31.07.04

音楽伝道会。

 町の左端にある(地図で見ると左端)サン・ミヒャエル教会で音楽伝道会。
 この教会は地盤沈下のために歪んでいる。柱が斜めになっている。鳥肌立ちっぱなし。

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今日の箴言。31章。

 今日の箴言。31章。
「一族の様子によく目を配り
 怠惰のパンを食べることがない」
 母は元気だろうか。

30.07.04

婚約式。

 婚約式、Yukiさんは僕に写真を任せてくれた。
 良い式だった。写真を撮りながら、涙が出そうになる。牧師さんが良いこと言った。

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 夜、Ikukoさんがお礼にと、僕に一枚の栞をくれた。ロシア語で、ルカによる福音書1章37節、「神に出来ないことはない」と書いてある。素敵な栞だ。
 そして、求道中である僕のために、Yukiさん、Ikukoさん、もう一人、モスクアから来ていたMasakoさんの3人が祈ってくれた。僕も初めて祈ってみた。

 悪くない。
 
 その後暫く涙が止まらなかった。不思議だ。
 良い仲間に出会えた。こういう言い方は間違っているかもしれないが、一方的な牧師の説教よりも、このような仲間との出会いの方が全然でかい。牧師さんの説教も、もちろん良いものは沢山あった。だけど、距離があるんだよね。埋まらない距離みたいなものが。

今日の箴言。30章。

 今日の箴言。30章。
「天に昇り、また降った者は誰か。
 その手の内に風を集め、
 その衣に水を包む者は誰か。
 地の果てを定めた者は誰か。
 その名はなんというのか。
 その子の名はなんというのか。
 あなたは知っているのか」

29.07.04

Yukiさん。

 同室のYukiさんは10年以上イギリスに住んでいて、今は日本の大学で教授をしているアーティストだ。この人と同室になれたことは本当に喜ぶべき事である。明日、Yukiさんと、その彼女であるモスクアのIkukoさんの婚約式がある。

今日の箴言。29章。

 今日の箴言。29章。
「僕を言葉で諭すことは出来ない。
 理解したとしても答えないであろう」

28.07.04

早朝散歩。

 朝、6時前に目が覚めると、カーテン越しに真っ赤な朝日。なんて美しいんだろう。ちょうど陽が昇り姿を現したところだった。撮る。

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 これは出掛けなくてはならないと思い、すぐにシャワーを浴びて出掛ける。6時半。朝食は8時半。ゆっくり廻れそうだ。

 外は寒く、白い息が出るほどだったが、Y Parkのニットは暖かい。
 町中写真。当たり前だが時々すれ違う人達がみんなドイツ人で感動してしまった。
 石畳が眩しい。人が少ない。最高。
 2時間ほど歩く。可愛い店が沢山ある。
 気になったのは、一つ一つの家のインテリアがすごく凝っているということだ。そして、それを見せるためかなんなのか、カーテンを閉める家が少ない。中が丸見えである。平和な田舎町だから出来る自己主張かもしれない。まあ、これはオッケーだと思う。
 町も綺麗。ゴミがない。煙草を吸っている人が少ない。先程見つけた煙草の自販で値段を見てみると、イタリアの1,5倍の値段だ。そりゃ吸う人少ないわな。
 今日の午前中、みんなで来ようねと言っていた青空市場に着いてしまった。あんまりよく見ないように通り過ぎる。思っていたよりも小さなメルカートだ。花屋のおばちゃんに場所の確認。英語が全く通じない。かといって、ドイツ語は全くわからない。ジェスチャー。親切に教えてくれる。挨拶だけドイツ語。グーテンモルゲンの、グーテンって付けなくても良いのかしら。みんな使っていない。聞こえないだけなのか?

 余った時間、目についたBarに入ってカッフェ。ドイツでカフェを頼むとアメリカンコーヒー。お姉さんが良い人。
 朝から酔っぱらいがビールを飲んでいる。さすがドイツ。隣で彼らの話に耳を傾けてみるがもちろん何も理解できない。わかったのは、ろれつが回っていないということだけだ。日記を書く。先程撮った写真を整理する。

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今日の箴言。28章。

5{箴言。28章。
「罪を隠している者は栄えない。
 告白して罪を捨てる者は憐れみを受ける」
 本当に確信があって罪を告白するのでなければ、それを捨てることは許されない。

27.07.04

今日の箴言。27章。

 今日の箴言。27章。
「鉄は鉄をもって研磨する。
 人はその友によって研磨される」
 明日から、僕はこの格言を身をもって経験することになる。

ドイツ到着。

 ドイツ空港に到着。雲はあるが晴れ。ドイツ人は背が高いが、なんだかドイツの空も高くて遠い。バスでハンブルグへ。

 通過する全ての川がドナウ川に見えてしまう。山がない。

 暗くて湿った森の土の上にまっすぐに落ちる幾本かの陽の帯。

 ハンブルグ駅。
 チケットを券売機で買おうと思っていたら色々な人が近づいてきた。なんでこんなに必死になって助けようとするのか、かなり怪しい。観光客狙いの窃盗団かと思う。
 しかし理由はすぐにわかった。5人分のチケットを買うと安くなるサービスがあるようで、僕らと一緒に買って安くチケットを手に入れたかったらしい。普通に買えば36ユーロなのが、5人分で買うと21ユーロになる。
 最終的にはドイツ人のお兄さんがそのチケットを15ユーロで売ってくれた。更にお得。
 駅格好いい。綺麗。人いっぱい。ケバブがイタリアよりも50セント安い。ファーストフードが充実している分、安い。

 夕食。ホテルで勧めてくれたビール屋にみんなで行く。ビール旨いなぁ。ドルチェに、リンゴのケーキ。かなり重いがかなり旨い。

暑いミラノと暫しのお別れ。

 家にいるとまた寝てしまいそうな気がしたので、早めに家を出て、約束の30分前に中央駅に到着。もちろんまだ誰も来ていない。駅前広場の花壇に腰を下ろして待つ。
 
 家を出た時は結構涼しかったのだが、既に暑い。太陽が出てきた。ノースリーブ越しに背中がジリジリと焼ける。
 東洋人カップルが30mほど先で写真を撮りあっている。ヴィトンのスーツケースから5m以上も離れて余所見をしている。危ないと思う。
 久し振りに聴いたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが寝不足の耳に心地良い。

 Yから電話が来た。寝ていると心配してかけてきてくれた。

Tよ。

みんながどれだけ君のことを心配しているのかわかっているのか?
もしもまだ下らないことをグダグダ考えているのなら、そろそろ大人になれ。

弄り始めてやる。

 今日も眠れなくなってしまったので、半分自暴自棄になり、このサイトを弄ることに決めた。もう朝まで眠れない。

 今日からドイツ。

幸いな人。

 以前Nさんから頂いた「幸いな人」という冊子の中に、「みんなに紹介。幸いな人み〜つけた」というページがあり、そこに幸いな人として選ばれた数人の意見が載っている。その中の一人はこう言っている。
 
 「・・・。大きな問題があっても立ち向かえる勇気と力を頂いています。
  先日も親からの迫害があり、感情に流されそうになったのですが、
  その日に”主に従う”ということを語られました。
  今は献身者の道を歩んでいます」

 僕にはどうしてもこの人が「幸いな人」であるとは思えない。この人は聖書の言っていることを勘違いしてとっている。聖書を全て理解するのは一生かかっても無理だと思うが、誤った取り方をするくらいなら理解しない方がマシである。そして、誤った理解をしている人が近くにいたら、周りのクリスチャンの人達は、何かアドバイスをしてあげるべきである。
 聖書に書いてあることをどう取るかは人それぞれだし、それを間違いとは言えないという意見もあるかもしれないが、親のすることを迫害と言い(たとえそれが暴力であったとしても)、でも最終的には神について行くことを選ぶことが出来た、というような「親よりも神」的考え(人によっては「親は二の次」的考え)には正直怒りを感じる。そして、この時点でこの人は大きな問題に勇気を持って立ち向かってはいないではないか。
 クリスチャンになることで、親とほとんど絶縁に陥る人間って少なくないんじゃないか?それは別にどっちが悪いというわけではもちろんないが、親の方は息子や娘が信じるものを、同じように信じるとまではいかないまでも、理解するように努力すべきだとは思うし(それが子供を信じるって事だと思うし)、子供は子供で親に理解してもらえないとしても、そこで諦めずに理解してもらえるように努力すべきである。それをやっていない人間は聖書読み直せ、と敢えて偉そうに言ってみる。「これだけ気持ちを伝えてもわかってくれないんだったらもう親にわかってもらわなくてもいい、私には神様がいてくださる」なんて思ってしまっている人は(僕はこういう人いると思っています)、神を愛していますなんて言うな。

 ここに書いてあることだけを読み、僕はこのような考えを持った。実際この人に直接話を聞けば僕もこのような取り方はしないかもしれない。しかし、この本にはこれしか書いていない。これだけでは僕がこのように考えても仕方がない。もしかしたら僕は大切なこと見逃しているかもな、と思わないでもないが、そう思ってもこの冊子からは何も返事が返ってこない。そういう意味で聖書はすごいと思う。返事を求めるとクリスチャンでもない僕に対しても返ってくることがある。
 この「幸いな人」という冊子、このような不完全な文章を載せてしまうのはどうかと思うが。神を信じている人にはスッと入ってくるかもしれないが、僕のように神を信じることが出来ていない人間に対しては変な誤解を招くこともあり得る。まあ、この文章を読んで、神と親を天秤にかけてしまっている時点で、僕は大きな誤解をしている可能性大である。

 でも、こういう事考えると、僕は恵まれていると思う。僕の周りのクリスチャンは素敵です。

26.07.04

結局一日動いたが。

 やはり夜中に何度も目が覚めた。常に夢も見ているようだ。計10時間以上は寝たはずなのだが、よく寝たという実感が湧かない。ただ頭がボーッとしているだけだ。このようなことは続いていても大丈夫なのだろうか。日増しにやつれていくなんて冗談じゃない。明日から5日間、ドイツのそれなりに高級らしいホテルの堅いベッドで眠れるのが幸いである。それでも眠れなかったら原因は他にあるのだろう。夏かなぁ。でも、僕は毎夏こんな風になっていたのか?なっていないような気がする。ってか、例年だったら今頃日本だしな。

 今日は何をしよう。やることがない。明日の準備なんて1時間もかからずに終わるだろう。

長女のmail。

 妹からmailが届いていて驚く。本当に驚いたのだ。僕の家は兄弟間の仲が良いわけではない。悪いというわけでもないのだが、昔色々あって、今もそれを引きずっている感がある。実家に帰っても禄に会話はしない。最近3人とも大人になってきたので、まあ昔よりは幾分関係が改善されてきているとは思う。それでも、やはりお互いの間にまだ厚い壁が存在していることは確かである。ましてや、兄弟にmailを書いてくる事なんてあり得ないと思っていた。次女からであればあってもおかしくないとは思っていたが(比較的キャラが僕と近いため)、今回mailを送ってきたのは長女であった。
 長女は今年の9月に短期交換留学でイギリスに行くらしい。それを聞いた時もかなり驚いたが、最近彼女の中で何かが変わってきているらしい。ということは、変わっていないのは僕だけということか。
 妹なんぞ僕に比べたらまだまだガキだと思っていたけれど、案外ガキなのは僕の方かもしれない(別に「案外」でもなんでもないかもしれないし)。なんだかんだ言って長女だってもう二十歳になるのだ。
 仕事を始めた事へのお祝いmailに対する返事を書こうとするが、一体何を書けばいいのだろう。「ありがとう」なんて書くのか?大体、僕は妹が大学へ受かった時もお祝いの言葉を贈っていないんだぞ?僕はなんだかとても下らないプライドを誇示しているような気がしないでもない。というか、普通に恥ずかしい。

表情。

 夕方、CDを渡すためにY labに行く。最近、Yの顔が変わったような気がするのはなんでだろう。顔が変わったのではなく、表情が変わったのかもしれない(顔は変わんねぇわな)。疲れは溜まっているはずである。それでも何となく生き生きとして見える理由は、Zorroかしら?前は別に生き生きとしてなかったわけではないが、笑顔にも愁いを帯びていたようなところがあった。今はそれを感じない(あたし、失礼なこと言ってるかしら)。
 Yの仕事を邪魔しないように気を付け(充分邪魔になったが)、終わるのを待ち、その後MさんしかいないMari家に行く。3人で夕食を食べ、明日からのことなどを話す。
 今日は早く帰って寝ようと思い、先に僕だけ帰ってくる。明日の準備をする気がもうない。明日の朝やろう。

睡魔でしょうか。バクさんですか?

 12時45分起床。まただ。おそらくベッドに入ってから3時間も経っていない。その3時間という短い間でさえ、何度も目を覚まさなくてはならなかった。一体何故だ。何が僕の睡眠の邪魔をする。明日からの旅行のことで興奮気味なのか?それで眠れないのであれば仕方ないが、果たしてそうなのか。そうではないだろう。

25.07.04

日曜日。

 今日は2度寝出来た。どのくらいの時間寝たのかは定かではないが、朝にきちんと起きることが出来たのは大きい。
 ジムに行く。明後日から5日間ドイツだ。ジムに行けなくなる。

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 いつものようにまず泳ぐ。今日同じコースで泳いでいた男は全く水泳の経験がないのか、10mも泳げていない。ホームもバラバラ。まあ、それは別に仕方ないのだが、何故かやたらに態度が大きく、不愉快な男だった。同じコースで他の人間が泳いでいても気にしない。とにかく自己チューな行動を続けている。避けない。平気で真ん中で止まる。休んでいる時も泳いでいる人間の邪魔になるところで平気で休む。こっちに避けろと云わんばかりに。わけのわからない動きをする(別にこれは攻めるべきところではないのだが、なんだか全ての行動がむかついてしまう、おそらく奴の発する空気を僕は受け付けないのだろう。)。半ケツで泳いでいるところも我慢ならない。
 はじめはまあ初心者だし仕方ないよな、と思って我慢していたが、それにしてもあまりにも配慮というものに欠けているので途中でキレた。僕が避けきれずに奴の足にぶつかった瞬間(奴が真ん中泳いでるから)泳ぐのを止めて立ち止まり、奴が僕に気付いてから『あのさ、泳ぎ慣れてないのはわかるんだけど、もう少しこっちに気を遣ってくれないかな。泳いでるのは君だけじゃないわけよ。もう少し端泳ぐとかさ、それくらいは出来るでしょ?』と言った。ちょっと子供じみているかなとも思ったが、言わなきゃわからない奴には言う。
 「あぁ、ワリィ、でも邪魔だったら隣のコースもあるからそっちで泳ぎなよ」。隣のコースでは既に4人の人が泳いでいる。こっちは僕と奴の二人。何故このように偏るかはやはり此奴のせいだろう。
 『なんでこっちはお前一人で隣は4人も泳いでるのに俺が隣に行かなきゃいけないんだよ。なんでこうなってるのかわかってんのか?ちょっとは考えろ』。この東洋人は一体何言ってんだろうという顔をしていたが、とりあえずその場はそこでまた泳ぐのを再開した。1往復して戻ってくると、奴はプールから上がって何事もなかったようにシャワーを浴びていた。隣で泳いでいた女性がこっちのコースに移ってくる。これでとにかく伸び伸びと泳ぐことが出来た。
 プールから上がって筋トレ。今のうちにトレ溜め。重量をいつもより重めに設定し、いつもの倍の筋トレをこなす。今日も向こうの方から男の喘ぎ声が聞こえてくる。今度からウォークマン持ってこようかな。

 今日、教会に着き、YとMに言われて気付いたのだが、僕はなんかおかしいらしい。言われてみれば、今日は瞼が重く、頭も何となくボーッとしているような気がする。寝不足でも、疲れているわけでもないのだが(実感としてはないが)、おかしいらしい。疲れてるのか?もう寝てしまおう。でも今寝たら絶対に1時くらいに起きちゃうんだよなぁ・・・。

24.07.04

素麺300g。

 昨夜中途半端な時間に起きてから(起こされてから)、夕食を食べていないことに気付き、特にお腹が空いて仕方ないというわけではなかったのだが、何か食べようと決めた。
 パスタはない。米を炊いてもレトルトカレーしかない。カレーはいい加減食べ飽きた感がある。蕎麦・・・。蕎麦は勿体ない。素麺・・・。素麺なら食べても良いかも。
 そう思い、素麺を茹でるためのお湯を沸かし始めた。始め、一束100gだけにしておこうかと思っていたのだが、結局一袋300g入れてしまう。付け汁を作り、そこにネギとショウガを入れる。素麺300gというのはパスタ300gよりきつかった。しかしモノがものなので、凭れはない。

再びflash

 目が覚めてしまったので、flash参考書を改めて見てみる。それまでは、スライドショーの作り方の書いてある場所しか探していなかったので、今回はサイトを作るというのを頭に置いて読んでみる。ボタンの作り方、アニメーションの流し方、等々。自分の頭の中で、どのようなサイトにするのが見やすくシンプルでY Parkっぽいか考え、それを紙に書いてみる。紙に書く分には悪くない。本腰を入れればいけないことはないかもしれない。全く何もわからないところから本腰を入れるって結構大変なんだが。

Follatura

 結局ずっと眠れずにいて、7時半にYがピックアップしに来てくれた。寝惚け眼で車に乗り込む。今日はちょっと雲行きが怪しい。高速に乗る前に適当なbarで朝食をとる。やっぱりクロワッサン旨いなぁ。
 高速に乗ってすぐに、小雨が降ってくる。空一面に鱗雲。間違いない、結構降る。待ちわびた雨。しかし、少しの雨ではかえって逆効果になる。大量に降ってくれればドイツに出発するまでは比較的涼しい数日を送ることが出来るのではないだろうか。

 1時間ほどでCaprianoというこれまたミラノ郊外の小さな町にあるfollatura職人の工場に着いた。工場と言っても、そこで働いているのは二人だけ。そのうちの一人はまだ19歳の青年だ(Yと二人で中学生くらいかねぇって話してたんだけど、思いっきり外れた)。
 Follaturaというのは普通に生活しているだけでは絶対に聞けない言葉で、日本語だと「縮絨」、日本語で聞いても意味不明な言葉である。まあ、簡単に言うとクリーニング屋さんというのかもしれないが、おそらく彼らにそう言ったら思いっきり否定されるだろう。クリーニング屋と言っても、本当にマニアックな世界のクリーニング屋なのだ。
 Yが彼らに頼むのは、カシミアの縮絨。僕は全く知らなかったのだが、カシミヤというのは始めっからあんな高そうなマフラーのように柔らかくフワフワしていない。それどころか、結構堅い。素肌に着るのはちょっと無理なくらい堅いのだ。それは、羊の毛の汚れや油脂の付着のためと、糸として加工する時にロウを塗るためである。
 Follaturaは、この汚れを洗い落とし、脱水し、乾燥させ、僕たちが目にするようなカシミヤの本来の柔らかさに持っていく場所なのだ。行程的には普通のクリーニング屋さんと変わらないのだが、おそらくど素人の僕にはわからないこだわりがあるのだろう。乾燥させたカシミヤは、ものすごく柔らかくなっている。
 この工場にいる間に、雨はどんどん激しくなっていき、やがて雷雨になった。雷雨なんて本当に久し振りだ。気温もぐっと下がってきた。ノースリーブではちょっと肌寒い。
 2時間ほど工場で過ごし、再びミラノに戻る。ミラノもやはり大雨だ。車に乗っている間に眠気が限界に達してしまい、Yにまた気を遣わせてしまった。このままlabに戻ってもおそらく何も出来ないので、一度家に帰って軽く寝ることにする。貴重な時間を割かせ、家まで車で送ってもらった。本当に申し訳ないです。
 Yと一度別れ、家に着いてすぐにベッドに倒れ込み、5分で夢の中へ。2時間ほど寝る。何かとても心地良い夢を見ていた気がするが、起きてすぐにKenさんから電話が入り、話している間に全部忘れてしまった。
 Kenさんと3時半にPortagenova駅前で待ち合わせをしてY labへ向かう。雨は以前降り続いていた。Kenさんは来月頭に日本に引き揚げる。その前にY labを是非見学したいということで、誘っていたのだ。
 Labに着いてすぐに自分のi-bookを起動させ、早速写真の整理を始める。Kenさんはその間、Y Parkのニットサンプルを見せてもらっていた。僕が思っていたとおり、KenさんはとてもYニットが似合う。彼自身も何着か気に入ったものがあるようだ。Yに工場の機械やニットの作り方などを丁寧に教えてもらい、感動していた。

お別れパーティ。

 7時前に3人でlabを出て、Piazzale SusaのMの家に行く。夜はKenさんのお別れパーティだ。Mの彼のAleも一緒にみんなで夕食。久し振りの中華だったが、旨い。
 帰りもYに送ってもらってしまった。彼女は元気に振る舞っていたが疲れているのはすぐにわかる。また世話になってしまった。Kenさんと東京で会うことを約束し、別れる。また仲の良かった友人が一人いなくなる。寂しいが、まあ別にもう2度と会えないわけではない。

また起きた。

 家に戻ってきたのは10時くらいで、すぐにベッドに入り寝る。そしてまた1時くらいに起きてしまい、今これを書いている。明日の朝はジムに行くことにしているので、今日はこれ書き終わったら強引に寝るぞ。最近、寝るということにも体力を使わなくてはならない日が続いている。まるで老人だ。原因はなんだ?安いマットレスか?

今日の箴言。24章。

 今日の箴言。24章。
22章の途中から24章終わりまで、ソロモンの格言ではなく、「賢人の言葉」が書いてある。一節一節が全て繋がっていて、今日はこの言葉、という風に選ぶことが出来ない。一節だけ抽出して書き出しても、意味がわからないのだ。前後も読まなくてはならない。しかし、一節抜き出す。
「罪あるものを懲らしめる人は喜ばれる。
 恵みと祝福がその上にある」
この賢人とやらだが、僕はあまり好きではない。ソロモンの方が大人である(大人って)。この賢人達は(複数らしい)争いごとを好んでいるように見える。そして、自分達と対立する者、無知とされている者を一刀両断しているが、その裏に潜んでいるものを見ようとしていない。自分達の側にいる者にはそれなりの理解を示すが、そうでない者にはちょっと短絡的ではないかと捉えることも出来る発言を繰り返している。このようなスタンスは明快ではあるが、致命傷にもなりかねない。

23.07.04

かなり白い。

 午前中に起きてmailをチェックすると、Yからのmailが届いており、今日は午後撮影したいということが書いてあったので、それまで起きていようとする。
 が、結局いつの間にか寝てしまっていたらしく、Yからの電話で目が覚めた。寝ぼけながら電話を探すが見つからず、そのまま切れた。時間は12時ちょっと前。すぐにシャワーを浴びて出掛ける。
 今日もものすごく暑かった。ラジオでは40度と言っていたらしいが、それはおそらく体感温度だろう。去年に比べれば屁のようなものである。それでもやはり体力が奪われる。汗をかきながら写真を撮っていた。
 サイトを新しくしたいとYに提案され、僕がflashを使って作ってみようかと思ったが、それは難しいかもしれない。写真の撮影とセレクトに力を傾けた方が良いような気がする。
 ジャーダの作業を撮影したのだが、撮る前、ジャーダは自分の手はbambina(赤ちゃん)のような手だから撮られたくないと言っていた。そこをお願いして無理に撮らせてもらったのだが、別に赤ちゃんみたいな手をしているとは思わなかった。しかし、ものすごく白い。下手したら白人の手よりも白いかもしれない。というか、白人の手とはタイプの違った白さだ。綺麗である。しかし、あまりにも白くて、機械の色には合わないかもしれない。写真を撮ると、どうしてもジャーダの手が浮いてしまうのだ。オレンジ色の光を当てて誤魔化しても良いかもしれない。

バッドタイミングな男。

 明日は朝が早い。7時半にYのピックアップ。郊外の職人さんのところに行くのだが、土曜日ということで渋滞するかもしれず、それを懸念しての早朝出発だ。今は夜中の12時を過ぎたばかり。9時過ぎにベッドに入り、一度寝た。そして、今起きたのだ。いや、正確に言うと起こされた。こういう時に限って遅くに電話をしてきたのは予想したとおりあの男だ。いっつもこうだ。奴は本当に示し合わせたみたいにタイミングが悪い。そして、こういう時の奴の用事は、ものすごく下らない用なのだ。「あ、寝てた?起こしちゃった?じゃあいいや、おやすみ」なんて言って勝手に電話切りやがった時は本気で縁を切ろうと思ったこともある。
 PCを繋げると案の定この男がメッセにいて、なんの用か訊ねると、僕が1年前に買ったYohjiのジーンズのサイズが知りたいという。・・・やっぱり話しかけなきゃ良かった。

今日の箴言。

 今日の箴言。23章。
ここには気になる格言がなかった。

22.07.04

ウィーンって回ってるんです。

 先日ノートン先生にpcを診断してもらってから、HDの回転する音が大きくなった。動きが悪いということは別段ないのだが、イヤな予感がする。溜まった写真とか洒落にならない量になってるからなぁ。そろそろ外付けに移してCDにも焼いておいた方が良いかもなぁ。

結局やらないが。

 今月は何故か執筆(執筆っていうより、タイピング)の量が半端じゃない。今までで一番多いかも。長文書くのは構わないが、もっと読みやすいようにした方が良いわよね。ちゃんと改行とか意識しないとね。
 最近また読者がちょっと増えてくれたので、これを期に見やすいblogにしてみよう(多分明日になったら忘れてるけどね)。
 とりあえず、色だ、色。今からやろうかな・・・。今から始めたら間違いなく徹夜コースだよな・・・。ダメだ、寝よう。

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迂闊。

 中華街を歩いていると、カードゲームのMAGICをやっている中国人らしき(中華街だから)少年達に遭遇。思わず「お前らもMAGICやるのかー」と日本語で言ったところ(まあ独り言って事です)、間髪入れずに「やりまーす」と一人の少年に返された。かなり驚いて、僕は一言も返せなかった。敗北。
 というか、まさか中華街で日本人の子供がMAGICをやっているなんて、考えもしない。一体なんなんだ?日本人のお母さんの日本食材の買い物についてきた息子か?しかし、あのMAGICをやっていた4人ほどの子供はみんな日本人なのか?4つ子か(そりゃない)?
 それに、あの返答の早さ。ただ者ではない。普通イタリアで急に日本語で話しかけられたら、「ん?なんで日本語?誰?」とか考えてから返答するのでワンテンポ遅れてしまうものなのだが、あの瞬発力は並ではない。
 僕が何も言わずにそのまま彼らの横を通り過ぎると、後ろから「おまえらー(って言われたよ、ウゼー)」という言葉が何度か聞こえてきた。そりゃいきなり知らないオッサンに(彼らから見たら僕は間違いなくオッサンだろう)お前呼ばわりされたらむかつくだろう。次から中華街で日本語は慎んだ方が良いかもしれない。文句とか言わないで良かった。
 イタリア人に突然日本語で話しかけられた時くらい吃驚しました。

高すぎるだろう。

 おいおいおいおいおいおいおいーーーー、カラーインクとブラックインク買っただけで57ユーロかよー。7000円。あり得ないだろーこれ。写真屋にプリント頼んだ方が安いんじゃないか?んなアホな。

今日の箴言。22章。

 今日の箴言。22章。
「曲がった道には茨と罠。
 そこから遠ざかる人は自分の魂を守る」
 道には茨や罠があるのは当然。場合によってはそれを避けるべきではない。痛い目にあって成長していくのが人間。むしろ、神はその成長過程を助けることはできないのか?それが息子に対する親の愛でもあると思うが。かわいい子には旅をさせよ。
 避けていても何も始まらないこともある。単純に、避けることは賢いとは決して言えない。賢い時もあるだろうが、避けることでその後ずーっとわからないことも沢山あるのだ。避けることで、魂は守られるだろうが、成長もしない。
 こんな僕の考えは浅はかか?「聖書にも書いてあるし・・・」と、聖書を盾にとって逃げるようなことをするな。自分の都合に合わせて聖書の言葉を歪めてとるな。
 ↑常にこのように自分を戒めるように考えてないと、どんどん甘えに走る。いつか疲れそうね。

21.07.04

武田。

 昨夜、ノートン先生を使って最適化しようとした時点で失敗だった。あまりにも長い間最適化を行っていなかったせいで、僕のi-bookはそれはもう酷いことになっていた。最適化の前の検査で重度の症状発見。おっかねー。最適化自体には3時間ほど要した。
 その後、ちょっとだけ試してみるつもりでドイツ冊子の表紙を作り始めたら止まらなくなり、続けて新しい名刺も作ってしまったので結局朝になった。僕が持っているphotoshopは日本語入力するためのシステムが欠けているのが発覚。仕方なくイラレを使う。めんどくせー、これ。徹夜だ。徹夜ってさりげなく久し振りかもしれない。寝なくては。

足が沈むとダメ。

 朝方にベッドに入り、昼過ぎに起きる。ものすごく暑い。もうイタリアは残暑に入っているのだが(残暑という言葉があっているのかどうかはわからないが)、この残暑がものすごく長い。ジトーッとベタベタした気持ち悪い暑さが続くのだ。プールに行こうと決め、準備する。
 今日はコンタクトを付けてジムに行った。プールでも見える見える。不思議なのは、コンタクトを付けていてもいなくても、ゴーグルを付けている時の水の中での見え方は全く変わらない。屈折率なんたらっていう問題か。
 泳いでいて気付くのは、平泳ぎがまともにできる人は本当に少ないということだ。まあ、平泳ぎができない人はクロールも背泳ぎも何となく下手くそなのだが。みんな足が沈んでしまっている。足の曲げ方も正しくない。だから、進むのが遅い。僕は物心ついた時には既に水泳をやっていたのでわからないが、やはりきちんとスクールに通って練習しないと、正しいフォームというのは身に付かないのかもしれない。

動画で見る聖書。

 N家にお邪魔して夕食をご馳走になり、その後みんなで聖書を映像化させたというドキュメント(?)を見た。聖書をそのまま読んでいるナレーションのようなものが入っていて、それにあわせてシーンが展開する。今日見たのはマタイによる福音書。全部で4時間ほどあるらしいので、今日はもちろん全ては見なかったが、映像にすると言葉がスッと頭に入ってくる。それを噛み砕くのは多分もう少し先になるだろうが、今までわかりにくかったところも少しは明解に感じることができた。面白い。

やり直し

 アーティストとしてのNさんに表紙のダメだしを食らい、もう一度最初からやり直すことにした。Yからは一言、「堅い、ミラノ教会っぽくない」。これが一番効いたー。
 まあ、これからこういうデザインもやっていかなくてはならないようになるかもしれないし、良い機会なので時間を割いてみることにした。
 んで、ダメだし食らったものよりは良いものできた気がする。期待しながらプリントアウトしたのだが、あと少しというところでインクが終わりやがった。明日買ってきて改めてプリントしてみよう。

今日の箴言。21章。

 今日の箴言。21章。
 「歩む道が曲がったりそれたりしていても
  清く正しい行いをする人がある」
 そうなんだよ。その通りだと思う。ちゃんと書いてあるんじゃん。さすがソロモン。清く正しい行いかどうかは別として、罪とは呼べない曲がり方もあるんだよ。だからといって僕の曲がり方が罪じゃないとは言えないが。何が正しいかなんて誰にもわからない。神のみぞ知るってやつかね。

20.07.04

テンション。

 昨夜夢を見て3時間ほどで起きてしまった。目が覚めても脳は夢から覚めていなかったようで、ベッドから起きあがって電話を探し、しばらく握りしめていた。3つのボタンを押せば繋がってしまう。それまでに覚醒して良かった。こんな時間に電話するのはいくら何でも非常識極まりない。脳だけが異常に消耗している。悪くないが、良くもなく、焦りを感じてしまう夢。僕は一体どうしたらいいのだろう。数ヶ月間、ある事柄に対して全く同じテンションを保つというのは今の僕には難しい。他にもやらなくてはならないことが多すぎる。考えなくてはならないことが多すぎる。物によってはそれらが密接に繋がっていて、時々どうしようもなくこんがらがる。そして僕の頭の中が混乱する。しかし昨日、自分の気持ちを再確認した。子供みたいな行動に出てしまい、後になって心の中で自分を罵る。また自分勝手な部分が出てきてしまっているような気がする。僕は一体何がしたい。

ピントはコトに。

 昨日撮った、Yがニットを着ている写真を改めて見てみた。本人が自分のブランドのプレゼンmovieに出るというのは、彼女自身あまり乗り気ではないらしいが、まあそれは普通そうだろうと思う。しかし、誰がなんと言おうとY Parkのニットが一番似合うのはY Park本人であるのは間違いない。それは買い付けに来るバイヤーさんもさすがわかっている。あたしも似合わなくは決してないんだけど、いや、むしろ似合う方ではあるんだけど、ほら、あたしは撮る方じゃない。だから、どうやっても写れないの。残念!
 で、話は戻るが、僕自身は昨日、Yの表情を本当に良く撮れたと思う。彼女自身は一緒に写真を見ていて、なんだかんだ納得いかないようなことも言っていたが、僕的には今まででベストに入るくらいの「人の表情」を"そのまま"撮れたと思っている。それは、Yが自分のニットに感動していてあまりカメラを意識していなかったおかげもある。カメラ向けられていつも通りの”そのまま”の表情ができる人って滅多にいない。だから僕は基本的に「はい、撮りまーす」なんて絶対に言わない。んなこと言ったらせっかくリラックスしていたのが台無しになってしまう(撮る意志を伝えてもリラックスしたままで居させるには、僕が相手に信用されないといけない。いろんな意味で)。で、昨日撮ったYの写真はぶっちゃけピントが全く合っていない。その理由は、Yがカメラを意識しすぎる前に撮りたかったので、ピント合わす時間が勿体なかったのだ。軽く押してから、更に押すのではなく、いきなり押し切る。カメラ的にはピントを合わす暇もなくシャッターを切らなくてはならなくなるわけだ。それらの写真はどこにもピントが合ってないが、Yというヒトにはぴったりピントがあっている。これ、受け売りなんだが、アラーキーが言っていた、「ピントはモノにあわせるんじゃないの。コトにあわせるの」ってのはこういうことなんだって思う。昨日、それをちょっとだけ体感した。

Sionは大人です。

 2度寝して昼過ぎに再び起床。Yから預かってきた彼女のi-bookにOSをインストールする。そのほか、ノートン先生とフォトショ、イラレも入れておいた。その時点で結構HDの動きが怪しくなってきたので、それ以上は何も入れないことにする。シャワーを浴びてY labにそれを届けに行った。Yは一人でlabにいて、追加注文の入ったSionのタグ付けをしていた。地味だが大切な仕事。完成したグレーのSionの写真をいくつか撮ってもらえるかと言われ、構図を変えて撮影する。今日はそれで帰ってきた。あまりダラダラ長居しても仕事の邪魔になりかねない。
 Duomo周辺にまで戻り、ある雑誌を今日も探してみたが見つからず。もうミラノの大きな書店は全てまわった。諦めた方が良いかもしれない。残念だが。そのうちDiegoのサイトで見れるようになるだろう。

計画。確認。

 夜はN家でドイツの集いの計画立て。僕は5日間を通しての撮影を任される。というか、立候補した。あとは電車や飛行機の時間をみんなで確認しあう。
 小さなしおりを作ろうということになり、僕が写真入りで表紙の作成をやることになった。写真は大丈夫なんだけど、フォントとか選ぶのが実は苦手であり、ちょっとドキドキ。明日は一日これに時間を費やすことにしよう。
 Nさんから聖書解説の冊子をいただく。これは助かる。じっくり読んでみよう。

今日の箴言。20章。

 今日の箴言。20章。
「怠け者は冬になっても耕さず
 刈り入れ時に求めるが何もない」

19.07.04

リューネブルグ情報。

今日の気温は最低11度、最高19度。寒いです。
塩が有名だった。今は観光で成り立っているらしい。
古い建物が比較的残っている。写真ちょっと見ましたが、町綺麗ですね。
なんか格好いい教会があった。
鳴門市と姉妹都市。塩の関