てみると、直撃したら普通に大怪我をしそうな大きなものも転がっている。
これは間違いなく工事の影響だろう。そのうちリビングの方の天井も剥げてくるかもしれない。というか、この家潰れねーだろうなぁ・・・。壁のそこら中に無数の亀裂が入っているんですけど。別に築何十年も経っているわけではないので、典型的な欠陥住宅ってやつですね。僕がイタリア人だったら訴えるね。時間あるし。潰れたら間違いなくあの世行きだな。
モスクアの友人からのmail。最近yah00などでモスクアとか、テロとか、チェチェンとか、イスラム武装勢力とかいう文字をものすごくたくさん見る。かなり緊張した状態らしい。地下鉄に乗るのも怖いだろう。1年ほど前のミラノの状態なんかよりもずっと酷いことになっているはずだ。
詳しい話はあまりよく知らないが、かなり色々な事柄が絡み合った状態になっているのだろう。
無事を祈る。
ぎりぎり午前中に起床。頭の怠さは未だ抜けず。吐き気は消えたか。
怠い怠いと言いながら、家でゴロゴロして自分の歩みを止めても、もちろん周りの時の進行は止まらない。時間を追い越すことは出来ないってマッキーが歌っていたが、かといってついて行くことを止めることなど出来ず。ついて行かなくてはならない。
「時間が俺に付いてくるぜー」と錯覚するくらいが今の僕には丁度良いペースかもしれない。
9月からバスの定期が新しくなるので、更新するためにDuomoのATMに行く。混みすぎ。もっと早く来れば良かった。30分以上待って僕の番。いつも通り、手続きは5分。今年は一ヶ月ずつ更新するのが面倒なので、1年分一気に買った。1年分を買うメリットとしては、「毎月定期を買い直さなくて良い」「普通は7,8月の定期は売らないのでかわりに回数券や一週間券などを買わなくてはならないのだが、1年定期だとその月もそのまま乗れる」「月の定期が17ユーロ、一年定期は170ユーロ、一年は12ヶ月なので2ヶ月分お得」の3つがある。デメリットとしては、「無くすと買い直さなくてはならない羽目になり、かなり損をする」というのがある。
郵便局に行き、日本に荷物を送るための箱を買う。
朝早くに起きたのだが、怠さは昨日に引き続きつきまとっている。部屋の掃除をしていると、突然両方の鼻から鼻血が出てきた。はじめは鼻水かと思ったのだが、あまりにも勢いよくボタボタ垂れるので鼻血と気付く。Y宅で右から鼻血を出していたので、今回もそうかと思い、右の鼻を押さえるが、止まらない。左からも出血していた。両方から一緒に鼻血が出るなんていうのは初めてのことで、驚く。とにかく掃除を中断させ、鼻にティッシュを突っ込んでbedに横になる。血はなかなか止まらず、ティッシュを何度も交換する。一体どうしたんだろう。
今日は家で一日ゆっくりしていようかと思ったが、この家ではやはり心を落ち着かせることができない。何故か考えてみた。
僕のように我が侭で、自分の殻に閉じこもるタイプはやはり、どこかに自分の世界がないと耐えられない。実家にいる時は僕の部屋、一人暮らししている時はもちろん自分の家になる。しかし、自分の家と言っても、今の家のように、他の人間の匂いがするような家ではダメなのだ。極端な話、100%自分の所有物に囲まれていなくてはならない。
ちょっと気合い入れて、他人のものは全て見えないところに移してしまうか。そうなると、また出さなくちゃならなくなった時に面倒なんだが、まあこのままの環境に囲まれてずっと暮らすよりは良いだろう。といっても、タンスは動かせないからなぁ。
なんか全然意味ないこと喋ってるよなぁ、僕。こんなことをグダグダ言っていても何も前には進まないのだ。周りの環境のせいにするのは間違っている。
というわけで、家にいることに限界を感じたので外に出ることにした。鼻血はとっくに止まったが、トイレットペーパーを持って家を出る。今日は月の最終日曜日。Naviglioの骨董市だ。
外は暑い。陽射しが強い。骨董市は相変わらず人でいっぱいだった。店も前来た時とほとんど何も変わっていなかったが、久し振りに来る骨董市は楽しかった。ウルトラマンみたいなサングラスを悩んだ末、買う。15ユーロ。今頃みんな、礼拝を終えた頃だろう。
今日家から出たのは正解だった。ゆっくり外を散歩して、少しだけスッキリ出来たような気がする。
骨董市を廻っている間に感じたのは、僕は今、おそらくノスタルジア症候群にかかっている。というか、ぶっちゃけ軽くホームシックだ。毎年夏は実家に帰っていた。今年は珍しく帰らなかった。周りの友人はほとんど日本に帰っている。ホームシックを感じても不思議ではない。
しかし、これ系の望みはどっちかというとあまり意味がない。ホッとしたい、少し休みたい、などの感情は、言うなれば一種の現実逃避である。現実からしばらく逃避したところで一時的な休息にはなろうが、長い目で見ると無意味だ。まあ、たまには必要だと思うけど、僕は前の冬に日本に帰っている。まだホームシックになるのは早いだろう。
13,14節。
この民は口でわたしに近づき 唇でわたしを敬うが 心はわたしから遠く離れている。
彼らがわたしを畏れ敬うとしても それは人間の戒めを覚え込んだからだ。
それゆえ、見よ、わたしは再び 驚くべき業を重ねて、この民を驚かす。
賢者の知恵は滅び 聡明な者の分別は隠される。
23、24節。
彼はその子らと共に 民の内にわが手の業を見てわが名を聖とする。
彼らはヤコブの聖なる者を聖とし イスラエルの神を畏るべきものとする。
心の迷った者も知ることを得 つぶやく者も正しく語ることを知る。
教えに耳をそむけて聞こうとしないものは
その祈りも忌むべきものを見なされる。
自分は教えを聞いていると思っていた。忠実ではないにしろ、理解しようと努めていると思っていた。しかし、僕は本当に理解しようとしていたか。表面的な部分だけを自分の思う通りに解釈し、納得していたのではないか。
祈りが忌むべきものとなるというのは、今とてもわかるような気がする。実際、自分がそうなのだ。それでは一体どうすれば良いのか。「神が自分の言っていることを聞いているということを信じさせてください」、そう祈ってみようとYが言ってくれた。そう祈りたい気持ちは山々だ。素直に、真っ直ぐな気持ちでそう祈れたらどんなに良いだろう。しかし、今の僕ではその祈りさえも、忌むべきものとしてしまいそうで怖い。今の僕はかつてないくらい歪んでいる。
僕が仕事を始めたお祝いにと、S氏とYさんが昼食をご馳走してくれた。ガリバルディ駅近くにある、Yさんお勧めのイタリアンレストランに行く。
S氏がミラノにいなかったら僕はどうなっていただろう。もうとっくに日本に帰っているかもしれない。何もわからずに、同じ過ちを繰り返す僕に対して、歯に衣着せぬ言い方で助言をくれるのは彼だけだ。本当に、ありがとう。僕は彼の助けになれているか。
10離れたクソガキに、ここまで親身になってくれる人間はそういない。同姓だったら尚更で、やはりこちらを23歳の人間として意識して話す。まあ、それは当然といえば当然なのだが、それが壁として見えてしまうと、こっちとしても話そうとする意志が消える。極端な話、こちらが生意気なことを言っても、まあ、まだ23だからな、ということで無言で許されてしまうのだ。許すな。「妙な寛容さ」が身に付き始める人間が多い。大人になるということは、自分の感情を半分無意識に押し殺すということか?そうやって顔が死んでいくんだ。僕は、たとえ大人じゃないと言われようが、日本に大勢いるような死んだツラした30代にはならないぞ。
まあ、自分でも勝手なこと言ってるとは思うが、僕は10離れた人間から、色々なことを盗んでやる気満々なのだ。僕の周りの人間はそれほどクオリティが高い。盗んだものを如何に噛み砕いて自分のものにするか。まあ、そこでどうしても欠けてくるのが経験なのだが。
夜、Yの家に夕食をご馳走になりに行った。Yと、同居人のGが誘ってくれたのだ。今日はご馳走されっぱなし。
Gがビビンバを作ってくれる。僕のだけサラダボールに盛られていて笑った。ソースはコチュジャンではなく、醤油ベースのものだった。コチュジャンに飽きたらこっちにするというのは非常に使える。上に乗っている具も今まで食べさせて貰った物とはちょっと異なっている。旨かった。ビビンバを食べる時にはやはりスープが欠かせない。
食べ終わり、そのままお酒を飲みながら会話する。
楽しく会話していると、いきなり鼻血が出た。女性2人に囲まれてのぼせたらしい(んなわきゃない)。なんで話しているだけで鼻血が出るんだ。酒飲み過ぎか?そんなに飲んでないぞ? なんか危険な香りがする。・・・病気?
鼻にトイレットペーパー突っ込んでソファで横にならせてもらっていたら、そのまま寝てしまった。いや、起きた時にはトイレットペーパーなかったから、鼻血が止まってから寝たのかもしれない。正直、このあたりの記憶が曖昧だ。Yといるとどうしてもリラックスしてしまうんだが、リラックスしすぎである。記憶が曖昧になるというのはどう考えても良くない兆候だろう。
起きたのは2時過ぎだった。なんかうるせーと思って目を開けたら目の前にGの顔があって大きな声で何か言っている。今となっては何を言っていたのか全く覚えていないが、彼女はすっかり酔っぱらっているらしかった。Yはそろそろ寝たいご様子。当然だ。明日も仕事なのだ。
90番のバスの最終が2時くらいだったことを思い出し、自分でも一体何しているのかわからないくらい寝惚けながら帰る準備をする。Yが車で送ってくれると言ってくれたが、それはさすがに悪いと思い、開き直って泊めてもらうことにした。
ようやく頭が元に戻ってきたので席に着き、瓶に半分ほど残ったビールをコップに注いで飲む。その場で寝れるということになると、もう何も恐れるものはない(偉そうですけど)。ノリ的には、起きたばっかりだし、朝まで付き合っちゃうよ、ってな感じだったのだが、2人とも次の日仕事なのでそういうわけにもいかず。
それにしてもGって酔っぱらうと明るくなるね。普段はちょっとツンとしているところがあり、話しかけづらいオーラを身に纏っているのだが、酔っぱらうとそれが完全に消える。多分こっちの明るい方が素のGなのだろう。とても自然で良かった。結構楽しかったのだが、そろそろお開きにした方が良いなと思い、Gに残ったビールを全部飲ませて寝ることにした。ソファがあるとやっぱ良いよなぁ。
小林恭二の「父」を読み、次に手に取ったのが幸田文の「おとうと」、そしてそれが終わって今読んでいるのが柳田邦夫の「犠牲(サクリファイス)」。最近なんだか家族物によく目がいく。他の本はなんだか読む気になれない。というか、もうほとんど全て、最低3回は読んでしまった本ばかりだ。
まだ読んでいない本もあるにはあるのだが、平野啓一郎はとてもじゃないが今は読めん。彼の本はもう何回トライして、投げ出しただろう。ちょっとずつ、長く読めるようにはなっているんだけどね。
日本に帰っている友人に、遠藤周作を買ってきてもらおうと、mailを書いた。こういう時しか彼にはmail書かない。まあこっちに戻ってくればしょっちゅう会うわけだし。あー、長嶋有の新刊も頼めば良かった。
朝9時、目覚まし時計の音で目覚め、ベッドから起きあがろうと上半身を起こすために腹筋に力を入れ、両膝を曲げた途端、左の脹ら脛が攣った。あまりの突然さにわけもわからずベッドの上でのたうち回る。一人、誰にも気付かれずにベッド上でのたうち回るというのは本当に寂しい事だ。助けが来ない。まあ、人がいたとしても別に何をしてもらうってわけでもないんだが、気持ち的に近くに人がいる方が、のたうちながらもホッとする。
左足の親指を掴んで手前に引っ張ろうと努力するが、あまりの痛みでそれもまともに出来ない。結局5分ほどのたうち回って落ち着くのを待った。ベッドから起きあがった今も思いっきり痛い。
スポーツをやっていた学生時代もよくベッド上で攣るという事があった。しかし、途中から段々、その前触れ的な違和感を感じる事が出来るようになってきて、回避できるようにもなった。コツはゆっくりと攣りそうな足を動かして、動かしながらも力は抜いて、心も落ち着ける。足首の角度に気をつけながら足を正座の形に畳む事が出来たらその夜は間違いない(何が)。言葉にすると簡単に聞こえるかもしれないが、この時は結構綱渡り的な恐怖がある。その恐怖に打ち勝つ必要はない。やり過ごすのだ。力んだら最後、自分に負けたと思うと同時に、激しい痛みがあなたを襲う事だろう(誰、俺)。
で、今回攣ってしまったのは、ベッド上で攣るのがあまりにも久し振りなため、回避の仕方を体が忘れてしまっていたからだろう。いやぁ、久し振りに理不尽な5分間を過ごしたね。攣ってしまったらどうあがいても痛みは消せないしね。ベッド上でなければ、アキレス腱を伸ばせば多少マシになるのだが、ベッド上だとそれがちょっと難しい。ベッドから降りて伸ばせばいいじゃんとか思うかもしれないが、一度攣ってしまったらそんな余裕はない。
前回足が攣ったのはいつだったろう。そんなに遠い昔じゃないような気もするが、思い出せない。何故今日足が攣ったのか考えてみた。おそらく、昨日久し振りに街の中心に行き、本屋などを廻るために結構歩き回ったせいだろう。まあ、距離的には別にそんな歩いたわけではないのだが、なんせ最近ほぼ一日中PCに向かっているという事が多かったので、昨日の徒歩は突然の運動みたいな効果を及ぼしたのだろう。・・・って、俺ってそこまで運動不足なわけ?
あ、前回攣ったのはHの家でだった。Hの職場の連中が夕方Hの家の近くの公園でバスケをやっているという事で、参加した日だ。5年以上振りにオールコートの試合を行い、その後Hの家で夕食をご馳走になろうとして彼女の家に行き、玄関で靴を脱ごうとした瞬間に攣ったのだ。いやぁ、あの時のHは驚いてマゴマゴしていた。そりゃそうだろう。家に入ってきていきなりのたうち回る男なんて見たら、わけがわからなくなるに決まっている。こっちはこっちで変に呻き声とか我慢して痛みを助長しても仕方ないので、思いっきり声あげてたし。ご迷惑おかけしまして。
朝、Barに行って軽く朝食をとっていると、雨が降ってきた。どうりで寒いわけだ。そういえばジトジトしている。
朝食後、そのまま自転車でスーパーに行く。最近この、家から歩いて8分ほどのスーパーに行く時ぐらいしか自転車を使わなくなっている。スーパーに行く時はいつもがっつり買い物をするため、それを持って歩いて帰るのはたかが5分といってもなかなか辛い。だから自転車に頼ってしまうわけだが、本来自転車ってもっと遠いところに出掛ける時に使うべきなんだろう。最近、遠いところに行くといっても、PC持ち歩く事が多いので、自転車は使えないんだけど。
スーパーではとにかく洗剤を買い漁る。床用、机や棚用、トイレ用、キッチン用。計5本もの洗剤を買う。これだけ買えば掃除するだろう、とは、誰もが思う事だろう。ここから先はその人次第。
Yは、床掃除について、水拭き、洗剤拭き、乾拭きの計3回やるのがベストと言ったが、このやたらに障害物の多い家ではとてもじゃないがそれは無理かな、と思われる。というか、自分のものしかなくて、動かし易ければ問題ないのだが、他人のものが半分を占め、その中には物がぎっしり詰まっていて動かせないとなるともうこの時点でやる気が失せる。タンスの下の隙間などにわけのわからん物が詰まっているというか、詰め込められているのだ。一度この家に火をつけて全焼させ、ゼロからスタートさせた方がまだ上手く事が進みそうである。とりあえず目標は今週中だな。人を呼べるところまで持っていこう。
今日から週末の大掃除に向けて(別に週末である必要はないのだが)、少しずつ机の上などを片づける事を始めた。今日はうちのメインテーブルの上を整理したのだが、そこだけで2袋分のゴミ袋がいっぱいになった。どんな生活しているんだろうか、僕は。まあいいや。次は作業机だ。これが一番問題である。今日はどんどん捨てる事が出来たが、作業机の上にあるものはほとんど捨てる事が出来ない。ここで必要になってくるのが整理整頓の能力だが、それが欠けているんですよね、僕。
キットカットってメジャーな割には旨い。最近チョコが無性に食べたくなる。まずいなぁ、これ。チョコが嫌いっていうのが売りだったんだけどなぁ。チョコ好きな男って、僕の中での理想の男性像からかなりかけ離れてるんだよなぁ。それに、チョコ食べたって別に良い事ないもんな。食べ過ぎると煙草以上に害がありそうだし。顔にニキビが出来るって相当良くないだろう。
どこか、他の国に旅行などに行っていて、イタリアに久し振りに帰ってくるが、イタリアに帰ってきたからといってホッとした事は一度もない。
このことは、常々言っている事だが、よく考えてみると、FirenzeやSienaに行くとホッとする。Firenzeは僕が一番最初に滞在した街。Sienaはその後の10ヶ月間を過ごした町だ。ミラノに来てからも時々2つの街に遊びに行くのだが、それらの駅に到着した途端、懐かしさとともに、本当にホッとするのだ。街に充満する匂いを嗅ぐと、あぁ、やっぱりここだよなぁ、と思うのだ。という事は、イタリアが僕をホッとさせてくれないのではなく、ミラノが僕をホッとさせてくれないのだ。
何故か。おそらく、僕がイタリアに来た理由のうちの一つである、美しい中世の街並みがミラノには全くないからであろう。いや、全くではないが、しかしほとんどゼロに近い。あとは、やはり18歳から19歳という、今に比べると桁外れに多感な時期を過ごしたからというのもあるだろう(今も充分多感ですけどね、フフフ)。憧れの地に来る事が出来て、浮き足立っていたし、興奮していた。ミラノに来る頃には、そういうものは半減していたのかもしれない。
それでも僕はもうミラノだけで4年住んでいるのだ。大学と同じ期間をここで過ごしているという事だ。それならば、それなりに親近感を持っても良いと思うのだが、はっきり言ってこの街には全く親近感を持っていない。これは何故だろう。汚れか?中途半端な街並みか?それとも僕の精神状態か?未だによくわからない。この街を好きって言える時が来るのかなぁ。まあ、もし日本に永久帰国でもするような事になったら、記憶の中で思い出が美化され、ミラノは良かったなぁ、なんて思うかもしれない。というか、絶対に思うだろう。そんなもんだ。
今日のlabでの撮影は、肩ラインの部分。苦戦したのは、カシミアの柔らかい毛羽立ちを表現するという事だ。光の入り方で全く違う。あまり光が強いと編み目が目立ちすぎて堅く見えてしまう。光の角度も関係しているようだ。あとは露出。同じ構図で場所を変えて何百枚と撮る。デジカメだからこのような事が可能だが、Filmではちょっと無理。自分が光というものを全く把握していない事が露呈したという意味では、この何百枚という撮影の意味は大きい。Y labだからこれだけやらせてもらえたんだけど。かなり感謝だ。
今日はNさんちでこの前見たマタイによる福音書の映画の続きを見た。
10章34節から39節。ここはぶっちゃけ全くと言っていいほど理解できない。家族を憎めと言っている。敵対しろと言っている。キリストは、平和をもたらすために来たのではなく、敵対させるために来たと書いてある。家族と敵対する事が出来ないと俺の弟子にはなれねーぞ、と言っている。・・・これは深すぎだろう。
暗に込められた意味を読みとろうとするが、ここはもう本当にお手上げ。気持ち良いほど難解である。
Yが日本で買ってきてくれた聖書。本当に読みやすい。例えばこのマタイ10章34節から39章の部分、ルカによる福音書の12章と14章にも同じことが書いてあると、きちんと明記されている(同じ場面の事だから当然だが)。見てみると、言葉を変えて同じような事が本当に書いてあった。だけど、それ読んでもわからなかったけどね、これは。
自分の十字架背負わないと駄目だぞっていうのは何となく言いたい事わかるが(僕はそれが出来ない故に洗礼を受けていないわけだが)、それと家族と敵対する事と、どう関係があるのだろうか。そのくらいでっかいもの捨てる価値あるぞ、俺の弟子になるのはってことか?もしそうだとしても、そんな説明じゃ弟子になんてなれないぞ、僕は。ここで弟子になってる人達って、ちゃんと意味理解しているのか?これ理解するってかなり凄いぞ。そして、理解する以上に、受け入れる事はもっと難しいだろう。口で説明されてどうこうなるものではない。
やべー、せっかく早めに帰ってきたのにもう1時だ。先に帰ってきた意味がない。早よ寝よ。
午前中、寝不足のまま写真屋に向かう。ポジの現像を頼む。また無理を言って今日の夕方までにやってもらうことにした。ヴァカンスが終わったらこのような頼みは却下されるかもしれない。
現像を頼むカウンターにいつもいるおじさんは、2度目の来店の時点で(今日で3度目)既に僕の名前を覚えてくれていた。突然名前で話しかけられる。「やぁ、tomo」「今日の夕方で良いか?tomo」とかこんな感じだ。イタリアではこういうことは珍しくないのだが、5年こちらに住んでいてもまだ驚いてしまう。日本のこのような店では、相当仲良くならないと名前を付けて話すことなどないだろう。イタリア人のこういうところは本当に素敵である。
語尾に名前を付けて話すというのは実は結構大切なことで、それだけでグッと相手との距離が近くなる。「あぁ、名前覚えてくれたんだ」と思うことで、親近感が湧くし、単純に嬉しい。日本人はあまりそういうことをしない。名前を付ける時は呼ぶ時か、大人数で話している時くらいだ。
店を出ようとしたところでMINOX35Tの電池がそろそろやばい時期に入ってきていることを思い出し、新しいものを買うことにした。が、その規格の電池は既に製造が中止されているのだ。店員さんに訊くと、案の定売っていないという。しかし、裏技があると言われた。店員さんは僕が手にしていた古い電池を受け取り、それを分解し始めてしまった。まだ使えたんだけど。
分解してみると、その電池は、小さな平たい電池を4つ重ねた形でできていた。それを見てピンときた。その小さな電池を同じように4つ積み上げて、一つの電池を作ってしまえばいいのだ。ちなみにその小さな電池はまだ余裕で製造されている。おじさんはイタリア人らしく、積みあげた4つの新しい電池を紙テープで巻いて固定した。これで機能したら笑えるよなぁ、と思っていたのだが、ちゃんと機能した。なんじゃそりゃ。
まあとにかく、このカメラがまだ使えるとわかってホッとした。僕のメインカメラだったので、使えなくなるのは本当に困るのだ。同じような煙草の箱サイズのカメラでは、ローライを持っているのだが、あのカメラはまだ僕には早すぎる。もっと勉強しなくては使いこなせない。
お昼前に家に帰ってきて、今日の夜の仕事の前に少し仮眠をとっておこうと寝る準備をしていたが、実家に電話をしなくてはならないことを思い出し、電話をする。一ヶ月ぶりくらいか。いや、前電話したのがセール中だったので、2ヶ月経ってしまっているかもしれない。そりゃ父からmail来るわな。
実家も色々と大変らしい。まず、犬のジョンだが、なんと未だに訓練所の檻の中らしい。それが、結構今切羽詰まったことになっているらしく、被害者の女性が全く会ってくれない。そして、保健所に送れと言い続けているらしい。弁護士とも話しているという。なんか話を聞いていると、ちょっと難しい気質の持ち主らしい。
もちろん今回の件はこちらのミスであるが、被害者がその女性であったことは運が悪いとしか言いようがない。腹立たしかったのは、電話で話した母が、保健所に入れることになったら入れる事になったで仕方ないと思っている事だ。冗談じゃない。保健所になんて入れたら速攻殺されるに決まっているだろう。一体何年あの犬と一緒に生活しているのだ。仕方ないなんてことがあるだろうか。
僕は今遠い場所にいるわけだし、訊いた話しか知らないわけで、両親は本当にこのことで頭を悩ませているのだろう。しかし、保健所に入れる事だけは阻止しなくてはならない。そこで、何をすればいいかという事をとりあえず母に伝えた。まず、去勢。そして、庭を囲んでいる木の柵の高さを高くする事。去勢は可哀想だとは思うが、保健所で死ぬよりはずっとマシであろう。しかし、おそらくここまでやっても相手の女性にとっては全く関係ないんだろうなぁ。見に来てくれと言っても見に来る可能性はゼロであると思われる。教員家族らしいが、あまりにも教員らしからぬ対応である。
父が知り合いの弁護士に事情を話したところ、法律的には飼い主側と被害者側の立場に、天と地ほどの違いがあるという。まあ、それは車と歩行者の場合と同じようなものなのだろう。
保健所だけは阻止するべきだ。訴えられたら訴えられたで仕方ないが、そうなる前に出来るだけ手を打って欲しいものである。 ジョンはもう少し耐えろ。しかし、人を一度、それも悪気があったわけでもなかろう、咬んだために保健所送りになってしまうとは、なんと狭量な世間であろうか。
今日の夜の仕事はなくなった。なんだか一気に暇になってしまい、奇妙な虚しさを感じる。あと15分ほどでプリントを取りに行かなくてはならないが、なんだかそれも面倒になってしまう。別に明日取りに行ったって良いのだが、店のおじさんに今日取りに行くと言ってしまった。なんかどっと力が抜けてしまったなぁ。なんだろう、これは。
なぜか急にテンションが下がってしまい、「これまずいなぁ」と思っていたのだが、写真屋さんのテレビで流れていたフェンシングの試合を見てまた一気にテンションが上がった。女子フェンシング個人。
4年前のシドニーオリンピックで、たまたまフェンシングの女子団体を見ていてはまってしまった。死闘の末の金メダル。あの時は泣いた。
その時、チームを引っ張っていたベツァーリの試合がやっていた。準決勝戦。かなり良い勝負だったが、勝った。勝ちの瞬間、彼女と一緒にガッツポーズ作っちゃったね。そのあと家に戻り、フェンシングのニュースをネットで見てみると、なんともう一つの準決勝戦ではこちらもイタリアのトリッリーニが勝利しているではないか!
という事は、決勝戦はイタリア人同士の戦いという事になるではないか!なんてことだ!!それも、ベツァーリが世界ランク一位。トリッリーニが二位なのだ。これはすごいぞー!
というわけで、すぐにテレビをつけてオリンピック中継を探す。しかし、この家にはテレビの電波が入らない!アンテナをいろんな方向に向けて、何とか見れるようにする。既に決勝戦が始まっていた。画質が荒すぎて細かい数字などが全く見えないので、実況で判断するしかないが、どうやらベツァーリが5ポイントほどリードしているらしい。
結局その差を最後までベツァーリが守りきり、世界ランク1位の意地を見せる事となった。いやぁ、素晴らしいね!やっぱりフェンシングだね。それも女子だね。かっこいいわぁ。ちなみに、男子フェンシングも結構強い。団体戦っていつやるんだろうか。また泣いちゃうよ、これは。
欲、欲、欲、いつも欲だ。私欲。欲というものでは求めていきたくないモノがある。欲によって得たものは、得たとしても、すぐに壊れて消えてしまうだろう。壊して消してしまうと言ったほうが良いのかもしれない。欲というものがなくなったら、どんなに気持ち良いだろう。どんなに生活がスムーズになるだろう。だけどなくならないし、なくさなくても良い気もする。
嫌だったら戦え。自分と戦え。戦い続けろ。負けちゃいけない。
午前中、写真屋さんに行き、一昨日撮影したネガの現像とプリントを頼む。出来れば今日中に仕上げて欲しいと言うと、快く引き受けてくれた。
その後、そのままY labに行く。Yは一人で作業中。入り口脇には今日出荷する大量のニットの入った大きな段ボール箱が四つ。すげー。
彼女と話せて本当に嬉しい。彼女が自分のことを話してくれて本当に嬉しい。僕で良ければどんどん話して欲しい。
しかし、帰り際になって思い返してみると、彼女が喋っている間、彼女の手はちょっと止まっていたように思う。仕事の邪魔になってしまったか。手伝いたいと思っていたのに、逆のことをしてしまった。
夕方くらいまでlabにいて、それからまた写真屋さんに行って仕上がったフィルムとプリントをもらう。それを持ってDちゃんの家へ。作業。
帰ってきたのは日にちが変わった深夜1時過ぎ。
判ってはいたが、現像所は全て休みのようだ。電話をしてもどこも出ない。昨日撮影したぶん、今日出せてしまえば非常に流れとしては良いのだが、タイミングが合わなかった。一日、待ちだ。まあ、実際にはプリントが上がってくるのに更に一日かかるので、僕個人的には二日間、何も出来ないことになる。
何も出来ないと思っていたら、Dちゃんから電話があって、午後は仕事をすることとなった。まあ、結局ほぼ作業していたのはDちゃんだけで、僕はその間、今まで撮った写真の整理をしていたのだが。
9時頃、小腹が空いた、外で軽く何か食べようということになった。
昨日、今日と、イタリアは日本でいうところのお盆休み(正確には聖母被昇天祭)。とは言ってもイタリア人は実家に帰るというよりは、旅行に行く。もともと実家に住んでいる人間が多いし。この二日間、本当に町中からはイタリア人の姿が消える。目にするのは外国人ばかり。トラムやバスに乗っても9割は外国人という状況である。というわけで、店という店がほとんど閉まる。レストランもbarも閉まる。スーパーはやっているところもある。
Dちゃんの家の近くのレストランなどもほぼ全て閉まっていたが、面白いbarを見つけたのでそこで食事することにする。なんで面白いかというと、そこはアラブ系の人達がやっているbarで、なんとコーヒーマシンの脇でケバブを作っているのだ。しかし、きちんとしたケバブ屋にある大きなケバブ機(ラム肉かなんかをぐるぐる回しながら焼く機械)ではなく、その3分の1ほどの小さなケバブ機で肉を焼いている。入り口には、「このbarではケバブ食えるよ」という張り紙。
「ケバブ屋がbarも兼ねている」と聞くとまあおかしくはないが、ここは確実に「barがケバブ屋を兼ねている」といった様相である。味はやはり大したことがなかったが、その分安かったのでまあオッケー。
ちなみに、ミラノにあるケバブ屋には僕の知っている範囲で3種類ある。一つはトルコケバブ、もう一つはエジプトケバブ、そしてギリシャケバブだ。まあ、ギリシャケバブはヨーグルトが入っているので他の2つとちょっと違うのだが、エジプトとトルコは何が違うのかよくわからない。ちなみに、僕の家の近くにあるのはエジプトケバブ屋だ。今日行ったところもおそらくエジプトだ。トルコケバブ屋との違いをどう見分ければ良いかというと、これはまだ確実な情報ではないのだが、エジプトケバブ屋は、ケバブを「KEBAB」と書いてあり、トルコは「KEBAP」と書いてある。トルコケバブ屋では「ケバプ」と発音しないと通じないのかもしれない。今度トルコケバブ屋を見つけたら入ってみようかと思う。あと、肉も違うはずだよな。
それにしても、あの小さな家庭用ケバブ焼き機、一台うちに欲しいかもしれない。ケバブ食い放題なのはもちろんのこと、バーベキュー感覚で色々な肉も焼けそうだ。豚の丸焼きなんかも出来そうだ(丸ごと焼きたくないけどね)。
ケバブを2人で頬張りながら、Dちゃんのプライベートな話をした。とはいっても別に女の話とか、そういうのではない。将来何をしたいのか、とかそういうことだ。Dちゃんは結構なんでも出来る系の人間で、建築士2級を持っているのだが服も作る。パソコンにも強い。製本とかも出来てしまう。他にも色々出来ることはあるのだろう。しかし、まだ「俺はこれで食っていきたい」というのが決まっていない。本当にやりたいことを探し中なのだ。
しかし、彼の話を聞いていると、彼が将来何をやることになっても、本当に良いものを作ることになるのだろうという気がした。とにかく「良いもの」が作りたいのだ。長く愛されるものを作りたいのだ。それは一緒に働いていてよくわかる。妥協というものをしない。ものすごく忍耐強い。この2つは今の僕から特に欠けている2つであり、そういう意味でも彼を尊敬する。
今日彼とそういう話をして、彼の考えていること、思っていることを少しだけ聞けた。聞いた後、心地良かった。僕の思いなんて単なるエゴだなぁ、と思った。彼は本当に良い物作りがしたいだけで、そのために周りの力を出来るだけ発揮させる。僕の力を発揮させてくれているのだ。それに対して盾突こうと思っていた自分が恥ずかしい。頑張っていきたい。
11時過ぎに家に帰ってくると、引っ越してきたばかりの2階の住民が、Festaをしていた。アラブ系だ。ここに引っ越してからケバブ屋に通い詰めているので、アラブ語が理解は出来ないが聞けば判るようになってしまった。これからケバブ関係でお世話になるかもしれないし、仲良くなっておいた方が良いかもしれない。
おそらく今日はほとんどのイタリア人住人が出掛けているので、これだけ大音量でアラブ系音楽をかけて大声で歌っているのだろう。普段こんなことをしたら追い出されるのが普通である。まあ、たまには良いかもしれないが、俺が寝るまでには終わりにしてくれ。下手くそっなんだよ、歌が。
昨夜、10時間以上寝たため、普段は眠くなるこの時間でも、まだまだ元気だ。これで今夜眠れなかったら昨夜長時間眠った意味が無くなる。いくら前の日の睡眠時間が短いとはいえ、8時間以上は寝るもんじゃない。
酒の力を借りて、3時間弱は寝ただろうか。ずっと夢を見ていたような気もするが、これだけ寝れば午前中は大丈夫だろう。これからシャワーを浴びて朦朧とした頭を覚醒させ、撮影に出掛ける。午前5時半。頭に入れておくべきなのは、秋冬のイメージで撮ること。撮影始めるとそういうの忘れちゃうんだよなぁ。ネガフィルムってほとんど使ったことがないから、どんな色に仕上がるかも全然想像できない。赤っぽくなるのが嫌でネガを使わなくなったような気がする。
5時半では早すぎた。始めに公園に行ったのだが、暗すぎて撮影できず。Filmで撮ったものはおそらくブレまくりであろう。3秒は止まっていられない。僕もモデルも。少しずつ明るくなってきたあたりで場所を変えてBreraへ。
やはり僕はモデルに「こうして」「ここに立って」とか言って撮ることができない。やってみたが、いまいちピンと来ない。撮っても見たが、おそらくまともな写真にはならないだろう。構図は良くできているかもしれないが、多分そこからはいやらしさに似たものが見る人間に伝わってしまうだろう。僕が人に指示して撮影すると、いつもそうだ。多分、そういうセンスが全くないのだろう。そういう意味でもスタジオ撮影はあまり好きではないし、得意でもない。
お昼に素麺を食べようと、鍋に水をためてチャッカマンでコンロの火をつけようとする(こっちの家庭用コンロは未だにチャッカマンやライターを使って点火するものが大半を占めている)。なかなか点かずに苦戦していると、いきなりボワッと火が点いて、それまでに溜まったガスのせいで一瞬かなり巨大な炎が燃え上がったようになった。顔に熱気が吹き付け、一瞬で収まるが、なんか昔嗅いだことのある匂いがすると思ったら、前髪を少々焦がされていた。
勉強させてもらって、こういう言い方もなんだが、僕は無難なモノとしてレヴェルが高い作品よりも、極端な話、構成とかメチャクチャだが、ある人達に対してはものすごい力を発揮するような作品を好む。これってもう本当に僕の勝手であり、自分の作品を作る際にはこういう考えを持っても良いと思うが、やはり今回の場合、movieを見てもらって、理解してもらわないといけないし、欲しいと思わせなくてはならない。そういう状況では僕のこの考え方は使い物にならないだろう。
自分の気持ちが一番最初に来てしまう。それは嫉妬であり、悔しさであり、我が侭でもあるが、おそらく相手のことを一番に考えたいと思っていても実際はやっぱり自分が一番だという、認めたくはないが認めざるを得ない僕の心の本質がある。相手が包み隠さず話してくれることに対してまず一番に嫉妬が来てしまうのは、欲のためだろう。話をしているその場では自分の感情を抑えて話すことが出来るが、心の中ではドロドロしたものが渦巻き始める。そしてそれがどんどん大きなものになっていく。自己嫌悪に陥る。捻くれた考えが来はじめる。そうなるともう、かなり辛い。
静観しようと決めた時、そのドロドロしたものが邪魔になる。しかし、それを消し去ることが出来ない。手の届きにくい奥底に持っていくしかなくなる。しかし、そういうのが溜まりに溜まり、いつか爆発するんじゃないか。そうなった時、僕という人間はどうなるだろう。おそらく自分の感情を抑えることが出来なくなるだろう。だけど、爆発させないと病気になるのは間違いないな。
それだったら自分で思ったことを相手の前で正直に話せということになるかもしれない。そうすれば心の奥底に溜め込む必要なんて無くなるかもしれない。でも、そんなこと出来ない。自分は楽になるかもしれないが、その分相手の負担が増えるのだ。それは出来ない。そんなもの、甘えでしかない。相手に甘えると同時に、自分にも甘えている。できるわけがない。
夜、明日のイメージ写真撮影のために、3人で撮影場所を見に行った。とは言っても実は僕はあまり見ていない。今日良いと思った場所でも、次の日見てみたら違ったということが多々あるので、余計な先入観を植え付けないためにも、あんまり決めないようにしているのだ。僕は不器用なので、決めてしまうと違う写真が撮れなくなってしまう。その日の気分によっても違うし、抑も構図をきちっと決めて撮るというやり方をしない。その時ファインダーを覗いてピンとくれば撮るのだ。僕の撮影スタンスはいつもそんな感じ。その時の気持ちで撮る。
撮影場所を決めるよりもっと大切なことは、今日できるだけ寝ることである。
DVDのmovieがだいぶ形になってきた。Dちゃんの手の入っているものと、僕とYの2人で構成したものを見比べてみると、本当に後者は判りにくい。とにかく自分達の入れたい写真を入れただけな感じだ。客に見せるという面では前者の方がもちろん良いだろう。しかし、後者は後者でものすごく作り手の気持ちが伝わってくる。前者は後者に比べると若干クールに仕上がっている。どちらが良いというものではないが、後者のような作品を作ってしまう気持ちも大切に持ち続けていきたいと思う。僕はもう少し場数踏んでいかないと、クールにはなれん。踏んでいってもなれん。
すっかり忘れていたのだが、最近全くジムに行ってないではないか。時間が無いというのもあるが、そろそろ行かないとまずい。胸筋がすっかり無くなっているような気がする。でも、もっと暑くなってくれないとプールに入る気にはなれないなぁ。
結局昨夜は寝たのが2時くらいだっただろう。ちょっと寝不足で撮影。
人に指示されて写真を撮るというのはやはり辛いが、それが嫌だったら相手の納得する写真を撮れってことだ。企業カメラマンは偉い。
Dちゃんはおそらく、「俺に撮らせろ」と思う時もあっただろう。テクニック不足が露呈した。それでも彼は本当にこっちの立場を尊重してくれる人なので、我慢強くトライさせてくれた。一時、リトライにウンザリし、それを露骨に表情に出してしまった。自分でも何を考えているんだ、と深く反省する。あの時相手がDちゃんでなかったら、僕は即刻クビであろう。社会は僕のような人間など必要としない。今は素人だって僕より上手い写真を撮れるのだ。なんかわかってないよなぁ、僕。
Dちゃんと仕事が出来ることは本当に幸運なことだが、世の中もちろんDちゃんのような人間ばかりではない。寧ろ、Dちゃんのような人間は少ないだろう。僕はこの先、そのような人達と仕事をすることもあるはずだ。その時に今回のような自分勝手をしていると、その世界から追放される。桁外れな才能に恵まれているのならまだしも、僕のようなどっちかというと落ちこぼれの人間はとにかく努力するしかない。タイミングを逃してはならない。今回の仕事は僕を成長させる良い機会である。これを逃すな。とにかく僕の、もしかしたら世界で通用するかもしれない部分を見つけ出し(そういうところがあればの話)
、それを成長させていくのだ。
Yの首の痛みが幾分マシになってきたようだ。この週、彼女は本当に大変だ。DVDと本の制作プラス、自身のブランドの服の発注にも間に合わせなくてはならない。僕には到底想像することが出来ないような多忙な毎日を送っているのだろう。ちょっと休んだ方が良いよ、などと言っても休めるわけはない。僕が出来ることは、休息を促すことではない。
昨夜も1度目が覚めたものの、そのまま強引に再び夢の中へ。朝方、多分今、僕の一番したいことがそのまま夢になって現れた。これが正夢になったらと思うといてもたってもいられない。
ミラノ、このまま夏が終わりそうだ。結局全身焼かずに終わったな。まあいいや。半袖ってなんか中途半端な気がするので早く長袖で過ごせるようになって欲しい。
スイスのホテルに空き室状況を確認するため、mailを書いてみる。英語全然だめだなぁ・・・。
午前中、洗濯を済ませ、お昼にパスタを作って食べる。
午後、Y labに行く。明日、DVDとカタログ用に、欠けている写真の撮影がある。今日は明日の負担を少しでも減らすために、今日撮れるものだけを撮りに来た。Dちゃんにリクエストされた写真を撮る。マクロ撮影って楽しい。一眼用でもマクロレンズが一つ欲しいなぁ。広角も欲しいなぁ。というか、eos用の単焦点が欲しいなぁ。イタリアで撮ること考えたら40mmがベストだなぁ。日本は50mm。父のミノルタがついに壊れてしまったので、それは結構キツい。友人に28mmがついたcanonをもらったのだが、28mmは人との距離が遠すぎる。
午後、Dちゃんの家にお邪魔。
行く前は、今日はちょっと険悪になるかもなぁ、と正直思っていた。なぜかというと、何となくこのまま行くとmovieから僕らしさが消え、Yらしさが消え、Dちゃんらしいものになってしまうんじゃないかという懸念があったからだ。
しかし、そう考えていた自分が恥ずかしくなるほど、Dちゃんは素晴らしかった。ちゃんと考えていてくれている。彼がしてくれたことは、わかりにくい部分を明確にし、僕の写真とYのテキストの間にあったギャップを埋めてくれることだった。僕の気持ちも酌み、Yの気持ちも酌みつつ、人に見せるための最良なものを作っていく。その過程で、僕の未熟さと、考えの浅さが次々と露呈していくこととなったが、それでもそれは気持ちの良いことだった。
なんか、彼には会えば会うほど驚かされる。プライベートではまだそんなに会ったことがないのでわからないところが多いが(一緒に仕事するのも今回が初めてなんだけど)、仕事の面では本当に頼りになる。良い勉強させてもらっている。感謝。
帰り、Yが車で送ってくれた。お風呂上がりなのかなんなのか、驚くほど疲れているように見えて驚く。本人は元気だと言っているが、まあ気持ちが健康であることが一番大切かもしれない。首の痛みも少しずつ取れてきたようでなにより。
主役、頑張れ。
今日は珍しくとても気持ちの良い睡眠が出来た。12時頃に寝て6時半起床。目覚まし時計が鳴り出す30秒前にピタッと起きる。頭の中には夢を見た形跡もない。これぞ睡眠。
昨日Yと、スイスに行く前に部屋を綺麗に掃除し、整理整頓することを約束し、帰ってきてから部屋を改めて見回してみた。本当に汚い。どこから手を付けて良いのかさっぱりわからないが、手を付けはじめればどこからやればいいのかわかるようにはなるだろう。
昨夜、12時に寝て、1時半に起き、写真の加工を行う。結局朝までかかってしまった。
Yがlabに行く途中にCDを手渡そうと僕の家に寄ってもらおうと思って6時半に電話したのだが、彼女はちょうどLabに到着したところだった。早すぎる!!次回からは6時に電話しよう。
引き続きD家で打ち合わせ。昨日、写真と写真との間に入れる数秒間の間で見ている人間の意識を現実に戻す、なんて偉そうなこと吐いたのに、今日Dちゃんにその辺バッサリと切られた。黒い画面というのは不吉なイメージを湧かせるというのだ。間を入れるというのはかなり自信があった考えだったので、そう言われた時、「いや、そうは絶対に思わないだろう」なんて考えたのだが、後になって改めて見返してみると、その黒い間を闇と感じないでもない。不吉な感じは確かにする。手が伸びてきそうな感じさえした。これはDちゃんから言われたことが原因というのもあるだろうが、このmovieを見る人達の中で、この間をそう捉える人間も確かにいるとは思う。
それではどうすればいいのか。正直良い考えがなかなか浮かばない。
コラボレーションする人間が、一番悔しい思いをするのは、コラボしている相手が自分の情熱に付いてこない時であろう。そういうことは多々あるとは思うのだが、その時点で良いものは出来上がらない。
Mさんもピアノ参加。段々すごくなるね。ユニット組めちゃうね、こりゃ。
お昼頃からY Labにてmovie用の写真を選択切り捨て。写真だけで、どのような行程かを本当に判りやすく表現するのは難しい。僕らは既にどのような作業かを経験して知っているから見ていても理解できるが、全く知らない人が見てどこまで実際に近いものをイメージしてくれるか。まあ、誤解を与えるようなことはないにしろ、やはり出来るだけ事実に近い情景を頭に思い浮かべて欲しいと思う。
作業の内容が変わる部分で、どうもしっくり来なかった場所があるが、終わりの写真と始まりの写真の間に黒い画面を数秒挿入することで比較的見やすくなる。オレンジ色のライトを使って撮影した部分が、他の自然光で撮影した部分と比べてどうしても浮いてしまっていたのだが、こうすることで自然に他の部分と繋がる。はじめはこの黒の代わりにイメージ写真的なものを挿入しようかと考えたが、その方が見る人間にとっては混乱すると思った。何もない数秒間がでかい。そこで一度見ている人間の意識を現実に戻す。
3時に教会へ行き、それが終わってまたlabに戻って作業の続き。写真の選択は大体終わったものの、まだ加工などが残っていたのでそれは家でやることにする。帰りに中華によって夕食。結構久し振りに中華食べたかも。
3mほどの高さがずっと向こうまで続く壁の向こうは瓦礫で埋まった荒れ地だ。
どうやら何十棟という建物を取り壊して平地にしたらしい。
そこにまた、新しい建物を建設するべく、何十台というショベルカーやクレーン車がとまっている。
広大な荒れ地にとまっているこれらは、砂漠のサソリだ。蛇だ。
夜になり、瓦礫の隙間から小動物が這い出てくるのを静かに待っている。
カラスが数羽、壁の上にとまっている。
身動きしない。ジッとこちらを見つめている。尖った嘴。黒い眼。
歩いても歩いても壁が途切れることはない。
気付くとさっきのカラスたちが僕の後をついてきている。
先程よりも増えていた。カラスたちは、お互いに全く興味がないようで、僕の方だけを見つめ続けている。
歩き続ける。歩けば歩くほど、カラスの数が増えていく。
何を考えているかわからない、あの黒い眼。
突然、一匹のカラスがガラガラした鳴き声を放つと、他のカラスたちも一斉に鳴き始めた。
途切れることのない鳴き声。全ての声が僕に向かってくる。
顔の皮膚がビリビリと痺れる。耳が急に詰まったようになる。くぐもって聞こえる鳴き声。
僕は歩みを止めて壁に向き合った。カラスたちは一斉に鳴くのをやめ、再び静かに僕を凝視する。
海で溺れた夢を見て目が覚めた。
海底に沈んだまま、足を蹴っても水面まで届かない。
上を向くと、青空が見える。
何度も何度もジャンプするが、まるで地上にいるかのようにすぐに足が海底についてしまう。
だんだん苦しくなってきた。
0時半。
体中に汗をかいていた。
荒木の写真集を見る。
今日から、再びMINOXを持ち歩こう。
人に見せるための自分の作品なのだが、なんと自己満足なものなんだろうと気付かされた。僕の中にも自分の作るものに対して、第3者としての客観的な視点が必要である。
ここちょっと気になるけどまあこれはこれで事実なわけだし、アリだよな、と思ってしまうのはただ単に手間を省きたいという致命的な甘えから来るものだ。こういう事を考えている限り僕には今以上に良いものを作ることが出来ないだろう。自分の中では良くなっていくかもしれない。自分を満足させてしまうことなど容易いものだ。しかし、僕の作品を判断するのは僕ではない。何千何億という第3者である。
今日会ったD氏。「意識して確立された第3者」としての視点。個人的な好き嫌いを一切省いた建設的な意見。的確な言葉選び。呻るしかなくなる。これはただ単に経験の差という一言では片付けられない。非常にクールな視点と適度にホットな魂。クールな見方の中に熱がある。すごい。
自分の気持ちの中に葛藤がうまれる。僕はどうすることがベストなのか。どうするべきなのか。自分に出来ることはなんて限られているのだろう。限られているのか?これが僕の限界か?そうじゃない。見えている世界が小さいのだ。踏み込め。臆するな。止まったら終わりだ。
風向きを気にすれば種は蒔けない。
雲行きを気にすれば刈り入れはできない。
朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。
実を結ぶのはあれかこれか
それとも両方なのか、わからないのだから。
(コヘレト11-4,6)
お昼くらいに起きる。いつものようにPCを起動させ、何をするでもなくネットサーフィン。
便通を催し、トイレに行き、用を済ませてさぁ拭こう(汚くてすいません)と思ったら、トイレットペーパーがもうほとんど無かった。かなり頑張って何とかそれで間に合わせる。
スーパーに行こうと思い、そのままシャワーも浴びず、寝癖もそのままで顔だけ洗って自転車に乗ってGSへ行く。前住んでいた家では、たとえスーパーと言えどもきちんとシャワーを浴び、髪の毛もセットして出掛けていた。しかし、今のゾーンに住んでいる連中はそんなことお構いなしな奴らが多いので、僕もそうなってしまう。まあ、あの狭いシャワールームには出来るだけ入りたくないっていうのもあるのだが。
小腹が空いていたので我等がケバブ屋に行き、久し振りにケバブを食べる。この店は2週間に一回くらい、表に出て客の接待をする兄ちゃんが入れ替わる。今日の兄ちゃんは感じは良いが、釣り銭を誤魔化し、パンの巻きも甘い。まだまだ修行不足である。ここでケバブを食う時は、あの一番感じ悪そうだがソースの分量などが常に適切な兄ちゃんが良い。
スーパーでトイレットペーパーを探している時にYから電話があった。普段スーパーだけに出掛ける場合、大体携帯を家に置いてきてしまうことが多いので、Yは運が良い。
仕事の依頼だった。仕事の依頼。響きがとても格好いい。今日撮影して欲しいと言われたので、早々に買い物を済ませ、家に帰ってシャワーを浴び、カメラを持って外に出る。
本当に、約束通りの時間にlabに到着。早くもないし、遅くもない。完璧だ。
到着して早速、Gianna撮影。Giannaは昔っからここで働いているニット職人だ。このlabがY Park専用になるずっと前から働いている。カシミアの糸をパーツ別に編み上げる作業工程。スンゲー格好いい機械を使う。ガンダムっぽい。
僕の撮影は日や被写体によってスピードや勢いが異なる。みんなそうなのかな。今日の撮影は相当勢いが付いて早かった。とは言っても決して適当に早く仕事を終わらせてしまおうとかそういうんではなく、Giannaの仕事のスピードが速かったためだ。無駄な動きが一つもなく、小声で数を数えながら機械を動かしていく。額に汗が滲んでいる。魂がこもっている、と思う。
labに到着して一息つく間もなく撮影に入り、かなり精神的消耗の激しい撮影を行ったので、終わった後は暫く放心状態だった。デジカメで撮ったものを見てみるが、全く頭に入ってこない。時間が経ってから見直した方が良さそうだ。
Giannaがそんな僕に気付いて気を遣ってくれる。まだ数回しか会ったことがない人にも気を遣わせてしまう僕っていかんと思う。YにもOttaにも気を遣わせてしまった。Giannaは最初会った頃に比べると、かなり僕に対して心を開いてくれている。彼女の歳からしたら僕は息子と孫の間くらいの位置だろう。彼女にとって、僕はどちらに近いのだろうか。孫だろうな。
Labを出て、帰るためのバスの停留所でバスを待っているが、30分以上待っても来ない。おかしいのは、逆方向に向かうバスは何台も通り過ぎていることだ。一体どういうことですか?もしかして、またなんの通知もせずに道変えやがったんですか?更に20分ほど待ったが全く来る気配がないので痺れを切らして歩くことにした。一緒に待っていたイタリア人もそう決めたようだ。
labからPortagenova駅まで歩いたのは初めてだったが、結構遠い。まあ、夕方だったので風も涼しく、散歩日和といえば散歩日和ではあったが。前を歩いているイタリア人女性との差がみるみるうちに広がっていく。身長も歩数もほとんど変わらないのに、足の長さだけでこんなにも差がつくのかと、歩きながら呆然とする。
っていうか、夏休みだからって適当なことするんじゃねーぞ、ATM。逆方向に向かうバスの運転手も、その停留所は通らないってこと判ってるんだろうから、一言言えや。目が合って何も言わないっつーのは、ホント、根性腐った奴らだな。お前らみたいなのはヴァカンス無しで働き続けなさい。
昔は給料も相当良く、その仕事に就くことが自慢になっていたというバスやトラムの運転手も、今じゃすっかり腐ってしまったようだ。休憩中にバスん中で煙草吸ってる奴とかいるしな。
このblogのタイトルの横にある写真はY Park Labの近くを流れるNaviglio運河に架かる鉄橋だ。ものすごく工業的で不動の意志を感じる鉄橋で、いつかこの橋を渡ってみたいが、どうやら一般人は渡れないようだ。登れないように柵がはってある。一体なんのための鉄橋なんだろうか。
昨夜も雷雨があった。途中で寝てしまったのではっきりとは覚えてないが、結構な勢いで降り続いていたようだ。おかげで朝は気持ちが良いほど寒かった。
i-lifeからi-DVDをダウンロードするが、G4用だったので、アプリケーション不足で開けず。これで僕のPCからDVDを制作しようとする試みはほぼ絶たれた。どうするのが一番良いのか。外付けのDVD-RWを購入しても、PCでDVDを作成できなければ意味がないんじゃないか。外付けマシンでどこまで出来るのかしら。ネタを持っていくだけでDVDを作成してくれる店というのはあるのだろうか。そういう店があるとしたら、一体予算はどのくらいで一枚のDVDを作成してくれるのか。日本であればこの辺に詳しい人間が沢山いるのだが、こっちだとほとんどいない。無力だなぁ。
午後、Y labに行く。今日はMの帽子制作の撮影である。Mはゴルチエのシャツ着てきやがった。編み帽子制作とそのシャツがあまりにもミスマッチなため、なかなか難しい撮影となった。撮影が終わってから、着替えさせれば良かったことにYに言われてから気付く。カメラマンなのに気付くの遅い!それも、言われて気付いてるようじゃまだまだダメ。
夜はH邸でみんなで夕食。Hがレッドカレーとピーナッツドレッシングをかけた茹で野菜を作ってくれた。旨い。辛いが旨い。自分で作るグリーンカレーは結構耐えられるのに、レッドカレーは咳き込んでしまった。辛さ度はそんなに変わらない気がするが、青と赤でこうも違うのかと驚く。
次はイエローカレー作ってみようかね。イエローカレーって辛さの元はなんなんだろう。レッドとグリーン合わせても黄色にはならないしな。ってか、イエローカレーなんてあったっけ?ん?オレンジだっけ?
今夜は4人で夕食だったのだが、僕以外はみんな女性。昔からこれは変わらないのだが、女性ばかりの中にいるとなんでこんなに落ち着くの?僕って相当の女好きなのか、それとも女々しいのかなど、色々考えたが、おそらく女性だけの中にいる方が落ち着く理由は僕の家族構成のせいだろう。
僕の家の家族構成は男2人に女3人。それだったら別に偏ってるわけじゃないんじゃない?と思われるかもしれないが、もう一人の男、父は、僕が高校に上がるくらいまで、ほとんど家にいなかった。一年の5分の4は外だった。出張である。3ヶ月間海外ということも少なくなかった。アメリカにお前の兄弟いるんじゃねーか?なんて友達にからかわれ、それを真に受けて夜な夜なアメリカ育ちの弟と僕が対面する様子を想像していたこともある。海外からようやく帰ってきて、そのまま服だけ着替えて北海道まで飛んでいったことも何度かある。
とは言っても、出張だけで一年の5分の4もいないわけではない。しかし、長野で仕事をしていても、帰ってくるのは僕が寝た後で、出掛けるのは僕が起きる前だったことがほとんどだった。日曜日も働いていた。おそらく一日の睡眠は3〜4時間ほどだっただろう。働き過ぎで体を壊し、2週間ほど入院生活を送ったこともあった。
今考えれば、こんなに働いていたのは息子達のためであったのだが、小学生、反抗期の中学生だった僕はそんな理解のある考え方は出来ず、「なんでたまにしか帰ってこねーのにこの親父はこんなに偉そうなんだ」と思っていて、そのせいで喧嘩が絶えなかった。それは中学を卒業するくらいまで続く。
父は父としての威厳を保ちたかったというのもあるだろうし、仕事でイライラしていたというのもあるだろうし、家でゆっくり休みたいのに息子がうるせーというのもあり、とにかく顔を合わせたとなれば即喧嘩である。家に警察が来たこともある。ガラスも何枚か割れ、今でも家の壁の数カ所には僕が殴って開けた穴が空いている(絵とか飾ってある場所の裏は大体、穴)。
高校生になると、何故か父がよく家に帰ってくるようになった。出張も激減し、海外に滞在する期間も短くなった。日曜日は家にいることが多くなった。これはおそらく父が会社で昇格したためであろう。しかし、父の家にいる時間が長くなったとはいえ、過去の溝はそう簡単に埋まるものではない。
喧嘩の数は激減した。とは言っても僕と父の仲が良くなったわけではなく、僕が一方的に父をシカトするようになったのだ。父が帰ってくると、僕は自分の部屋に引っ込んだ。日曜日など、食事以外はリビングには全く行かなかった。食事の時も、無言であった。挨拶もしなかった。話しかけられても適当な返事しかしなくなった。それで険悪な空気になると、僕はあからさまにイライラした感じの溜息をつき、自分の部屋に戻っていった。それでカッとなった父が僕の後ろ姿に罵声を浴びせるが、それさえも無視していた。高校時代はそんな感じだった。
僕と父の関係が(多分)良い方向に向かい始めたのは、僕が高校を卒業し、イタリアに行くことを決めたあたりからだ。僕は本当に嫌だったし、悔しかったのだが、父にイタリア留学を承認してもらうために頭を下げた。これは自分の為なのだと言い聞かせて。
父は一つ提案した。「お前がイタリア留学に必要な準備を全て一人でやったら金を出してやる」。
そうなのだ。僕はあれだけ父に反抗していたにもかかわらず、何一つとして自分の力だけでやり遂げたことがなかったのだ。常に、父と母のヘルプがあったから出来たことなのだ。信じられない話だが、その時僕は初めてその事実に気付くこととなった。
僕は言われた通り、全ての準備を父のヘルプ無しで自分でこなした。この時父が僕にやらせたことの意味は、僕にとって本当に大きかった。当たり前だと思っていたことが当たり前ではないのだと気付かされた。そして、自分一人でも色々なことをやり遂げることが出来るということを知った(もちろん自分一人で出来ないことも沢山あるのだが)。
そして、留学準備をしているこの間、僕は今までほとんど交わったことのない人種と交わることになる。社会人だ。この時、そして、イタリアに来てから知り合った社会人、もしくは元社会人の人達には多くのことを学んだ。しかしそれは僕が社会人になるための何かではなく、父という一社会人の立場、気持ちを少しだけ知るためのものということだ。
それから僕が日本に帰るごとに、父との会話が少しずつ増えていった。父も、僕には今までしたことのない、仕事の話などもするようになった。それでも、やはり父は僕に対して威厳を保ち続けたいと思っているように見えていた。それに対して、僕はまだ不満を持っていた。下らない、と思っていた。
2年前、伯父が急死した。その時伯母はこの叔父と別居状態となっており、3人の息子達が残された。一番上の姉は既に一人暮らしを始めていたため、亡くなった叔父の家には就活中である高校を卒業したばかりの娘と、同じく就活中である僕と同じ歳の息子、そして祖母しかいなかった。複雑な家庭環境にあり、その時その3人が頼れるのは僕の両親しかいなかった。
それからの父の行動を、実際見たり、話に聞いたりした。
僕の親父は格好良い。僕の親父には威厳がある。そう思った。尊敬できる人間だと思った。
まさか自分が親に対してこんな風に思うなんて考えもしていなかったので、自分自身本当に驚いた。だけど、正直、僕は父を尊敬できる人間だと認めてしまった。
ギャグとか面白くないけどね。酒臭いけどね。ビール腹だけどね。でも、僕の父はおそらく父としての使命を全うしている。でも、「ありがとう」とか、「ごめんなさい」とかはまだ言えないんだよなぁ。その辺まだちっちゃいんだな。
ちなみに、僕と父との諍いが終結したといっても、父にはまだ大きな悩みがある。これは僕もちょっと責任を感じているのだが、高校3年生である一番下の妹が、今現在、僕と全く同じことをしているのである。日本に一時帰国した時に「なんか家の空気がおかしいなぁ」と思い、母に聞いてみたところ、今一番下の妹は父をこれでもかというほどバカにし、シカト同然の扱いをし、喧嘩が絶えないのだという。
一番下の妹は、昔から僕に本当に似ていたのだが(性格が)、まさかここまで似てしまうとは思ってもみなかった。僕もあまり大きなことは言えないが、とりあえず「あんまり迷惑かけんなよ」と妹に言っておいた。それに対する妹の反応は、「あぁ?別にかけてねーよっ」だった。僕の妹ってこんなにぐれてたかなぁ・・・。
と、ものすごく話がずれてしまったが、先に述べたように、僕は中学まで、ほとんど女3人男1人という状態で育ってきた。だから、今でも女性だけの中にいるとそっちの方が落ち着くんだと思う。なんか嫌だけどね、そういう男。
僕がそのままの自分を出せる人間というのは一体どれだけいるだろう。片手でも余裕で数えられるくらいしかいない。親にさえも、僕は自分を偽っている。親は全てお見通しだと思うが。
おそらく僕をこの地で一番理解しているであろうS氏は、彼自身も自分を偽って生きている。しかし不思議なことに、僕は彼の前では自分を偽ることをしない。彼も僕の前では自分を偽っていないと思う。偽っても意味が無いというのもあるし、偽ったってすぐに判ってしまうのだ、僕らの仲は。偽りあうことでどうなるかも、多分判っている。
僕にとって、自分を偽らずに人と接するというのは本当に難しいことだ。やろうとしても、正直100%そのままの自分を保つというのは出来ないだろう。23年間、自分を偽り続けてきた。おそらくこれからもそれが完全になくなるということはない。偽る相手には偽り続けるかもしれない。こういう言い方はおかしいかもしれないが、腹立たしいことに、偽る僕も、僕自身なのだ。
だけど今、僕の周りには、本当の僕自身を見て欲しいと思わせてくれる人がいる。僕を信じてくれる人がいる。本当の自分ってなんなのか、僕自身にも判っていないが、それでも、偽るということをしなければ、相手が偽りのない自分を少しは判ってくれるんじゃないかと、そういう気がする。信じてくれるんじゃないかという気がする。僕はそれに答えるのだ。答えたい。
偽らないって難しい。それに比べたら、自分を偽ることはなんて簡単なことなんだろうと思う。でも、自分を偽らないって気持ちが良い。簡単じゃない分、気持ちが良い。
こいつら、本当に信じらんねー。わざとか?なんでわざわざこんな大騒音をたてるのだ?もっと静かに仕事できないのか?朝の8時前からこの音たてるのはどう考えてもおかしいだろう。周りに住んでる住人は何も言わないのか?まるで自分を追い出そうと企んでいるようだ。
これが毎日続いたら、僕はこの家を出て行くか、暫く避難するだろう。機関銃があったらこの大騒音に紛れて音の主を一人ずつ撃ち殺すかもしれない。どうして「やっぱりイタリアに帰ってくるとホッとするわぁ」って思わせてくれないんだ、この国は。
午後、家から出て驚いた。入り口のすぐ脇に鉄の螺旋階段が出来ていたのだ。今朝の大騒音はこの階段設置のせいだったようだ。なんかちょっと格好いい螺旋階段なのだが、この場所ってまさかと思い調べてみると、こいつのせいでトイレのサッシが開かなくなってしまっているではないか。おいおいおいおい、いくらイタリアが適当といえども、これは裁判沙汰だろう。しかし、立場的に文句が言えない。
今日町中を歩いていて思ったのだが、イタリア人が激減している。店もほとんど閉まっている。ついに本格的なヴァカンスが始まったようだ。バスに乗ったら外国人しか乗ってねー、みたいな状況が暫く続く。Barが閉まるのは勘弁だよなぁ。
僕達のために祈る。素敵だと思う。届け。
っつーか、祈ること沢山あり過ぎて、紙に書いておかないと覚えられない。んで、祈ってると途中で自分が何言ってるのかよくわからなくなる。いろんなことが一気に頭の中に溢れ出てきて混乱する。慣れか?慣れるものなのか?
お互いに成長できますように。良い関係を築けますように。
↑これって祈ってるんじゃなくて、願い事か?
昼に起きた。暑いぞ。暑い。
旅行で溜まった洗濯物を片づけ、ジムに行く。5日間で鈍った体を引き締める。そして、とにかく冷たい水の中へ。
帰ってきて1時間もしないうちにあまり気分の宜しくない汗が再び流れ始める。プールの気持ち良さはあっという間にどこかへ消えた。
食材が何も残っていなかったのでスーパーへ。一日で夏バテに陥ったらしく、食べ物を買う気がしない。またオレンジジュースを大量に買い込む。というか、食欲不振は恐らくドイツでウィンナーを食べ過ぎたせいだろう。朝から5本のウィンナー。昼もウィンナー。夜もウィンナー。そして、ビールビールビール。胃腸が弱っても仕方ない。