婚約式、Yukiさんは僕に写真を任せてくれた。
良い式だった。写真を撮りながら、涙が出そうになる。牧師さんが良いこと言った。

夜、Ikukoさんがお礼にと、僕に一枚の栞をくれた。ロシア語で、ルカによる福音書1章37節、「神に出来ないことはない」と書いてある。素敵な栞だ。
そして、求道中である僕のために、Yukiさん、Ikukoさん、もう一人、モスクアから来ていたMasakoさんの3人が祈ってくれた。僕も初めて祈ってみた。
悪くない。
その後暫く涙が止まらなかった。不思議だ。
良い仲間に出会えた。こういう言い方は間違っているかもしれないが、一方的な牧師の説教よりも、このような仲間との出会いの方が全然でかい。牧師さんの説教も、もちろん良いものは沢山あった。だけど、距離があるんだよね。埋まらない距離みたいなものが。
今日の箴言。30章。
「天に昇り、また降った者は誰か。
その手の内に風を集め、
その衣に水を包む者は誰か。
地の果てを定めた者は誰か。
その名はなんというのか。
その子の名はなんというのか。
あなたは知っているのか」
同室のYukiさんは10年以上イギリスに住んでいて、今は日本の大学で教授をしているアーティストだ。この人と同室になれたことは本当に喜ぶべき事である。明日、Yukiさんと、その彼女であるモスクアのIkukoさんの婚約式がある。
朝、6時前に目が覚めると、カーテン越しに真っ赤な朝日。なんて美しいんだろう。ちょうど陽が昇り姿を現したところだった。撮る。

これは出掛けなくてはならないと思い、すぐにシャワーを浴びて出掛ける。6時半。朝食は8時半。ゆっくり廻れそうだ。
外は寒く、白い息が出るほどだったが、Y Parkのニットは暖かい。
町中写真。当たり前だが時々すれ違う人達がみんなドイツ人で感動してしまった。
石畳が眩しい。人が少ない。最高。
2時間ほど歩く。可愛い店が沢山ある。
気になったのは、一つ一つの家のインテリアがすごく凝っているということだ。そして、それを見せるためかなんなのか、カーテンを閉める家が少ない。中が丸見えである。平和な田舎町だから出来る自己主張かもしれない。まあ、これはオッケーだと思う。
町も綺麗。ゴミがない。煙草を吸っている人が少ない。先程見つけた煙草の自販で値段を見てみると、イタリアの1,5倍の値段だ。そりゃ吸う人少ないわな。
今日の午前中、みんなで来ようねと言っていた青空市場に着いてしまった。あんまりよく見ないように通り過ぎる。思っていたよりも小さなメルカートだ。花屋のおばちゃんに場所の確認。英語が全く通じない。かといって、ドイツ語は全くわからない。ジェスチャー。親切に教えてくれる。挨拶だけドイツ語。グーテンモルゲンの、グーテンって付けなくても良いのかしら。みんな使っていない。聞こえないだけなのか?
余った時間、目についたBarに入ってカッフェ。ドイツでカフェを頼むとアメリカンコーヒー。お姉さんが良い人。
朝から酔っぱらいがビールを飲んでいる。さすがドイツ。隣で彼らの話に耳を傾けてみるがもちろん何も理解できない。わかったのは、ろれつが回っていないということだけだ。日記を書く。先程撮った写真を整理する。

ドイツ空港に到着。雲はあるが晴れ。ドイツ人は背が高いが、なんだかドイツの空も高くて遠い。バスでハンブルグへ。
通過する全ての川がドナウ川に見えてしまう。山がない。
暗くて湿った森の土の上にまっすぐに落ちる幾本かの陽の帯。
ハンブルグ駅。
チケットを券売機で買おうと思っていたら色々な人が近づいてきた。なんでこんなに必死になって助けようとするのか、かなり怪しい。観光客狙いの窃盗団かと思う。
しかし理由はすぐにわかった。5人分のチケットを買うと安くなるサービスがあるようで、僕らと一緒に買って安くチケットを手に入れたかったらしい。普通に買えば36ユーロなのが、5人分で買うと21ユーロになる。
最終的にはドイツ人のお兄さんがそのチケットを15ユーロで売ってくれた。更にお得。
駅格好いい。綺麗。人いっぱい。ケバブがイタリアよりも50セント安い。ファーストフードが充実している分、安い。
夕食。ホテルで勧めてくれたビール屋にみんなで行く。ビール旨いなぁ。ドルチェに、リンゴのケーキ。かなり重いがかなり旨い。
家にいるとまた寝てしまいそうな気がしたので、早めに家を出て、約束の30分前に中央駅に到着。もちろんまだ誰も来ていない。駅前広場の花壇に腰を下ろして待つ。
家を出た時は結構涼しかったのだが、既に暑い。太陽が出てきた。ノースリーブ越しに背中がジリジリと焼ける。
東洋人カップルが30mほど先で写真を撮りあっている。ヴィトンのスーツケースから5m以上も離れて余所見をしている。危ないと思う。
久し振りに聴いたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが寝不足の耳に心地良い。
Yから電話が来た。寝ていると心配してかけてきてくれた。
以前Nさんから頂いた「幸いな人」という冊子の中に、「みんなに紹介。幸いな人み〜つけた」というページがあり、そこに幸いな人として選ばれた数人の意見が載っている。その中の一人はこう言っている。
「・・・。大きな問題があっても立ち向かえる勇気と力を頂いています。
先日も親からの迫害があり、感情に流されそうになったのですが、
その日に”主に従う”ということを語られました。
今は献身者の道を歩んでいます」
僕にはどうしてもこの人が「幸いな人」であるとは思えない。この人は聖書の言っていることを勘違いしてとっている。聖書を全て理解するのは一生かかっても無理だと思うが、誤った取り方をするくらいなら理解しない方がマシである。そして、誤った理解をしている人が近くにいたら、周りのクリスチャンの人達は、何かアドバイスをしてあげるべきである。
聖書に書いてあることをどう取るかは人それぞれだし、それを間違いとは言えないという意見もあるかもしれないが、親のすることを迫害と言い(たとえそれが暴力であったとしても)、でも最終的には神について行くことを選ぶことが出来た、というような「親よりも神」的考え(人によっては「親は二の次」的考え)には正直怒りを感じる。そして、この時点でこの人は大きな問題に勇気を持って立ち向かってはいないではないか。
クリスチャンになることで、親とほとんど絶縁に陥る人間って少なくないんじゃないか?それは別にどっちが悪いというわけではもちろんないが、親の方は息子や娘が信じるものを、同じように信じるとまではいかないまでも、理解するように努力すべきだとは思うし(それが子供を信じるって事だと思うし)、子供は子供で親に理解してもらえないとしても、そこで諦めずに理解してもらえるように努力すべきである。それをやっていない人間は聖書読み直せ、と敢えて偉そうに言ってみる。「これだけ気持ちを伝えてもわかってくれないんだったらもう親にわかってもらわなくてもいい、私には神様がいてくださる」なんて思ってしまっている人は(僕はこういう人いると思っています)、神を愛していますなんて言うな。
ここに書いてあることだけを読み、僕はこのような考えを持った。実際この人に直接話を聞けば僕もこのような取り方はしないかもしれない。しかし、この本にはこれしか書いていない。これだけでは僕がこのように考えても仕方がない。もしかしたら僕は大切なこと見逃しているかもな、と思わないでもないが、そう思ってもこの冊子からは何も返事が返ってこない。そういう意味で聖書はすごいと思う。返事を求めるとクリスチャンでもない僕に対しても返ってくることがある。
この「幸いな人」という冊子、このような不完全な文章を載せてしまうのはどうかと思うが。神を信じている人にはスッと入ってくるかもしれないが、僕のように神を信じることが出来ていない人間に対しては変な誤解を招くこともあり得る。まあ、この文章を読んで、神と親を天秤にかけてしまっている時点で、僕は大きな誤解をしている可能性大である。
でも、こういう事考えると、僕は恵まれていると思う。僕の周りのクリスチャンは素敵です。
やはり夜中に何度も目が覚めた。常に夢も見ているようだ。計10時間以上は寝たはずなのだが、よく寝たという実感が湧かない。ただ頭がボーッとしているだけだ。このようなことは続いていても大丈夫なのだろうか。日増しにやつれていくなんて冗談じゃない。明日から5日間、ドイツのそれなりに高級らしいホテルの堅いベッドで眠れるのが幸いである。それでも眠れなかったら原因は他にあるのだろう。夏かなぁ。でも、僕は毎夏こんな風になっていたのか?なっていないような気がする。ってか、例年だったら今頃日本だしな。
今日は何をしよう。やることがない。明日の準備なんて1時間もかからずに終わるだろう。
妹からmailが届いていて驚く。本当に驚いたのだ。僕の家は兄弟間の仲が良いわけではない。悪いというわけでもないのだが、昔色々あって、今もそれを引きずっている感がある。実家に帰っても禄に会話はしない。最近3人とも大人になってきたので、まあ昔よりは幾分関係が改善されてきているとは思う。それでも、やはりお互いの間にまだ厚い壁が存在していることは確かである。ましてや、兄弟にmailを書いてくる事なんてあり得ないと思っていた。次女からであればあってもおかしくないとは思っていたが(比較的キャラが僕と近いため)、今回mailを送ってきたのは長女であった。
長女は今年の9月に短期交換留学でイギリスに行くらしい。それを聞いた時もかなり驚いたが、最近彼女の中で何かが変わってきているらしい。ということは、変わっていないのは僕だけということか。
妹なんぞ僕に比べたらまだまだガキだと思っていたけれど、案外ガキなのは僕の方かもしれない(別に「案外」でもなんでもないかもしれないし)。なんだかんだ言って長女だってもう二十歳になるのだ。
仕事を始めた事へのお祝いmailに対する返事を書こうとするが、一体何を書けばいいのだろう。「ありがとう」なんて書くのか?大体、僕は妹が大学へ受かった時もお祝いの言葉を贈っていないんだぞ?僕はなんだかとても下らないプライドを誇示しているような気がしないでもない。というか、普通に恥ずかしい。
夕方、CDを渡すためにY labに行く。最近、Yの顔が変わったような気がするのはなんでだろう。顔が変わったのではなく、表情が変わったのかもしれない(顔は変わんねぇわな)。疲れは溜まっているはずである。それでも何となく生き生きとして見える理由は、Zorroかしら?前は別に生き生きとしてなかったわけではないが、笑顔にも愁いを帯びていたようなところがあった。今はそれを感じない(あたし、失礼なこと言ってるかしら)。
Yの仕事を邪魔しないように気を付け(充分邪魔になったが)、終わるのを待ち、その後MさんしかいないMari家に行く。3人で夕食を食べ、明日からのことなどを話す。
今日は早く帰って寝ようと思い、先に僕だけ帰ってくる。明日の準備をする気がもうない。明日の朝やろう。
12時45分起床。まただ。おそらくベッドに入ってから3時間も経っていない。その3時間という短い間でさえ、何度も目を覚まさなくてはならなかった。一体何故だ。何が僕の睡眠の邪魔をする。明日からの旅行のことで興奮気味なのか?それで眠れないのであれば仕方ないが、果たしてそうなのか。そうではないだろう。
今日は2度寝出来た。どのくらいの時間寝たのかは定かではないが、朝にきちんと起きることが出来たのは大きい。
ジムに行く。明後日から5日間ドイツだ。ジムに行けなくなる。

いつものようにまず泳ぐ。今日同じコースで泳いでいた男は全く水泳の経験がないのか、10mも泳げていない。ホームもバラバラ。まあ、それは別に仕方ないのだが、何故かやたらに態度が大きく、不愉快な男だった。同じコースで他の人間が泳いでいても気にしない。とにかく自己チューな行動を続けている。避けない。平気で真ん中で止まる。休んでいる時も泳いでいる人間の邪魔になるところで平気で休む。こっちに避けろと云わんばかりに。わけのわからない動きをする(別にこれは攻めるべきところではないのだが、なんだか全ての行動がむかついてしまう、おそらく奴の発する空気を僕は受け付けないのだろう。)。半ケツで泳いでいるところも我慢ならない。
はじめはまあ初心者だし仕方ないよな、と思って我慢していたが、それにしてもあまりにも配慮というものに欠けているので途中でキレた。僕が避けきれずに奴の足にぶつかった瞬間(奴が真ん中泳いでるから)泳ぐのを止めて立ち止まり、奴が僕に気付いてから『あのさ、泳ぎ慣れてないのはわかるんだけど、もう少しこっちに気を遣ってくれないかな。泳いでるのは君だけじゃないわけよ。もう少し端泳ぐとかさ、それくらいは出来るでしょ?』と言った。ちょっと子供じみているかなとも思ったが、言わなきゃわからない奴には言う。
「あぁ、ワリィ、でも邪魔だったら隣のコースもあるからそっちで泳ぎなよ」。隣のコースでは既に4人の人が泳いでいる。こっちは僕と奴の二人。何故このように偏るかはやはり此奴のせいだろう。
『なんでこっちはお前一人で隣は4人も泳いでるのに俺が隣に行かなきゃいけないんだよ。なんでこうなってるのかわかってんのか?ちょっとは考えろ』。この東洋人は一体何言ってんだろうという顔をしていたが、とりあえずその場はそこでまた泳ぐのを再開した。1往復して戻ってくると、奴はプールから上がって何事もなかったようにシャワーを浴びていた。隣で泳いでいた女性がこっちのコースに移ってくる。これでとにかく伸び伸びと泳ぐことが出来た。
プールから上がって筋トレ。今のうちにトレ溜め。重量をいつもより重めに設定し、いつもの倍の筋トレをこなす。今日も向こうの方から男の喘ぎ声が聞こえてくる。今度からウォークマン持ってこようかな。
今日、教会に着き、YとMに言われて気付いたのだが、僕はなんかおかしいらしい。言われてみれば、今日は瞼が重く、頭も何となくボーッとしているような気がする。寝不足でも、疲れているわけでもないのだが(実感としてはないが)、おかしいらしい。疲れてるのか?もう寝てしまおう。でも今寝たら絶対に1時くらいに起きちゃうんだよなぁ・・・。
昨夜中途半端な時間に起きてから(起こされてから)、夕食を食べていないことに気付き、特にお腹が空いて仕方ないというわけではなかったのだが、何か食べようと決めた。
パスタはない。米を炊いてもレトルトカレーしかない。カレーはいい加減食べ飽きた感がある。蕎麦・・・。蕎麦は勿体ない。素麺・・・。素麺なら食べても良いかも。
そう思い、素麺を茹でるためのお湯を沸かし始めた。始め、一束100gだけにしておこうかと思っていたのだが、結局一袋300g入れてしまう。付け汁を作り、そこにネギとショウガを入れる。素麺300gというのはパスタ300gよりきつかった。しかしモノがものなので、凭れはない。
目が覚めてしまったので、flash参考書を改めて見てみる。それまでは、スライドショーの作り方の書いてある場所しか探していなかったので、今回はサイトを作るというのを頭に置いて読んでみる。ボタンの作り方、アニメーションの流し方、等々。自分の頭の中で、どのようなサイトにするのが見やすくシンプルでY Parkっぽいか考え、それを紙に書いてみる。紙に書く分には悪くない。本腰を入れればいけないことはないかもしれない。全く何もわからないところから本腰を入れるって結構大変なんだが。
結局ずっと眠れずにいて、7時半にYがピックアップしに来てくれた。寝惚け眼で車に乗り込む。今日はちょっと雲行きが怪しい。高速に乗る前に適当なbarで朝食をとる。やっぱりクロワッサン旨いなぁ。
高速に乗ってすぐに、小雨が降ってくる。空一面に鱗雲。間違いない、結構降る。待ちわびた雨。しかし、少しの雨ではかえって逆効果になる。大量に降ってくれればドイツに出発するまでは比較的涼しい数日を送ることが出来るのではないだろうか。
1時間ほどでCaprianoというこれまたミラノ郊外の小さな町にあるfollatura職人の工場に着いた。工場と言っても、そこで働いているのは二人だけ。そのうちの一人はまだ19歳の青年だ(Yと二人で中学生くらいかねぇって話してたんだけど、思いっきり外れた)。
Follaturaというのは普通に生活しているだけでは絶対に聞けない言葉で、日本語だと「縮絨」、日本語で聞いても意味不明な言葉である。まあ、簡単に言うとクリーニング屋さんというのかもしれないが、おそらく彼らにそう言ったら思いっきり否定されるだろう。クリーニング屋と言っても、本当にマニアックな世界のクリーニング屋なのだ。
Yが彼らに頼むのは、カシミアの縮絨。僕は全く知らなかったのだが、カシミヤというのは始めっからあんな高そうなマフラーのように柔らかくフワフワしていない。それどころか、結構堅い。素肌に着るのはちょっと無理なくらい堅いのだ。それは、羊の毛の汚れや油脂の付着のためと、糸として加工する時にロウを塗るためである。
Follaturaは、この汚れを洗い落とし、脱水し、乾燥させ、僕たちが目にするようなカシミヤの本来の柔らかさに持っていく場所なのだ。行程的には普通のクリーニング屋さんと変わらないのだが、おそらくど素人の僕にはわからないこだわりがあるのだろう。乾燥させたカシミヤは、ものすごく柔らかくなっている。
この工場にいる間に、雨はどんどん激しくなっていき、やがて雷雨になった。雷雨なんて本当に久し振りだ。気温もぐっと下がってきた。ノースリーブではちょっと肌寒い。
2時間ほど工場で過ごし、再びミラノに戻る。ミラノもやはり大雨だ。車に乗っている間に眠気が限界に達してしまい、Yにまた気を遣わせてしまった。このままlabに戻ってもおそらく何も出来ないので、一度家に帰って軽く寝ることにする。貴重な時間を割かせ、家まで車で送ってもらった。本当に申し訳ないです。
Yと一度別れ、家に着いてすぐにベッドに倒れ込み、5分で夢の中へ。2時間ほど寝る。何かとても心地良い夢を見ていた気がするが、起きてすぐにKenさんから電話が入り、話している間に全部忘れてしまった。
Kenさんと3時半にPortagenova駅前で待ち合わせをしてY labへ向かう。雨は以前降り続いていた。Kenさんは来月頭に日本に引き揚げる。その前にY labを是非見学したいということで、誘っていたのだ。
Labに着いてすぐに自分のi-bookを起動させ、早速写真の整理を始める。Kenさんはその間、Y Parkのニットサンプルを見せてもらっていた。僕が思っていたとおり、KenさんはとてもYニットが似合う。彼自身も何着か気に入ったものがあるようだ。Yに工場の機械やニットの作り方などを丁寧に教えてもらい、感動していた。
7時前に3人でlabを出て、Piazzale SusaのMの家に行く。夜はKenさんのお別れパーティだ。Mの彼のAleも一緒にみんなで夕食。久し振りの中華だったが、旨い。
帰りもYに送ってもらってしまった。彼女は元気に振る舞っていたが疲れているのはすぐにわかる。また世話になってしまった。Kenさんと東京で会うことを約束し、別れる。また仲の良かった友人が一人いなくなる。寂しいが、まあ別にもう2度と会えないわけではない。
家に戻ってきたのは10時くらいで、すぐにベッドに入り寝る。そしてまた1時くらいに起きてしまい、今これを書いている。明日の朝はジムに行くことにしているので、今日はこれ書き終わったら強引に寝るぞ。最近、寝るということにも体力を使わなくてはならない日が続いている。まるで老人だ。原因はなんだ?安いマットレスか?
今日の箴言。24章。
22章の途中から24章終わりまで、ソロモンの格言ではなく、「賢人の言葉」が書いてある。一節一節が全て繋がっていて、今日はこの言葉、という風に選ぶことが出来ない。一節だけ抽出して書き出しても、意味がわからないのだ。前後も読まなくてはならない。しかし、一節抜き出す。
「罪あるものを懲らしめる人は喜ばれる。
恵みと祝福がその上にある」
この賢人とやらだが、僕はあまり好きではない。ソロモンの方が大人である(大人って)。この賢人達は(複数らしい)争いごとを好んでいるように見える。そして、自分達と対立する者、無知とされている者を一刀両断しているが、その裏に潜んでいるものを見ようとしていない。自分達の側にいる者にはそれなりの理解を示すが、そうでない者にはちょっと短絡的ではないかと捉えることも出来る発言を繰り返している。このようなスタンスは明快ではあるが、致命傷にもなりかねない。
午前中に起きてmailをチェックすると、Yからのmailが届いており、今日は午後撮影したいということが書いてあったので、それまで起きていようとする。
が、結局いつの間にか寝てしまっていたらしく、Yからの電話で目が覚めた。寝ぼけながら電話を探すが見つからず、そのまま切れた。時間は12時ちょっと前。すぐにシャワーを浴びて出掛ける。
今日もものすごく暑かった。ラジオでは40度と言っていたらしいが、それはおそらく体感温度だろう。去年に比べれば屁のようなものである。それでもやはり体力が奪われる。汗をかきながら写真を撮っていた。
サイトを新しくしたいとYに提案され、僕がflashを使って作ってみようかと思ったが、それは難しいかもしれない。写真の撮影とセレクトに力を傾けた方が良いような気がする。
ジャーダの作業を撮影したのだが、撮る前、ジャーダは自分の手はbambina(赤ちゃん)のような手だから撮られたくないと言っていた。そこをお願いして無理に撮らせてもらったのだが、別に赤ちゃんみたいな手をしているとは思わなかった。しかし、ものすごく白い。下手したら白人の手よりも白いかもしれない。というか、白人の手とはタイプの違った白さだ。綺麗である。しかし、あまりにも白くて、機械の色には合わないかもしれない。写真を撮ると、どうしてもジャーダの手が浮いてしまうのだ。オレンジ色の光を当てて誤魔化しても良いかもしれない。
明日は朝が早い。7時半にYのピックアップ。郊外の職人さんのところに行くのだが、土曜日ということで渋滞するかもしれず、それを懸念しての早朝出発だ。今は夜中の12時を過ぎたばかり。9時過ぎにベッドに入り、一度寝た。そして、今起きたのだ。いや、正確に言うと起こされた。こういう時に限って遅くに電話をしてきたのは予想したとおりあの男だ。いっつもこうだ。奴は本当に示し合わせたみたいにタイミングが悪い。そして、こういう時の奴の用事は、ものすごく下らない用なのだ。「あ、寝てた?起こしちゃった?じゃあいいや、おやすみ」なんて言って勝手に電話切りやがった時は本気で縁を切ろうと思ったこともある。
PCを繋げると案の定この男がメッセにいて、なんの用か訊ねると、僕が1年前に買ったYohjiのジーンズのサイズが知りたいという。・・・やっぱり話しかけなきゃ良かった。
先日ノートン先生にpcを診断してもらってから、HDの回転する音が大きくなった。動きが悪いということは別段ないのだが、イヤな予感がする。溜まった写真とか洒落にならない量になってるからなぁ。そろそろ外付けに移してCDにも焼いておいた方が良いかもなぁ。
今月は何故か執筆(執筆っていうより、タイピング)の量が半端じゃない。今までで一番多いかも。長文書くのは構わないが、もっと読みやすいようにした方が良いわよね。ちゃんと改行とか意識しないとね。
最近また読者がちょっと増えてくれたので、これを期に見やすいblogにしてみよう(多分明日になったら忘れてるけどね)。
とりあえず、色だ、色。今からやろうかな・・・。今から始めたら間違いなく徹夜コースだよな・・・。ダメだ、寝よう。
中華街を歩いていると、カードゲームのMAGICをやっている中国人らしき(中華街だから)少年達に遭遇。思わず「お前らもMAGICやるのかー」と日本語で言ったところ(まあ独り言って事です)、間髪入れずに「やりまーす」と一人の少年に返された。かなり驚いて、僕は一言も返せなかった。敗北。
というか、まさか中華街で日本人の子供がMAGICをやっているなんて、考えもしない。一体なんなんだ?日本人のお母さんの日本食材の買い物についてきた息子か?しかし、あのMAGICをやっていた4人ほどの子供はみんな日本人なのか?4つ子か(そりゃない)?
それに、あの返答の早さ。ただ者ではない。普通イタリアで急に日本語で話しかけられたら、「ん?なんで日本語?誰?」とか考えてから返答するのでワンテンポ遅れてしまうものなのだが、あの瞬発力は並ではない。
僕が何も言わずにそのまま彼らの横を通り過ぎると、後ろから「おまえらー(って言われたよ、ウゼー)」という言葉が何度か聞こえてきた。そりゃいきなり知らないオッサンに(彼らから見たら僕は間違いなくオッサンだろう)お前呼ばわりされたらむかつくだろう。次から中華街で日本語は慎んだ方が良いかもしれない。文句とか言わないで良かった。
イタリア人に突然日本語で話しかけられた時くらい吃驚しました。
おいおいおいおいおいおいおいーーーー、カラーインクとブラックインク買っただけで57ユーロかよー。7000円。あり得ないだろーこれ。写真屋にプリント頼んだ方が安いんじゃないか?んなアホな。
今日の箴言。22章。
「曲がった道には茨と罠。
そこから遠ざかる人は自分の魂を守る」
道には茨や罠があるのは当然。場合によってはそれを避けるべきではない。痛い目にあって成長していくのが人間。むしろ、神はその成長過程を助けることはできないのか?それが息子に対する親の愛でもあると思うが。かわいい子には旅をさせよ。
避けていても何も始まらないこともある。単純に、避けることは賢いとは決して言えない。賢い時もあるだろうが、避けることでその後ずーっとわからないことも沢山あるのだ。避けることで、魂は守られるだろうが、成長もしない。
こんな僕の考えは浅はかか?「聖書にも書いてあるし・・・」と、聖書を盾にとって逃げるようなことをするな。自分の都合に合わせて聖書の言葉を歪めてとるな。
↑常にこのように自分を戒めるように考えてないと、どんどん甘えに走る。いつか疲れそうね。
昨夜、ノートン先生を使って最適化しようとした時点で失敗だった。あまりにも長い間最適化を行っていなかったせいで、僕のi-bookはそれはもう酷いことになっていた。最適化の前の検査で重度の症状発見。おっかねー。最適化自体には3時間ほど要した。
その後、ちょっとだけ試してみるつもりでドイツ冊子の表紙を作り始めたら止まらなくなり、続けて新しい名刺も作ってしまったので結局朝になった。僕が持っているphotoshopは日本語入力するためのシステムが欠けているのが発覚。仕方なくイラレを使う。めんどくせー、これ。徹夜だ。徹夜ってさりげなく久し振りかもしれない。寝なくては。
朝方にベッドに入り、昼過ぎに起きる。ものすごく暑い。もうイタリアは残暑に入っているのだが(残暑という言葉があっているのかどうかはわからないが)、この残暑がものすごく長い。ジトーッとベタベタした気持ち悪い暑さが続くのだ。プールに行こうと決め、準備する。
今日はコンタクトを付けてジムに行った。プールでも見える見える。不思議なのは、コンタクトを付けていてもいなくても、ゴーグルを付けている時の水の中での見え方は全く変わらない。屈折率なんたらっていう問題か。
泳いでいて気付くのは、平泳ぎがまともにできる人は本当に少ないということだ。まあ、平泳ぎができない人はクロールも背泳ぎも何となく下手くそなのだが。みんな足が沈んでしまっている。足の曲げ方も正しくない。だから、進むのが遅い。僕は物心ついた時には既に水泳をやっていたのでわからないが、やはりきちんとスクールに通って練習しないと、正しいフォームというのは身に付かないのかもしれない。
N家にお邪魔して夕食をご馳走になり、その後みんなで聖書を映像化させたというドキュメント(?)を見た。聖書をそのまま読んでいるナレーションのようなものが入っていて、それにあわせてシーンが展開する。今日見たのはマタイによる福音書。全部で4時間ほどあるらしいので、今日はもちろん全ては見なかったが、映像にすると言葉がスッと頭に入ってくる。それを噛み砕くのは多分もう少し先になるだろうが、今までわかりにくかったところも少しは明解に感じることができた。面白い。
アーティストとしてのNさんに表紙のダメだしを食らい、もう一度最初からやり直すことにした。Yからは一言、「堅い、ミラノ教会っぽくない」。これが一番効いたー。
まあ、これからこういうデザインもやっていかなくてはならないようになるかもしれないし、良い機会なので時間を割いてみることにした。
んで、ダメだし食らったものよりは良いものできた気がする。期待しながらプリントアウトしたのだが、あと少しというところでインクが終わりやがった。明日買ってきて改めてプリントしてみよう。
今日の箴言。21章。
「歩む道が曲がったりそれたりしていても
清く正しい行いをする人がある」
そうなんだよ。その通りだと思う。ちゃんと書いてあるんじゃん。さすがソロモン。清く正しい行いかどうかは別として、罪とは呼べない曲がり方もあるんだよ。だからといって僕の曲がり方が罪じゃないとは言えないが。何が正しいかなんて誰にもわからない。神のみぞ知るってやつかね。
昨夜夢を見て3時間ほどで起きてしまった。目が覚めても脳は夢から覚めていなかったようで、ベッドから起きあがって電話を探し、しばらく握りしめていた。3つのボタンを押せば繋がってしまう。それまでに覚醒して良かった。こんな時間に電話するのはいくら何でも非常識極まりない。脳だけが異常に消耗している。悪くないが、良くもなく、焦りを感じてしまう夢。僕は一体どうしたらいいのだろう。数ヶ月間、ある事柄に対して全く同じテンションを保つというのは今の僕には難しい。他にもやらなくてはならないことが多すぎる。考えなくてはならないことが多すぎる。物によってはそれらが密接に繋がっていて、時々どうしようもなくこんがらがる。そして僕の頭の中が混乱する。しかし昨日、自分の気持ちを再確認した。子供みたいな行動に出てしまい、後になって心の中で自分を罵る。また自分勝手な部分が出てきてしまっているような気がする。僕は一体何がしたい。
昨日撮った、Yがニットを着ている写真を改めて見てみた。本人が自分のブランドのプレゼンmovieに出るというのは、彼女自身あまり乗り気ではないらしいが、まあそれは普通そうだろうと思う。しかし、誰がなんと言おうとY Parkのニットが一番似合うのはY Park本人であるのは間違いない。それは買い付けに来るバイヤーさんもさすがわかっている。あたしも似合わなくは決してないんだけど、いや、むしろ似合う方ではあるんだけど、ほら、あたしは撮る方じゃない。だから、どうやっても写れないの。残念!
で、話は戻るが、僕自身は昨日、Yの表情を本当に良く撮れたと思う。彼女自身は一緒に写真を見ていて、なんだかんだ納得いかないようなことも言っていたが、僕的には今まででベストに入るくらいの「人の表情」を"そのまま"撮れたと思っている。それは、Yが自分のニットに感動していてあまりカメラを意識していなかったおかげもある。カメラ向けられていつも通りの”そのまま”の表情ができる人って滅多にいない。だから僕は基本的に「はい、撮りまーす」なんて絶対に言わない。んなこと言ったらせっかくリラックスしていたのが台無しになってしまう(撮る意志を伝えてもリラックスしたままで居させるには、僕が相手に信用されないといけない。いろんな意味で)。で、昨日撮ったYの写真はぶっちゃけピントが全く合っていない。その理由は、Yがカメラを意識しすぎる前に撮りたかったので、ピント合わす時間が勿体なかったのだ。軽く押してから、更に押すのではなく、いきなり押し切る。カメラ的にはピントを合わす暇もなくシャッターを切らなくてはならなくなるわけだ。それらの写真はどこにもピントが合ってないが、Yというヒトにはぴったりピントがあっている。これ、受け売りなんだが、アラーキーが言っていた、「ピントはモノにあわせるんじゃないの。コトにあわせるの」ってのはこういうことなんだって思う。昨日、それをちょっとだけ体感した。
2度寝して昼過ぎに再び起床。Yから預かってきた彼女のi-bookにOSをインストールする。そのほか、ノートン先生とフォトショ、イラレも入れておいた。その時点で結構HDの動きが怪しくなってきたので、それ以上は何も入れないことにする。シャワーを浴びてY labにそれを届けに行った。Yは一人でlabにいて、追加注文の入ったSionのタグ付けをしていた。地味だが大切な仕事。完成したグレーのSionの写真をいくつか撮ってもらえるかと言われ、構図を変えて撮影する。今日はそれで帰ってきた。あまりダラダラ長居しても仕事の邪魔になりかねない。
Duomo周辺にまで戻り、ある雑誌を今日も探してみたが見つからず。もうミラノの大きな書店は全てまわった。諦めた方が良いかもしれない。残念だが。そのうちDiegoのサイトで見れるようになるだろう。
夜はN家でドイツの集いの計画立て。僕は5日間を通しての撮影を任される。というか、立候補した。あとは電車や飛行機の時間をみんなで確認しあう。
小さなしおりを作ろうということになり、僕が写真入りで表紙の作成をやることになった。写真は大丈夫なんだけど、フォントとか選ぶのが実は苦手であり、ちょっとドキドキ。明日は一日これに時間を費やすことにしよう。
Nさんから聖書解説の冊子をいただく。これは助かる。じっくり読んでみよう。
今日の気温は最低11度、最高19度。寒いです。
塩が有名だった。今は観光で成り立っているらしい。
古い建物が比較的残っている。写真ちょっと見ましたが、町綺麗ですね。
なんか格好いい教会があった。
鳴門市と姉妹都市。塩の関係らしい。
イタメシ屋が多いらしい。ドイツ行ってイタメシ食ってもねぇ。。。
と、これ以上調べる気はありませんが、一応寒いってことが判っただけでも収穫ってことで。
今日こそは絶対にジムに行かなくてはならないと思い、朝7時に起きて8時前にはジムに行った。こんなことは初めてかもしれない。久し振りに泳いだからか、なんだかものすごいスピードが出る。特に背泳ぎ。20秒を切ったかもしれない。いやぁ、何度泳いでも水泳ってのは気持ちが良いね。体に溜まった鬱憤が一気に放出される(そんなに鬱憤溜まってないけど)。
帰ってきてすぐに出掛ける準備をし、Y Labへ(もうこれは第二の家だね)。昼前にlabを出発し、ミラノ郊外にあるVermezzoという小さな町に行く。今、Y Parkのcashmereラインのプレゼンmovieを作っていて、このvermezzoに一人ニット職人さんが住んでいる。今朝はその職人さんのところに、movie用の写真を撮りに行くことになっていたのだ。このVermezzo、自分がイタリアにいるのが信じられなくなるくらい、一軒家ばかりが目立つ。アパートが極端に少ないのだ。それも、一つ一つの土地がものすごく大きい。みんな巨大な庭を持っていて、巨大な家を持っている。お金持ちの多い町なのかもしれない。ニット職人のMarialuisaの豪邸は今売りに出しているらしく、約1億円。息子が一人の3人家族らしく、3人で住むにはあまりにも家が大きいので売りに出そうとしているらしい。1億円でも手が届かないが、数年後にこのvermezzoに地下鉄か何かの駅ができるらしく、ミラノからそれ一本で来られるようになってしまう。そうなったらもっと値段は上がるらしい。買うなら今。でも買えない。
確かに彼女の家はものすごい大きい。庭もものすごく大きい。元々画廊をやっていたらしいが、ニット職人としてもバリバリ働いている(Yからの受け売り)。画廊というだけあって、家の中にはこれでもかというくらいの絵画が飾ってある。油絵が多いのだが、みんな結構良いものなのだろうか。
一階の一室がニット職人としての工房になっている。いろんな種類の機械がある。昔彼女は1から100まで全て自分でやっていたらしい。だから、Yが知り合ったばかりの頃は中途半端な仕事(アイロンだけとか、繋げるだけとか)をまともに引き受けてもらえず、相当苦労したらしい。でも今は二人の仲がものすごく良いのが感じられる。職人はプライドが高い。
今日Marialuisaにやってもらう行程の名前は忘れてしまったのだが、編んだ生地を繋げる作業である(なんだそりゃ)。どう説明したらいいのだろう。パーツ別になっている生地を繋げて、一つの服にするのだ(これでわかるか?)。
今まで見たことのない機械を使う。面白い機械だ。何故か魅力を感じる。どのような機械なのか説明したいのだが、今はあまりにも眠いので、割愛。
今日は相当撮ったー。300枚近く撮ったな。止まらなかった。Marialuisaも何故か撮られ慣れているような感じがした。気のせいか?計1時間くらいいただろうか、ちょっとワイルドな良い人だった。一枚のカシミヤニットが出来上がったのを目の前で見ていたYはものすごく感動していた。可愛くて仕方がないようだ。見ていてそれが痛いほど伝わってくる。息子を見る母。僕的には息子よりもこの時の母の方が可愛くて仕方なかったんですが(笑。
お礼を言ってY車に乗って帰ってくる。今日は暑い。本当に暑い。来たよー、長い長い残暑が。Labに戻り、ちょっと雑用を済ませてからmovie編集。これが予想以上に時間がかかってしまい、Yに悪いことをしてしまった。もっと早く終わると思ったんだけどなぁ。それでも彼女は終わるまで一緒に付き合ってくれた。最終的には良いものができたんじゃないかと思う。テクニック的にはもっと見やすく、判りやすく作れたかもしれないが、気持ち的はできるかぎり込めたつもりだ。それが見る人間に伝わってくれたら嬉しい。
あー、今日は色々と書くべきことが多すぎて、逆に書けない。頭も既に働いていない。今日はもうダメだな。
今日の箴言。19章。
「望みのあるうちに息子を諭せ。
死なせることを目指してはならない」
僕の父は父なりに僕を諭そうとしただろう。間違ったことも言えば、正しいことも言ったに違いない。僕はそれを聞かなかった。高校を卒業するまでは全くと言っていいほど聞かなかったと思う。今は聞いているつもりだが、本当にそれを頭に入れているかどうかはわからない。昔に比べたら全然素直に聞けるようになったけどね。
ちなみに、どうやら聖書の言っている「死」というのは、多くの場合、肉体的な死ではなく、魂の死のことを言っているようだ。諭さなかったといってもそれが原因で肉体的に死ぬってことはないしね。間接的には関係があるかもしれないが。
昨夜、ビビンバをあまりにも急いで食べたせいで、ものすごく久し振りにお腹にガスが溜まってしまった。それがずっと苦しかったが、家に帰ってきて一人になった途端、ものすごく長いおならが出てホッとした。しかしそれでもまだ結構溜まっているようだった。
今朝(朝じゃないんだけど)起きると、お腹はすっかり引っ込んでいた。寝ながら相当のおならをしたのだろう。汚い話かもしれないが、一時期本当にガスが溜まりやすくなってしまい苦しんだことがある。そうならなければ良いのだが。
今日は教会でNさんの説教を聞いた。抜粋箇所は箴言3章5節から6節。最近箴言を読んでいるといっても、まだ3章は読んでいなかった。
「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず
常に主を覚えてあなたの道を歩け。
そうすれば
主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる」
主を信頼するところまで僕は到達していないということは昨日も書いたとおりだが(というか、多分今の僕の考え方ではいつまで経っても信頼できないだろうという気がする。根本的なところがわかっていないのだ)、「自分の分別に頼らず」という箇所もなかなか難しい。やはり自分の意見が一番先に来てしまうだろう。まあ、「頼らず」って書いてあるってこは、100%自分だけの意見で動くのではなく、周りの意見も参考にしてみたらどうかしら、というくらいのニュアンスか。それならわからないこともない。
周りの人間の意見は参考にできるが(できないこともあるかもしれない)、主の意見は僕には聞こえてこないので参考にできない。まずは主の言葉に耳を傾けるところから始まるのかもしれない。多分、聞こえてないんじゃないんだろうな。聞き逃しているんだろう。同じことか・・・。
というか、最近思うのが、神はいるかいないのか、そういう疑問自体がずれているんだろうなという気がする。いる、いない、存在する、存在しないっていう対象じゃないんだろう。だから、僕の個人的な意見としては、各々で言う神というのはみんな別物である。一人一人に、一つ一つの神がいる。といっても、何億人も神がいるわけではなく、元は一つなのかもしれないが、その人の中で形が変わるモノである気がする。形だけでなく、もしかしたら発する言葉も微妙に違っているかもしれない。だから、人によって御言葉の聞こえ方も多少違うかもしれない。
道筋って、そもそも曲がっているものじゃないのかなぁ。まっすぐな道って滅多にない。必ずどこかで曲がっているのだ。
今日は韓国人の牧師さんも説教をした。箇所は、ヤコブの手紙4章6節から8節まで。
この箇所はぶっちゃけ全くわからん。多分この辺は洗礼を受けないとわからない部分なのかもしれない。その点、Nさんの説教した箇所はリアリティがあり、馴染みやすい。
ある種の優しさは人をどうしようもなくダメにします。その人のことを本当に考えた優しさ。自己満足の優しさ。
同じ優しさでもこの2つ、相手に与える影響の種類が大きく異なる。
甘えることに慣れてしまった人間は、見ていてもただ呆れるばかりだ。
23歳でも許されない甘えを、40歳になっても行っている人間がいる。
そういう人間は、正直一度死んだ方が良いだろう。いや、死んでも治らないかもしれない。
ここまで言い切るのは自分にとってのプレッシャー。
規則正しい生活を守っていかないと、ジムに行く時間がとれない。
午前中、aさんの家に、給料をもらいに行った。aさんは下まで降りてきて、一緒にbarで話した。ものすごく忙しいようだ。明日から一週間休みを取り、8月はずっと働くという。みんなが休んでいる時、仕事をするというのは辛いだろうが、逆に惑わされずに済むかもしれない。今回の仕事の給料をもらった。僕は今回の仕事の後半(写真加工)で油断をしたということもあり、一部を返そうとした。そこでaさんはこう言った。「お金を返すんだったら、次その油断を繰り返さないようにしなさい」。返す言葉がなかった。お金を返すという時点である意味逃げなのだと気づいた。まだまだ甘い。
その後、Nさんの家にFlashの参考書を借りるために行ったのだが、そこまで行く間に色々とやることがあった。まず、友人の分のイッセイの給料を取りに行った。その後、N家での昼食のための食材買い出し。気温が高く、風がない。PCを持ち歩いていたので、それだけで体力消耗する。プラス、軽い寝不足。Nさんの家に到着してから早速aさんに更に頼まれた写真加工を済ませてNさんの家から送信。そして、昼食に取りかかった。
昼食は僕がシエナにいた時に覚えたとっておきのスパゲッティ。サルシッチャ(豚の挽肉を塩漬けにしたものをソーセージのように加工したもの)とトマトとモッツァレラとルッコラのスパゲッティ。これが見た目も綺麗で旨いんです。でも、作りすぎた。昼から200g以上のスパゲッティを食べる。評判は良い。今度Yにも作ろう。
N家で話し込んでしまい、気付いたら3時近かった。Flash参考書をもらい、急いでY Labに向かう(通いすぎ)。Y Labに到着したのが大体4時。2時には来ようかと思っていたのだが、遅れてしまった。昨夜作ったスライドショーを見せてみた。とても喜んでくれた。Yに喜んでもらえるというのは、オーバーではなく至上の喜び。それでも僕的にはまだ改良の余地があるような気がしている。月曜日、最終過程を撮影し、それも挿入してとりあえず完成か。もっと良いものを作ろう。
思っていたよりも寝不足が効いていて、Y labでちょっと寝させてもらう。机に突っ伏して寝るのは高校以来かもしれない。いつの間にかウトウトしていた。携帯のバイブで起こされる。10分くらいは寝れたのか?
7時になったので、勉強会のために再びN家に向かう。今日はAiさんとその彼氏のワン君も一緒に、洗礼前の学び最終日。ワン君とAiさんが、夕食を用意していてくれた。韓国料理。ビビンバとプルコギと冷製ワカメスープ。旨すぎる。韓国料理は食が進む。食べ過ぎた。お腹が痛い。
お腹が痛いまま勉強会に突入。Yにセーブすることを覚えなさいと言われたが、全くその通りだ。いけると思ったんだけどなぁ。そういえば昼に大量のパスタを食べているのだ。
最終勉強会。実はこの勉強会が始まって2日目に、僕は既に最終日の学びを受けている。僕が学びを始めたばかりの頃、友人がちょうど学びの最終日を行っていて、それに参加したのだ。洗礼とは何か、洗礼はいつするものなのか、洗礼に必要なものはなんなのか、など、とにかく洗礼について学んだ。
洗礼の条件。
1,キリストが私たちの罪のために十字架に架かり死んだと、そして、三日目に蘇ったと信じること。
2、自分の罪を悔い改める(元に戻って、また新しく始める)こと。
3、洗礼を受けることを願うこと。
一緒に受けたAiさんはこの3つを受け入れ、満たし、洗礼を受けることに決めた。僕はこの3つのどれにも当て嵌まらないと、正直に言った。
1に関しては、信じる信じない以前に、ピンとこないというのがある。これは僕が学びを始めてからずっとそうだったのだが、やはり今でも自分からは遠いこととしてしか感じられないのだ。実感がない。
その理由は2での答えとも関係しているのだが、僕は自分が罪を犯している(道を誤っている)とは思えないのだ。思えないと言っても、別に自分が正しい道を歩いているとは思わない。しかしそれと同時に、自分が誤った道を歩いているのかどうかも正直わからないのだ。もちろん、過去に悪いことは沢山行っている。人を傷つけたこともあるし(精神的にも肉体的にも)、裏切ったこともあるし、盗みやドラッグなどもやった。親不孝者だと思うし、友達を大切にしないところがあるとも思う。自分の醜いところを挙げだしたらキリがない。しかし、だからといって自分が道を過っているとは考えられない(別に開き直っているわけではなく)。
先に挙げたもののような、目に見える悪事というのはある意味誤りだとは思わない。そして、このようなもののなかで、自分で悪いことをしたなーと思うようなことがあれば、それは2度としないようにする。まあ、それでも繰り返してしまうんだけどね。でも、それで良いと思っている。そういう愚か者が、人間ってものだと思う。人間の道って、抑もそういうもんなんじゃないかって思っている。だから、誤った道とか、正しい道とか、そういう風に分けることができるもんでもない。今僕はそういう考えを持っているわけで、だからキリストが私たちのために十字架にかけられたって言われても、ピンとこないのだ。
3に関して。まあ、3に関してかどうかはわからないのだが、人の前で自分の罪を告白し、悔い改め、洗礼を受け罪を赦されるというのもピンとこない。
僕ってやっぱり深いところまで見れてないんだろうなぁ、きっときちんとした意味を汲み取れてないんだろうなぁって思うが、悪いことしたと思うんだったら、悪いことをした相手の前だけで自分の罪を認めて、許して欲しいんだったらその相手の前で自分の気持ちを正直に話せばいい。それで許されればそれはそれ。許してくれなかったら、自分は相手の気持ちわかってないんだろうと思って、それでも許して欲しいと思うなら、努力すべきなのだ。神の前で罪を認めるよりも、罪を犯した対象の前で認めた方が良いと思うのだが。神様だってそれ見ててくれるんじゃないか。というか、これは誰か対象がいての話で進めているのだが、神の前で罪を認めて洗礼受ける前に、直接相手の前で罪を認める方が先じゃないのかなって思う。
とまあ、今書いていて改めて思ったのだが、やっぱり僕は、先に書いたような表面的なことでしか、誤っているか、いないかって見定めることが出来ません。道を誤っているって、なんだかスケールが広すぎる。僕って視界が狭いのだ。偏屈なのだ。狭量なのだ。みんな、自分のどういうところを見て、道が誤っているって感じるんだろう。道を誤っているっていう感覚がわからないんだよなぁ。
↑なんか、矛盾だらけの文章になってしまったなぁ。自分の気持ちを書こうと思うといつも矛盾だらけになってしまう。これって葛藤ってやつから来てるのかねぇ。自分の言ってることに自信持ててないってのもあるんだろうし、自分で自分わかってないってのもあるんだろうな。世の中で生きてくって難しいわ。
今日の箴言。17章。(この章には結構「そこまで言ってしまって良いのか!?」的な格言が多い)
「無知な者も黙っていれば知恵があると思われ
唇を閉じれば聡明だと思われる」
まあ、無知な者ってそもそも唇を閉じてること自体ができないけどね、僕みたいに。唇閉じてたってせいぜい「クールだね」「なんか怖いね」って言われるだけだ(経験談)。
さらに引き続いてY Labへ。行き過ぎかしら?
3時に着く。陽射しが強いがサングラサーの僕には関係ない。光は問題ない。しかし、目の周りだけ暑い。ちょっと大きめのサングラスを買ったのだ。眉毛が隠れるほど大きい。そして、鼻が外人さんみたいに高くないので、顔にくっつく。そこだけ通気性が悪くなり、汗ばんでくる。
Yに焼いたCDを渡し、YとMちゃん3人で話しながらエチケットを作る。Mちゃんに、「とも君って焼きそばパンの匂いがするよね」と言われた。焼きそばパン?思わず服と口臭と肌の匂いを嗅いだ。しかし自分ではわからない。僕って焼きそばパン臭いのか。ぶっちゃけショックだ。まあ、多分ジーンズの匂いだろう。匂い的には洗いたいが、色落ち的には洗いたくない。
Y Labから出て、Duomoに向かい、家族への買い物。はじめに妹の分と母の分を買おうと思い、Via Torinoからちょっと入ったところにあるルイーザ・ナンチャラという前の彼女が好きだった店に行った。バッグや財布などが売っていて、2〜3週間ほどでコレクションがどんどん変わる。基本的には見た目がちゃちぃ。だけど可愛い。可愛いものもあれば、シックなものもある。店に入ると店員さんが二人いて、なんだか在庫整理みたいなことをやっていた。段ボール箱が5個ほど床に並んでいて、その中の品物は全てセール品であった。予想だにしていなかったので、そこを漁ってみる。暫く着ていなかったので、見たことのないラインが沢山ある。妹二人には財布。母には結構シックなバッグを買った。セール品だったが父に買うつもりの革の財布よりも高い。まあ、仕方ない。
その後、Dantoneに行きaleとちょっと世間話をする。Dantoneも大方のものは売り尽くしたらしい。ビッグサイズしか残ってない。 aleが友達らしい客の男性を僕の所まで連れてきて、「彼の写真撮ってくれ」と言ってきた。でも既にあの仕事は終わっちゃったよと僕が言うと、それでも良いから一枚撮ってくれないかと言ってきた。何故そんなにしつこく頼んでくるのかわからないが、とりあえず撮ろうとすると、その男性が「いやいや、仕事終わったんだったら撮らなくて良いから。っていうか、お願いだから撮らないで」と言ってきたので、撮るのを止めた。「撮ってもらえよー」とaleが言っていたが、その男性はずっとやだと言い続けていた。後で訊いてみると、あれはaleの彼氏だったらしい。あれはaleの彼氏・・・。aleって男役なんだとその時初めて知った。
そして、父に財布を買いに行く。格好いい財布なんです、これが。自分が欲しいのだが、僕にはまだ早い。オッサンが持って格好いい財布。父はこの良さがわかるだろうか。
最後に、前の彼女が金払うから買って送ってくれと頼んでいたDIESELのジーンズを見に行った。DIESELの店員、ガキばっかりだな。可愛いジーンズとベルトをセットで買った。日本でDIESELのジーンズは2万5千円もするというから驚きだ。こっちだったら13000円。
いくつか店を廻ったのだが、自分のものを何も買わなかったのは奇跡に近い。
今日もまたケバブを食ってしまった。暫く止めておこうと思っていたのだが、お腹が空いている時にあの店の前を通り、ジュージュー焼けている肉を見るとつい入ってしまう。あのアピールは効果的だ。やっぱり旨い。
Flashムズカシイー。っつーか、マジでわかんねー。フォトショは本見なくてもまあ何とかなったが、Flashはちょっと無理。どこから手を付けて良いのかがわからない。そして、helpを読んでも何を書いてるのかよくわからない。諦めたくないんだが、とりあえず参考書待ちか・・・。僕の周りにFlasherいたかなぁ・・・。ジュン君に参考書頼んでも良いんだけど、連絡先聞かなかったなぁ。
というわけで、仕方なくI-movieを使っているのだが、とりあえず参考までにと作ってみたものがものすごく重い。そして、予想以上に時間がかかる。待ち時間が長い。圧縮して何とかCD-Rに焼けるようにはなったのだが、果たしてYのマックで動くか!!(だってYっぺ無茶させすぎなんだものー)
僕のi-bookでも相当無茶させたと見えて、急にハードディスクが未だかつてないスピードで回り出した。すごく静かなのが売りだったのに。
午前中、aさんから電話があり、何事かと思ったら、この前撮った写真のダメだしであった。サイトに載せるということを前提で加工しなくてはならなかったのだが、そこの配慮が完全に欠けていた。一枚一枚の写真は不自然にならない程度に明るくしたりしたつもりだったが、全ての写真を並べ、1ページ、もしくは2ページに分けることを考えると、確かに見づらい。写真によって露出が異なっており、朝方、午後、夕方、夜と、撮った時間帯や天気もそれぞれ違っている。それらを全て同じくらいの光量に揃えなくてはならなかったのだ。写真を撮る人間からすれば、出来るだけ事実に近いものにしたいと思ってしまう。だから、僕は基本的にフォトショで写真は加工したくない。露出もできれば弄りたくない。しかし、「写真」としてではなく、どちらかというと参考資料みたいなものを望まれているのだ。その辺を全く考えていなかったのは事実である。そして、撮った写真をaさんに渡してオッケーをもらった時点で僕は完全に油断した。その後の写真加工のことなど、あまり重く考えなかった。それも事実として反省するべき点である。
お昼過ぎ、Y labへ昨日に引き続き。到着してすぐにYが遠くの職人の所に出掛けなくてはならなかったので、僕は昨日撮った写真を整理することにした。隣の職人部屋ではジャーダがニットを織っている。大黒柱のいないlabに一人の職人と職人じゃない男が一人。Yがいなくなるだけでその場の空気が変わってしまう。これはもしかしてカリスマってやつなのか。すげぇ。僕が幼稚園に通っていた時、先生から、「とも君が休みの日は、教室にぽっかりと大きな穴が開いたようでした」なんて言われていたが、それはただ単に騒々しいってだけだろう。カリスマ性は皆無。
カシミヤのニットができる行程を写真にとって、それをお客さんにプレゼンできる形にする。FLASH。未だ殆ど使ったことのないFLASH。この週末で基本的なことは大体マスターしてやる。くらいの気持ちで頑張ります。
夕食、友人達とスリランカ料理。スリランカってどこだっけ?正直何も知らない。タイプ的には香辛料理だった。たくさん頼みすぎてかなり残す。タッパーに詰めて持ち帰ることができたなら。というか、タッパー持参すれば結構持ち帰らせてくれるんじゃないかしら。途中から寝不足のせいで瞼を開けていられず。照明が暗すぎなのだ。スリランカビール、旨かったなぁ。のどごしが優しい。チンタオの次に好きかも。
昨日、歯を磨かずに寝てしまったのは大失敗であった。今朝起きると、なんか臭い。すぐにぴんと来て口に手を当てて息を吐くと、魚醤とニラの混ざった匂いが強烈にする。これはすごい。昨日僕の夕食を食べた方、今日はあんまり人と顔を近づけない方が良いだろう。歯を磨いてもこれが一日で完全に取れるとは思えない。でも旨いんだよなぁ。生春巻き。
って、今更書いてももう遅いんだけどね。やっぱり腸やられちゃったし。
午後、Y labに行く。さり気なく結構久し振りなんじゃないか。じゅんきちが来ていて、手伝っていた。最近のじゅんきちの行動は格好いい。明後日、日本に一時帰国。
写真を撮る。あるニットのイメージ写真。何を強調したいかと聞いたら、「雰囲気」とYが答えた。ムズカシ〜!じゅんきちに着てもらって何十枚か撮る。撮りすぎな感がある。これでは金がいくらあっても足りない。如何に少なく、構図が巧くとれるか。僕はまずはそこからだ。
カシミヤシリーズの作業工程を写真で撮って欲しいと頼まれる。糸から始まり、今日はアイロンまで。なかなか良い写真が撮れたのではないか。触り心地が見ている人間に伝わる写真。

猫を撮る時まで後ろ姿か。まあ、メスだし仕方ないか・・・(何が)。
夜、勉強会。昨日の残りのグリーンカレーに、余った大量のニラを使った即席ニラせんべい。ニラせんべいは、どこでも普通にあると思っていたのだが、実は長野の郷土料理だった。みんな知らない。僕も作ったのは初めてで、ネット検索したレシピを見て材料を大体おぼえ、あとは勘で作ってみた。僕の料理は基本的に目分量。やはりおかんの味には程遠かったが、それでも超久し振りに食べるニラせんべいはやはり旨い。みんなにも評判が良かった。皆さん今晩ちゃんと歯を磨かないと後悔するわよ。
箴言には、貧乏が否定的に、金持ちは肯定的に書かれているところがいくつかある。それを読んで単純に「そうとも言い切れないじゃん。貧乏で素晴らしい人もいるじゃん。金もっててあくどい人も沢山いるじゃん。矛盾してるじゃん」と言うのは浅はかな早とちりだということが、いい加減僕にもわかってきてはいる。しかし、今日読んだルカによる福音書16章19節から31節、「金持ちとラザロ」の部分は説明が欠けている。金持ちは生きている時、慈悲深くなかった。だから死んでからは陰府(よみ)で苦しむこととなった。これははっきりとではないが書いてある。そして、ラザロは貧しかったが慈悲深かったので死んでからはアブラハムの懐(永遠の国。天国のような所)に行くことが出来た、と書いてある。しかし、このラザロに関しての描写には、ラザロが慈悲深かったと書いていない。
ここに書いてあるだけでは、納得できないのは当然であろう。まあ、書いてなくても後の話の筋から大体は読み取れってことかもしれない。とまあ、聖書に関して、細かいところを突っ込もうと思ったらそんな箇所は腐るほどある。一カ所そういう箇所を読んだだけで「あ、ダメだ、キリスト教、矛盾ばっかりだ」と考えて学ぶ意志を放棄してしまう人は多い。宗教に関しては、日本人はそういう人間がかなり多いだろう。まあ、日本の若者の「宗教」に対する見方はかなり偏ったものがある。あれだけカルト宗教が沢山ある国ならば当然のことだ。「キリスト教は他の宗教とは違うよ!」なんて僕は言えるわけがないが、まあ否定する部分は否定したまま、読み進めていくぐらいが良いのではないか。それで学ぶ部分は結構多い。向き不向きもあると思うけどね。
本日のコンタクトレンズ装着時間、右10分、左5分。取り出し時間、右1分。左30秒。・・・成長している。
やはりまだ付け慣れていないためか、10時間ほど経過するとものすごく目が疲れる。まあ、だんだんこの時間は延びていくことだろう。昼間、街を歩いている時に適当に入った眼鏡屋さんでコンタクトレンズを購入。本当は2週間使い捨てが欲しかったのだが、品切れで、仕方なく一ヶ月用6枚入りを買った。40ユーロ。3ヶ月で40ユーロ。高くないとは思ったが、もっと全然安く買えるらしい。まあ、最初は比較的高価なものを使った方が目には良いかもしれない。
今日は風が強く、激しい夕立もあった。街を散歩していると、今まで以上に風が目に当たってちょっと怖い。今までは眼鏡がプロテクター代わりになっていたので平気だったのだが、さすがに13年ぶりに直に風を食らうとヒヤッとする。
そして、太陽がやたらに眩しい。これは、僕の眼鏡のレンズに少し色が入っていて、うすーいサングラスの役目を果たしていたためだ。太陽がこんなに眩しいなんて、慣れないとメクラになってしまう。
先日、Nさんから聖書の面白い箇所を教えてもらった。イスラエル王、ダビデの息子ソロモンの格言集、「箴言」。何故かこれを「戯れ言」と読んでしまった。聖書に戯れ言など載っているはずもないのだが。載っていたら、それはそれで面白いが。
なかなかうなされる格言が満載である。今こんなことを言ったら間違いなく張り倒されるぞ、というようなものも目立つ。時代は変わっているのだ。
今日の格言。13節から。
「自分の口を警戒するものは命を守る。いたずらに唇を開く者は滅びる」
まあ、極端と言えば極端だが、耳が痛い。
実家の次男。john。一人だけ横文字。一番年下のくせしてすでに長女の腕を骨折。次女の肩を脱臼。母は生傷が絶えない。僕も何度となく怪我させられているが、基本的には片腕で充分(何)。今頃訓練所の小さな檻の中で爆睡しているんだろう。見た目ばっかり大人になりやがった。似ている・・・。

最近、朝がものすごく寒い。Tシャツだけだと体が震えてきてしまう。というわけで、パーカーを上に羽織ったのだがまだ寒い。
明日の夕食会は久し振りにタイ風グリーンカレー。夏休み前最後の夕食ということで、そこに生春巻きを付けることも半ば勝手に決定。今日はニラと生春巻きの皮を探してみようと思う。中華街の食材屋で、ニラを見たことがあるのだが、どうやら毎日は置いていない。あそこまで行ってなかったらちょっと面倒なことになるので、他で探してみようかと思っている。となると、あと思い浮かぶのはNaviglio沿いの市のメルカートだ。あそこにもあったような気がするんだけどなぁ。確実ではない。まあ、どっちにしろカレーの具も買わなくてはならないのでどっちも行くか。今洗濯中なので、これが終わったらジムに行き、軽く汗を流してから出掛けることにしよう。それまでには多少暑くなっていてほしいのだが。
中華街で食材を買い終わり(運良くニラが手に入った)、トラムでDuomoに行って知っている眼鏡屋さんに行った。コンタクトを付けてみたいんだけど、というと、僕の眼鏡の度を測り、これお試しであげるから、付けてみなさいと言われた。一日使い捨てが、5枚入った箱をもらった。それだけである。どうやって付けるのかとか、目に何か病気を持っているかとか、そんなこと何も訊かれなかった。コンタクト使用者の友人が、こっちだとすごく簡単だよと言っていたが、こんなに簡単で良いのか?ちょっと心配になる。とにかく家で付けてみよう。
きゃーーーーー。こんなの入らないっつーの!何これ!これ入れるの!?入れちゃうの!?こえーーーーー!!痛そーーー!!だーーーー、いっちゃう?いっちゃっても良い?いっちゃうぞ?きゃーーーーー!!
(?)
友達の見様見真似で付けてみようとするが、これが意外にも結構難しい。どうしてもびびって目を閉じてしまう。指で強引に目を見開いてやってみるが、無理。小学校の頃、悪戯でコンセントの隙間に一円玉を落としたことがあり、その時に「バチッ!!」という音とともにでっかい火花が僕の右目を直撃した。それ以来、目薬をすることも恐ろしくなってしまった。そんな僕がコンタクトレンズを付けるなんてちょっと無茶なのだ。片方だけで30分ほど苦戦してもダメだったため、何かコツはないかと、ネットで検索してみた。やはり親切に装着法が書いてあるサイトがあった。それを読んで再びチャレンジ。何度かまた試しているうちに、レンズがどっかに行ってしまった。探してみるが見つからない。目にも入っていない。一つ紛失。5枚入っているというのは、このためか?とにかく助かった。
新しいレンズを一枚取りだし、再び試してみる。また数回試していて、どこかに行ってしまった。しかし、今度は目に入っていた。痛い!痛いぞ、これは!こんなに痛くて良いのか?一分ほど痛みが続き、外した方が良いのかと考えていると、だんだん痛みがひいてきて、何も感じなくなった。そして、片目だけよく見えるようになった。下瞼に少し違和感を感じる。おそらくレンズの厚みが気になるのだろう。多分これは問題ない。じゃあ次は左目ということで、こちらも少し苦戦したが、無事に装着できた。すごい。眼鏡を付けていないのによく見える。コンタクトを付けた後、つい癖で眼鏡をかけてしまったが、もちろん何も見えなくなった。オーーーー、これがコンタクトレンズかぁ。付けてしまえば大したことないんだな。しかし、やはり眼鏡とちょっと違う。なんかピントの被写界深度が浅い気がする。でもその分、ピントのあった部分はすごく浮き上がって見える。これってちょっと葉っぱがキマっている時の見え方に似ている・・・。まあ、そのうちこれが普通になるのだろう。
鏡で自分の眼鏡無しの顔を初めて見た。初めてと言っても良いだろう。眼鏡を外したら自分の顔なんて全くと言っても良いほど見えなかったのだし、まだ眼鏡をかけてなかった小学生の頃など鏡で自分の顔など見もしなかった(あの頃に比べたら、自分はナルシストになったものだとつくづく感じる)。Mちゃんは眼鏡ない方が格好いいと言ってくれたのだが、眼鏡かけてない僕の顔は何かが足りない。アクセントがないよなぁ。ほっぺたに傷があるわけでもないし、顔面に入れ墨彫ってもいないし・・・。
朝5時くらいに、またカレーを食べる。チキンカレーにして良かった。ポークなどにしていたらさすがにお腹が凭れるだろう。まあ、どっちにしろ早朝にカレーなんて食べたら凭れるのだが。でも食べるものがそれしかない。というか、早く食べないと悪くなってしまう。今日はおそらくお昼もカレー。夜もカレー。3食カレー。下手したら、夜食もカレーであろう。
午前中、予定通りGSに行く。全ての飲み物が30%だと信じて。しかし、実際は半分程度しか30%オフにはなっていなかった。30%オフの札が貼ってある棚は一列だけで、そこにはあまり売り上げの宜しくないであろう飲み物が並んでいた。酒は殆ど30%になっていたが。例えば、要冷蔵のちょっと高価な100%オレンジジュースは安くなっていない。スプライトは30%になっているが、イタリアでの売上率の高さがその比ではないコカ・コーラはなっていない。など、結構微妙な感じであった。普段売れているものは安くしないのだ。結局25ユーロほどの飲み物を買ったのだが、1ユーロちょっとしか安くならなかった。メジャーで高価な飲み物(酒は除く)が好きな僕にとっては、全くと言っていいほど意味がない。オレンジジュースとか、値段的に高い方が単純にビタミン多く含まれてそうじゃない?果実入りだし・・・。ほらぁ、やっぱり糖分とかたくさん入っていると、健康とか気になるじゃない?父の遺伝で糖尿の気があるし、あたし・・・。お金ケチって糖尿病にはなりたくないわよねぇ・・・。
時間の計算を微妙に間違えていたこと、プラス、トラムがわけのわからん所で急に曲がってしまったために15分以上遅刻して教会に到着。しかし、みんな今から教会に入るところだった。どうやら時間通りに扉が開かなかったらしい。
今日の説教は別の牧師さんのお話で、ぶっちゃけ長すぎた。途中で腰と耳が痛くなってきてしまい、ヘッドフォンを取る。
旧約聖書。創世記。21章1節から14節。神がアブラハムを試すというシーン。アブラハムに、息子イサクを焼き尽くす捧げ物として神に捧げさせるという試練。結局イサクは焼き尽くされることがなく、アブラハムの信仰も本物だと神は認めたわけだが、それにしても試すっていうのはどうも気に食わない。試さないと判らないのか?それも、息子を捧げるというのは、ちょっと危険な思想である気がしないでもないが。まあ、自分の最愛の息子を捧げられるほど神を愛しているのかを試してみたいんだろうが、これはちょっとおかしな試練だと思う。というか、漠然とだが、何かが間違っている。
「わたしは自らにかけて誓う、と主は言われる。あなたがこのことを行い、自分のひとり子である息子すら惜しまなかったので、あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように・・・」と御使いが後で言っている。
「息子すら惜しまなかったので、あなたを祝福する」。・・・??はてなマークが点灯する。息子を惜しむのは当然だと思うのだが。いかに神が偉大であったとしても、息子は息子。自分の血の繋がった人間なのだ。僕はまだまだわかっていないのかもしれないが、正直、こんな試練を受けるくらいなら、神の祝福などいらない。まあ、アブラハムはそこまで神というものを信用していたということであるのかもしれない。僕はそこまで神を信用というか、信じていない。普通だったら息子を取る。
今日は昼間、ずっと家にいた。そんな日は本当に久し振りで、運良く工事も今日は煩くなく、ノンビリできた。10時くらいに目が覚め、早速写真の加工、整理。それを今日の夜までにaさんに送らなくてはならない。しかし時間はたっぷりある。そんなに急ぐ必要はない。冷蔵庫の中の野菜や肉が腐る前にカレーを作ってしまおうと、作り出した。いたって普通なカレー。良い匂いが漂う。プールだけは行こうかなと思ったのだが、時間がうまく合わずに諦める。オッケーオッケー。
日本ではスプーンとフォークを使ってパスタを食べていたが、こっちに来たらそんな人間まったくいないので驚いたものだ。しかし、どうやらイタリアにもスプーンとフォークを使ってパスタを食べる人達がいるらしい。南の人達だという。北の人間は、そのことを、フォークもまともに使えない南の人間と言ってバカにする。南をバカにするのが好きな北の人。それをバカにする周りの(ヨーロッパの)人。日本のスプーン&フォーク文化は南から行ったのだろうか。まさか、ジローラモか!?
夜、Nさんと一緒にノスタルジー奇行のための情報収集を行った。交通的な部分は結構集まった。あとは現地で僕たちの想像していない何が起こるか、だ。何も起こらないとは思えない。でもそれが楽しかったりする。
Nさんの車でFirenzeへ。YさんとMちゃんはPitti Filatiという糸の展覧会に仕事で。Nさん、MさんはFirenzeに住んでいるAiさんという求道者の家での勉強会のために。僕は残りの一席を頂いた。

朝4時半起床。すぐにシャワーを浴びる。5時半に準備を終え、自転車でN家へ。相当気持ちの良い朝を想像していたが、何か空気がジメジメしていて肌にまとわりつく感じがあり、自転車のタイヤの空気も抜けていたため一生懸命漕がねばならず、少し疲れた。到着した時点でまだ約束の時間まで10分ほどあったので、近くの開いているbarに入りカプチーノを頼んだ。暖かいブリオッシュと一緒に朝食を済ませようかと思っていたが、まだ焼き上がっておらず。非常に残念。暖かい焼きたてのブリオッシュなんてそう食べる機会はなかったのだが。
車でYとMちゃんを拾い、高速に乗ってFirenzeに向かう。運転はNさん。僕は助手席に座ってナヴィを頼まれたが、ナヴィらしいことは何も出来ず。いかんな、これは。途中で激しい雨に遭遇する。北イタリアは最近天気が不安定だ。
3時間ちょっとでFirenzeに到着する。朝の通勤ラッシュにかぶり、ものすごい量の車の間を走り、駅近くの路上に駐車。駅まで歩き、YMちゃんは展覧会の会場へ向かうため、別れる。僕ら3人は勉強会の約束の4時半まで観光である。Firenzeに来るのは約1年振りか。イヤ、そんなに経っていない。半年以上は経っているな。車で来たからか、いつものFirenzeと何か感じが違う。空がどんよりしているというのもあるかもしれない。
駅前のSanta Maria Novella教会を見学。教会の入場料が2,50ユーロ。それも、正面の扉は閉まっていて、脇から入る。全ての人間に扉は開かれていないようだ。教会に入るだけでお金を取られるというのはよく考えるとおかしな事である。この教会には数回入ったことがあるが、今回はいろんな発見があって面白かった。まず、最近聖書を勉強しているので、教会に飾ってある絵画がどのような場面かがわかって面白い。キリスト誕生、そして復活、習ったばかりのサマリヤの女。宗教改革とは何だったのか。そういう知識があるとないとじゃ、教会って全然違ってくる。
novellaを出て、脇の中庭を見ようとそちらの入り口に行ってみると、なんとそこでも別料金が取られるらしい。なんてばからしいんだろう。おのれは守銭奴か。禁欲に走った教会。街。もちろん入る気が失せた。そのままDuomoに向かおうとするが、どこをどう歩いたのか先にPonte Vecchioに到着してしまった。べつにこの橋には用がない。それにしても、なんという観光客の数だ。頭が痛くなってくる。Milanoの比ではない。こりゃ、教会が金儲けに走るのも頷ける、と言いたいところだが、やはり頷けない。
Duomoに到着。Nさんは3年前にFirenzeに来たらしいが、改めてその壮大さに驚いていた。僕ももう飽きるほど見ているが、やはりこのDuomoは凄い。大きさ的にはMilanoのDuomoとそう変わらないだろうが、インパクトが全然違う。たまに見るからだろうか。ものすごい勢いで迫ってくるものがある。Duomoの中も見学したかったのだが、思いっきり並んでいるのでこれもバカらしくなって止めた。ちょっとウザイ時期に来てしまったかもしれない。
あっという間にお昼になったので、Aiさんが働いているピッツェリアに行った(Aiさんは料理の勉強をしている)。駅近くの、知人が働いていなければ絶対に入らないだろうピッツェリア。「日本語メニューあります」と書いてある時点で除外である。Pizzaは旨かった。生地が旨い。少し塩が効いている。値段はちょっとお高めだが、場所を考えたらそれもそうだろうと思う。僕らが食べている最中にも、何組かの日本人が入ってきた。どうやら地球の○き方に載っているらしい。観光都市。

お昼を済ませ、Aiさんに挨拶して(プチトマトの切り方を教わっていた)、僕がN+Mにお勧めしていたFiesoleに行くことに。駅前からバスに乗る。Firenzeの夏がどんなだったかすっかり忘れていたのだが、めちゃくちゃ暑い。気温はMilanoと変わらないが、湿気が半端ない。今日は風があったのだが、こんな生温い風はいらない。イヤな汗をかく。バスにはクーラーも扇風機も付いていない。それも、結構満員。頭ボーッとしながらバスに揺られること約30分、漸くFiesoleに到着。陽射しが、痛い。バスの停留所から少し坂道を上り、展望の開ける場所へ。やはりFirenzeは美しい。何度見ても美しい。遠くから見た方がイメージも手伝って美しい。丘の上の教会が昼休みで、3時まで開かないということで、1時間ほど教会を少し下ったところにある小さな森で時間を潰すことにした。Nさんは寝不足であり、帰りも車を運転しなくてはならないので、少し眠ることにした。僕とMさんはその辺を彷徨く。久し振りに自然系の写真を撮る。たまに撮ると面白いし、前回撮った時よりも(本当に長い間自然なんて撮っていないが)構図の取り方が巧くなっていて驚く。プチブレアウィッチ体験。あまりにも暑いのでMさんとジェラートを買いに行った。

そんなことをしているうちに、3時になり、教会が開いた。今までは教会は見たことがない。見たことがあるのは祈祷室と中庭だけだった。今日は教会の扉も開いたので初めてそちらに足を踏み入れた。小さなこぢんまりとした教会である。可愛い。礼拝堂か。礼拝堂、右奥にドアがあり、入ってみると、そこにも別の中庭があった。先程からN+Mが、「フランチェスコじゃーん」と頻りに呟いている。それは一体何なのかと訊くと、聖フランチェスコはカトリック界のルター的な存在の聖人で、金儲けに走るカトリックに嫌気がさし、身の回りの物を全て売り払ってお金をかけない信仰を目指した人だという(合っているのか!?)。それで教会自体、こんなにこぢんまりとしているのか。さらに中に進むとミッショナリー・ミューゼアムなるものがあった。そんなのあったのか。せっかくなので見てみる。な、なんだこれは。
展示室、左側。無数の中国チックな物が所狭しと並んでいる。仏像、掛け軸、剣、昔の硬貨、等々。ここってイタリアじゃなかったっけ?なんで教会のミュージアムにこんな物があるのかしら?なんか関係あるのかしら?それに対する説明書きは見当たらない。しかし驚くのはまだ早い。
展示室、右側。な、なんと、エジプトチックな棺桶に横たわっているのは、ミイラじゃないですかー。ツタンカーメン的仮面、等々。意味わかりません。なんでこんな物がここにあるの。
ミッショナリー・ミューゼアム。ということは、宣教活動中に手に入れた物の展示であると考えて良いかもしれない。まあ、その地の人間に貰った物かもしれない。お金の代わりに寄付された物かもしれない。金を受け取るのが考えに反する行為だったので、わざわざ物でもらったのかもしれない。しかし、しかしだ、ミイラっていうのはおかしくないか?違う宗教だからって、死者を冒涜しても良いのか?良いわきゃあ、ない。展示会場の入り口に、「お金がない人達のための募金」と書いてある賽銭箱が置いてある。入れるわけねーだろうが、こんな物見せられて。観光客から金取る前に、このコレクションを全て売れ。もしくは、元あった場所に戻せ。寄付だとか何だとか言うのはその後だろう。なんか建前とやっていることがすごーくわかりやすい矛盾に満ちている。この教会、かなり好きな教会だったのだが、かなり幻滅。フランチェスコが悲しむぞ。

Firenzeに戻り、Aiさん宅へ。元ホテルを改造したという家。廊下にも部屋にも絨毯が敷き詰められている。素敵。勉強会。ある学者の悩み。付いていけてないなぁ。これについては自分でもっと読み込まないとわからない。似たような経験しないとわからない。
夕食はいつものAnita。肉、肉、肉。最高です。
帰りもNさんが運転。隣に座っていて、だんだん申し訳なくなってくる。しかし、僕はFirenze-Bologna間の高速道路は夜は絶対に運転できない。暗すぎるのだ。うちまで車で送ってもらい、別れた。

Union fotoに行って今月分のフィルムを買う。いつ買っても、何度買ってもやはり高い。べつに日本と変わらないんだけどね。14番トラムに乗っている時に吐き気を催した。危ない。
お昼過ぎ頃家に戻ってきてジムへ。今日は運が良く、プールでは殆ど誰も泳いでいなかった。一コースに一人。好きなペースで人に構わず泳げるというのはなんと素晴らしいことであろう。溜まったストレスも水に溶けていく。今の状況どうにかしないと、またすぐに溜まってしまうんだが。
家に戻って今日締め切りの写真の整理。いつも締め切り前はドキドキし、自信がなくなる。言い訳を考えるようになってしまう。もっと堂々とした方が良いと思うのだが。
aさんの家に写真を見せに行く。印象は悪くないようだ。どのような構成をするか二人で話し合い、決めていく。とりあえず今回の仕事の話が一段落した時点で、aさんが嬉しいことを言ってくれた。どうやら僕を信頼してくれているらしい。これからaさんのサイトは今までよりももっと奥深いもの、一つのテーマに関して、上っ面だけではなく、深いところまで踏み込んでいきたいという。それに是非協力してもらえると嬉しいと言われた。もちろんそういうことであれば協力は惜しまない。ミーハーな写真を撮るよりも、深いところまで突き詰めた写真を撮る方が断然楽しいし、勉強になる。8月末にやりたいと思っている仕事の説明を受け、それに賛同。二人で良いもの作っていけたらと思う。
最近このblogの色が目に染みるようになってきた。そろそろ変え時かもしれない。今度は薄い系でいってみるか。いつやるんだって話なんだけど。
朝の8時からドリルを使って工事をする奴らに殺意が湧く。僕は確実に弱っている。ペンキ塗りだとか、その辺の騒音のない仕事をやれや、と思う。向こうも仕事なのに。
寝不足だ。今日は必ずどこかで忘れ物をする。デジカメ、携帯だけは忘れるわけにいかない。朝、友人から電話がある。それで、彼との約束が今日であることを思い出す。記憶力低下。今週、あと誰と約束が入っているのか思い出せない。約束しているのかどうかも正直わからない。これって相当重病じゃないか。
夜、マランゴーニの卒製ファッションショーに行った。場所はAlkatraz。半分は仕事で。と思っていたのだったが、結局は9割仕事になった。マランゴーニのオシャレスナップ。

やはりレヴェルがものすごく高い。ショーが始まる前に会場入り口付近で数人。ショーが始まってから、内部で数人。ショーが終わった後、出口付近で数人。全部で15人ほど撮っただろうか。たった数時間で15人。街角オシャレスナップは一ヶ月かけて10人いくかいかないか。ものすごい違いである。やはりこのようなオシャレしてくる場に来る人間は撮られて当然くらいに思っているので、いちいち細かく説明しなくても、いちいち上目遣いで話さなくても、撮らせてもらえる。そして、単純にオシャレ率が非常に高い。しかし、内部で撮る時に苦労した。あまりにも音楽の音量が大きすぎて、耳元で大声で喋らないと何を言っているのか全くわからないのだ。細かく説明しなくて良いといっても、最低限、会社名、サイトを持っているという旨は伝えないといけない。途中から声が出なくなってしまって、仕方なく内部での撮影は諦めた。

肝心のショーはというと、全くと言っても良いほど見ていない。それでもちょっとだけ見たなかで言えば、例年よりもレヴェルが高い。と言うか、モノとして良くできている。マランゴーニのショーといえば、毎年デザインは奇抜で面白いのだが、あまりにも縫製などが雑で、せっかくの作品の良さを無にしてしまうというところがあった。今年はそれがない、僕の見たなかだけで言えばだけど。

さてそろそろ帰ろうかと言っていたその時、僕がショースタートの時点で目をつけていた、おそらく今回の会場内で一番輝いていたでだろう女性が会場から一人で出てきた。お、これはチャンスだ!と思って近づこうとすると、僕のそばにいた友人が、「あ、あの人、マランゴーニの校長の元彼女じゃん。あれは相当性格悪いらしいよ、綺麗だけどね」と耳打ちした。腰が引けてしまいました。びびってしまいました。後ろ姿をいつまでも目で追い続けていました。まだまだですね、僕。

久し振りに顔を見る友人が沢山いた。僕が仕事を始めているというと驚く連中が殆どだ。まあ、見た目まったくやる気ないからねぇ。今度飯でも食いに行こうよと言ったり言われたりするが、実際に行くのはそのなかの1割程度だろう。そんなもんなんだよね。みんな新しい環境を切り開いて、どんどん周りの人間も変わっていくからねぇ。
久し振りに耳鳴りが止まらないほどの大音響の中に数時間もいたのだが、気持ち良い。もう少し音楽のクオリティ上げてくれればもっと良かったのだが、イタリアでこれだったらまだ良い方だろう。

信じたくないが、どうやら夏バテしてきているようだ。午後3時の時点でここまで疲れるというのはいくらひ弱な僕でもあり得ないことだ。それも、べつに人に比べてハードな生活しているわけでもない。本当に体力がないのか。体重を量ってみたが減ってはいない。ただ、午後になると変な疲労感が頭の中を満たす。何もやる気がなくなってしまうが、やらないわけにいかないものが多すぎる。今は精神だけなので何とか乗り切れるが、これが体に現れた時のことを考えると怖い。どこかで一気に休まなければならないと思うのだが、一体どこで。睡眠時間は普通に足りているはずなのだ。食べるものも食べていると思う。ケバブ食べ過ぎか?今月に入ってすでに5回くらいケバブを食べている。これか・・・。
ガキみたいな事をやってしまった。張り込みを終え、帰ろうかと思い、自転車置き場に行くと、チャラーの暗黙のルールを全く無視した自転車がいて、僕の自転車が出れなくなっていた。暑さでイライラした状態にあり、もうどうにでもなれと、強引に僕の自転車を出そうとガチャガチャやった。邪魔している自転車のことなど考えず、それらが倒れても全く意に介さず、とにかく僕の自転車を出そうとした。その時、後ろで女性が、「ごめんなさい、今退かすからちょっと待って」と言ってきた。邪魔な自転車の持ち主だろう。しかし、その時僕は頭がクラクラしていてあまりよく聞こえなかった。というよりも、聞こえていたのだが、その言葉が頭まで届かなかった。ガチャガチャし続ける。もう一度女性が、同じ事を、今度はもう少し大きな声で言ってきた。それで漸く頭に届いた。その途端、なんだかものすごく恥ずかしくなってしまい、その女性の顔を見ることが出来なくなってしまった。黙ったまま、俯いて彼女が自分の自転車を退かすのを待っていた。僕はそれに対してお礼も言わずにそのまま自転車に乗ってそこを離れてしまった。家に着いて自転車の鍵をつけていると、後ろに付いていた反射板が割れていた。あの時だろうと思った。向こうの自転車もどこか壊れてしまったかもしれない。僕は自業自得だが、向こうにしてみれば納得いかない破損であろう。悪いことをしてしまった。
朝起きて、トイレに行き鏡の前を通った時、違和感を感じたのは髪型のせいだった。一瞬髪を切ったことを忘れていた。
やはりストライキは行われてるらしい。地下鉄の入り口は全て閉まっている。バスは少しだけ走っているようだ。自転車でモンテまで行く。風があり、思いっきり僕の進む方と逆方向に吹いているので疲れる。そして今日も暑い。やはり昨日の雨が徒となった。家を出て10分もしない家に体中がベトベトになる。気持ち悪い。
朝比較的早く起きる。前の日早く寝たからなんだけど。2度目の洗濯を早速始め、待っている間ネットサーフィン&写真の整理。洗濯が終わり、シャワーを浴びて、下着を探したが、ない。全部洗ってしまっていた。仕方ないのでまだ半乾きのものを履く。気持ち悪い。
今日、ジュンキチに髪を切ってもらおうかと思い、彼の家に電話するとMがでた。そうか、今日は月曜日で午前中は仕事ないのか。相変わらず朝から元気いっぱいで声がでかい。一緒に住むのは正直結構きついが、たまに会うと確かに元気をもらう。根はすごくしっかりしてるしね。ジュンキチは大人である。
明日、ちょっとハードであるが、強行スケジュール敢行決定。最近頭がおかしい。時間の感覚がずれていて、記憶力が低下している。というわけで、約束を2つ入れてしまった。どちらも断りたくない約束なので、どちらにも参加する。中途半端なことになるのは間違いないが、許していただきたい。それも、明日はまたストライキだ。なんでこんな時に限って。
2週間振りに家の近くのGSに行った。GSといってもガソリンスタンドではなく、イタリアでおそらく5本の指に入る大型スーパーである。まあ、5本の指に入るって言っても、片手で数えられるくらいしかイタリアにはチェーンのスーパーがないんだが。僕の家の近くのGSは他の場所のGSに比べて大きく、品数も豊富である。そして、しょっちゅうサービスしている。今日は全品10%オフサービスであった。まさかスーパーでもセールとかあるのか?次の日曜日は飲み物(酒も含む)全てが30%オフ。来るしかないだろう、これは。飲み物全部30%オフって・・・。僕が酒豪だったら半年分くらい買い溜めたいところである。しかし酒豪ではないので、ジュースを買い溜めようか。車持っている人は来てみると良いかもしれない。ちなみに、日曜日は午前中しかやっていない。
↑ここまでが午前中。
お昼を少し過ぎ、撮影のためにMonte Napoleone周辺まで地下鉄に乗っていく。今月と来月、学校が夏休みに入っているため、学生用の定期は使えない。仕方ないので一週間乗り放題切符を買った。これで9ユーロ。学生の一ヶ月定期が17ユーロ。ここですでに半額使っている。
Monteで暫く張り込みしていたが、暑さのため途中でダウン。今日はやたらにムシムシしていて、日陰に逃げても効果がない。頭がクラクラしてきたので一度帰宅する。そうだ、こういう日こそプールに行こうと思い立ち、ジムへ。1時間ほど泳いだ。今日はいつもよりプールの水が冷たい。外が暑いから下げてるのか?それにしては冷たすぎだろう。本気で泳いでいるのに寒気がするのは危険である。泳いだ後、いつものように筋トレをこなして帰宅。
その後、じゅんきちに電話すると、いつでも来て良いと言われ、早速バリカンとハサミを持ってじゅんきち宅へ。到着して、早速風呂場で髪を切ってもらう。頭の頂点に溜めた長い髪の毛は勿体ないので残してもらう。彼はべつに美容師ではないのだが、何でもしっかりやってくれる人なので、こっちとしては嬉しい。一番短い部分で2mm。気持ちが良い。
その後、彼がSpigaに付き合わないかというので付き合うことに。父へのバッグと財布を見たいという。彼に連れて行ってもらった店はSpigaからちょっと奥まった目立たないところにあるバッグ屋さんで、店員のイタリア人女性が以前代官山で働いていたらしく、ちょっと日本語を喋る。バッグの他に、財布や小物なども置いてあり、なかなか可愛い。父のリクエストは財布だったことを思い出し、いくつか財布を見せてもらうと、値段も手頃で(高いと言えば高いんだけど)デザインも可愛い財布を見つけた。今日は手持ちを持っていないので買わなかったが、バイト料が入ってまだ在庫が残っているようであればこれを買おう。父オッケー。二人の妹のプレゼントを買う店はすでに決まっている。妹の好みなんぞ知らないので、俺様の好みで買う。残るは母だが、これが一番難しい。いくつか店を回ることになるかもしれない。まあ、良いんだけど、自分の服とか買わないように要注意である。
陽が完全に沈んだ頃、空が曇りだし、雷が鳴って夕立が降り始めた。どのくらい降っていたか定かではないが、この雨で大分気温が下がったようだ。それでもジメジメしていることには変わりはない。明日が怖い。それも、明日はショーペロ(ストライキ)なので、自転車での行動になるだろう。汗かきそうだー。
夜、友人宅で日本の連ドラを見た。以前6話まで見て、今日最終話まで見た。オレンジ・デイズ。日本で結構人気のあったドラマらしいが、僕が変わったのか、そのドラマが大して面白くなかったのかわからないが、あまり涙を誘われることもなく、笑うこともなく、感動することもなく終わってしまった。僕は日本で大学生やっていないので、そういう意味で感情移入できなかったというのもあるかもしれない。あんな理想的なキャンパスライフがあってたまるか。
今日も思いっきり寝坊。おかしい。目覚まし時計の音が聞こえない。30分も気づかないなんてことあるのか。今日は教会の鐘でも起きなかったのだが、こちらは何となく聞こえたような気がする。目覚ましの音よりも、鐘の音の方が大きいんです。
午前中に済ませてしまおうと思っていたことがいくつかあったのだが、何一つ出来ず。これは勿体ない。
Nさんが僕に合わせて今日の勉強会を企画していてくれたらしいのだが、出席できず。まことに申し訳ないです。礼拝だけ参加。やはりここの牧師さんは他の宗教の神を否定する。カトリックのここがおかしいという。人の考えなんてそれぞれなんだし、最終的な部分では同じ神を愛しているのだ。周りに対してどこがおかしいなんて言うよりも、自分たちの考えを見つめ直し、向上させていくことの方が大切だと思うのだが。神道だろうが仏教だろうがイスラムだろうがユダヤだろうが、神は神。べつに歪んだ意味で神を愛している者などいないだろう。そこらの怪しいカルトとか除いてね。否定するのはおかしい。真理って一つなのか?そもそも、真理なんてあるのか?誰がそれを真理と決める?それを真理と決めた人間は一体何者だ?など、まあここは難しいところだな。ただ、誰も人のことを否定なんて出来ないとは思う。
中華でみんなで夕食。Hは明日研究発表で、明後日帰国。忙しいなぁ。次に会うのはドイツ。中華で食事を済ませてから、皆で5 Giornateのジェラテリア、Umbertoに行く。私のミラノで一番のお勧めジェラテリアである。相変わらず旨いポムペルモ。最近甘いもの食べ過ぎ。ニキビが気になる23歳、男。吹き出物か・・・。
帰ってきてからこれだけは今日済ませなければならない洗濯を開始。眠いが、洗濯が終わるまで眠れない。干したら速攻寝よう。それまで友人にもらったビデオでも見ていようか。明日はちゃんと朝起きて、規則正しい生活するぞ。
昼、S氏氏と昼食を食べ、それから彼の家に行き少し居座ってから、San Babilaに行った。今日からセール開始である。Cloneに行き、前から狙っていた靴の値段を調べると、50%オフ。せいぜい30%かと思っていたのだが、予想以上に安くなっていたので即決定。これはかなり良い買い物だろう。
DANTONEに行き、aleにサルデーニャのことを訊ねる。彼はサルデーニャ出身で、今月末から来月末の店の休業に合わせてサルデーニャに帰るという。向こうで会えたら会いたい。とりあえずホテルの情報を探してきてくれるという。
他にいくつかの店を回った結果、何着か欲しい服が見つかる。しかし我慢。ここで買ったらまた自分に負けることになる。
夕方、Y labに行き、仕事をちょっと手伝って、そのまま車でPorta Venezia近くの南米(?)料理屋に行く。久し振りに食べたが美味しかった。Yさんと色々話す。ビールが旨い(全部飲めてないんだけどね)。
ちょっと食べ過ぎな感じでレストランを出て、お腹を落ち着かせるためちょっと歩いて近くのジェラテリアに行く。とにかくグラニータ(溶けたかき氷のようなもの)が飲みたかった。旨い。頭が痛いが旨い。Yさんはヨーグルト。Piccoloなのに十分でかい。見た目は可愛いが、量は多かったようだ。夏はやっぱりジェラテリア。
そのまままた車を走らせて(Yさんが)、映画館に行く。BIG FISH。ちょっと前に公開していた映画だが、まだ一カ所ではやっていた。久し振りにああいう映画を見た。たまには良いね。
映画の影響もあって、家に帰ってから実家に電話した。しかしやはり父と話すのはなんだか恥ずかしく、結局母と話した。実家でも色々と出来事が起こっているようだ。まず、今年から一人暮らしを始めた妹の体重が激減してしまったらしく、僕の体重はどうなのかと聞かれた。僕の体重も、実家に住んでいる時に比べたら5kgほど落ちているのだが、そりゃまあ一日3食きっちり食べることなんてまずないし、母が作るように何種類もの料理なんて作る時間も金もない。大体一人暮らし始めたら体重は減るものだろう。そう言ったのだが、母は変わらず心配なようだ。運動を勧めてみたところ、医者から運動を止められるくらいと言うから相当減ったのだろう。僕が出来るアドバイスは、時間がなくても出来る栄養のある料理のレシピを送ってやれ、ということくらいだった。冷凍して保存しておくとか、電子レンジが普通にある日本の家であれば、僕なんかに比べて格段に料理が楽になるはずなのだ。冷凍庫でアイスもまともに凍らない僕の家の環境に比べたら、かなり恵まれているはずである。というか、僕よくやってるよなぁ、それ考えると。
それから、実家の犬が他人様を咬んでしまったらしく、咬まれた女性は相当ご立腹らしい。面会拒否であるらしい。保健所に入れろと言っているらしい。まあ、綱を離してしまったこっちに非があるのは当然だが、会って言い訳くらい聞いてやれ。というわけで、家のジョンは再び訓練所に戻ることになってしまった。悪気があったわけでもないだろう、可哀想に。訓練所の先生は、その訓練所を卒業してから人を咬んだ犬は初めてだと言っていたようだ。咬まれた女性は気の毒だと思うが、そんなジョンが僕はかなり好きである。負けるな、ジョン。自分を成長させるための修行だと思って頑張りなさい。似てるよなぁ、僕と。
バイトで金が入ったので、家族になんか送ろうかと、リクエストを聞いたところ、父は財布、母はバッグ、妹二人はアクセサリー、と、本当に僕の経済状況わかっているのかと突っ込みたくなるようなリクエストをされた。まあ、今ちょうどセール中だし、何か探してみるか。プラダの財布とかってどのくらいするのかな・・・。なんかあんまり高くなくて質の良いブランドってないかな。
朝、起きてすぐにジムに行く。シャワーも浴びないし、顔も洗わない。寝癖もそのまま。とにかくベッドから出たそのままの状態で(服は着替えるが)ジムに行く。歩いて一分ほどの距離なので、容姿に構う意味がないのだ。
速攻着替え、準備体操をし、泳ぎ始める。また隣の2コースではおばあちゃん達が水中エアロビをやっている。一コースまるまる使えば収まるのに、わざわざ一コースを半分に切って2コース目まで使っていやがる。それでも平日の早朝ということで空いていて、特に苦もなく泳ぐことができた。一週間振りだったので相当ストレスが溜まっていたらしく、気づいたら2時間ほど泳いでいた。2000mはいったかもしれない。もう息ゼェゼェの状態でジムに向かう。いつものようにメニューをこなすが、やはり一週間空けるというのは効いているらしく、いつもよりも回をこなすのがきつい。まあ、泳ぎ過ぎってのもあるんだろうが。それでも一週間分を何とか埋めようと、背筋、足筋、腕筋をメニューの2倍こなす。胸筋にいたっては3倍やった。さすがに3セット目の最後の方は全く力が入らなかった。しかし、そこまでやらないと納得できなかっただろう。
少し遅い昼食を済ませてY Labへ。ここ3日ほど、ジメッとした晴れきらない気持ち悪い日が続いたのだが、今日は太陽サンサンで陽射しが痛い。日焼け欲が出る。
Labに到着して早速エチケット作成開始。このエチケット作成、一応仕事といえるのだが、僕にとってはどちらかというと癒しの作業に近い。YさんやMちゃんと世間話をしながらこの作業を進めるのは快適である。
Yさんが僕のプレゼントをとても気に入ってくれたようで嬉しい。時間をかけて作った甲斐があるというものだ。あのようなプレゼントをもらったのは初めてだとYさんは言っていたが、僕からしたら、逆にあれぐらいしか作れない。それで喜んでもらえるのなら、いくらでもやっちゃうよ。出来ないけど(は?)。
1時間半ほどでバイトの時間になったのでMちゃんとバイト先に向かう。またしても遅刻。しかし走らない二人。やる気ねぇ(笑)。到着すると、案の定すでに梱包の作業が始まっていたので、一昨日のようにさり気なくそれに参加する。お咎め無し。
相当疲れる仕事だと思ったが、全く疲れずに終わってしまった。計2時間半。その後夕食に行く。ぶっちゃけ大してうまくないレストランに行き、大して旨くない飯をたらふく食う。自称グルメが聞いて呆れる。途中でやはり思いっきり眠くなってきてしまったが耐える。今日帰って爆睡すれば明日からいつもの生活に戻れるのだと言い聞かせて。
8時間ほど寝て、さらに一日中ゆっくりと過ごしたのに疲れが殆ど取れない。やはりああいう働き方は変な疲れが溜まるのだ。ぐだーっと重く、いつまで経っても抜けない疲れ。明日の朝、一週間振りにプールに行って思いっきり泳ごう。水というものが本当に力を発揮するのはこういう時で、どんなに寝ても取れない疲れも、プールで1000mとか泳ぐと忽ち取れてしまう。水に体の中の疲れが溶けて流れ出ていくようなイメージだ。明日思いっきり泳ぎ、夕方からバイト最終日、荷物を梱包し、日本に送れるようにトラックに積む作業。また思いっきり疲れるのだろうが、まあ最後であるし、本気でやってやろうじゃないの。
それにしても何故僕は疲れが溜まるとああなってしまうのだろう。せっかく夜Yさんと会えたのに、殆ど話すことができなかった。聞くだけで精一杯になってしまい、話すことができない。昼間はまだまともだったのだが、夜になって夕食を済ませた途端、あれだ。もうどうしようもない。あんな事やってたら、いつか本当に愛想尽かされてしまうぞ。