わかっていたことなのだが、ミラノの道は本当に自転車で走りにくい。きちんと鋪装されている道はもちろん問題ないのだが、石畳など最悪で、運転したあと手が痺れる。結構タイヤの細いものを買ってしまったので、トラムの線路に嵌まってしまう恐れもある。こちらでは、自転車も車道を走らなくてはならない。だから、ルールも自動車やバイクと変わらない。しかし、ルールを守らない自動車やバイクがあまりにも多いので、こちらがよく注意していても限界がある。人通りがあまり多くないところでは、歩道を走ることにしている。
友人に連れられて、giuseppinaの家に遊びに行った。彼女は女性3人と一緒に住んでいて、そのうち二人が南の出身の姉妹だった。この姉妹が、本当にものすごい。メチャクチャ強い。僕も友人も、特にお姉さんの方にはかなり引いてしまい、それが彼女にバレて、「この子たち、あたしのこと怖がっちゃってるわよ、ギャハハハハハハハ」なんて豪快に笑う。
毎週土曜日のnaviglioメルカート。午前中にちょっと探し物があったので行ってきた。そして、35ユーロで買った。何を買ったのかというと、だいぶ前からずっと欲しい欲しいと思っていた、”自転車”である。何故naviglioのメルカートで買うのか。新品を買うお金がないからだ(それに、新品など買ったら次の日には盗まれている)。naviglioのメルカートには、盗品や捨ててあった自転車がかなりの数売られている。売っているのはどこの国の人間かわからない人達。多分アルバニアとか、そっちの方だと思う。赤くて可愛い自転車があり、40ユーロだと言われたので値切って35ユーロ。試し乗りしてみたのだが、普通に使えるようである。ただ、自転車を立てておくためのスタンドがない。まあ、こっちで乗る限り、スタンドはいらないのだけど。なぜかと言うと、こっちで自転車を停める場合、それがどんなに短時間であっても、絶対に鎖を付けておかなくてはならない。それを怠った人達の自転車が、今こうしてnaviglioにて破格で売られている。かなり太い鎖で、自転車と、電柱などを繋げておくわけである。電柱に寄りかからせてあるので、スタンドがいらないのだ。
盗品を買うことについて、後ろめたさを感じないわけではない。僕も中学の時に自分の自転車を盗まれたことがあって、かなり悔しい思いをしたことがある。しかしそれは僕のミスのせいでもあり、短時間だから良いだろうと、鍵をつけていなかった。盗む人間は悪い。一番悪いのか二番目に悪いのかわからないが、とにかく悪い。しかし、この国においてはそんなことを言っても全く意味が無い。「盗み」が日本とは比較にならないほど定着したこの国では、盗まれる方が注意しなくてはならない。日本では、財布を盗まれちゃったといった場合、盗んだ方がほぼ90%悪いというふうになる(気がする)。しかしこの国では、財布を盗まれちゃったといった場合、盗まれた方の不注意のせいになってしまう(盗まれてしまった後で誰の責任だ、などと言っても遅いわけだが)。全責任が盗まれる方にあるといっても過言ではないと思うが、これは僕が今まで一度も盗まれたことがないからかもしれない。この国では、極端な言い方をすると、盗まれるという前提で行動することが必要なのだ。・地下鉄で財布をすられた人、バッグを前に持ってきて抱き抱えていればまず盗まれない。・町中で、ウォークマンを聴きながら信号待ちをしていて盗まれた人。ウォークマンを聴きながら歩く時は、普段よりもずっと注意していなくてはならない。僕自身のバルセロナでの例で、・背中にチョコレートをかけられ、そのまま近くのファーストフードのトイレに連れ込まれた人。大通りなど、人通りの多い場所で、地図などを広げてはいけない。・ベンチに座っていて気付いたらバッグがなかった人。ベンチに座り、自分の左側にバッグを置き、10秒以上右を向いてはいけない(特にローマ)。・パンツの後ろポケットに財布を入れていて盗まれた人はきちんと海外旅行障害保険の冊子を読んでください。あまりにも被害が多いので、海外旅行用の盗難保険で、保険対象地域から除外されてしまうような町(ローマなんですけど)があるこの国では、「そんなこと言われたら何も出来ないじゃん」などという愚痴は無視される。いきなり拳銃やナイフを突き付けられたりする以外は全て、ちょっとした注意で回避できることなのだ。ただ、そんなことでストレスが溜まっていくのは、5年近くもイタリアに住んでいる僕からしても、理不尽と思ってしまう時もあるが。
とまあ、いつの間にか盗品を買う僕の話題からだいぶ話がずれてしまったが、とりあえず5年間の経験からものを言わせてもらうと、僕が狙われた時、それは大体僕が油断をしていた時である。バルセロナでは普通に浮き足立っていたし、ジェラテリアでバッグを開けられた時は(この時は運良く引っ張られているのに気付いた)バッグを前に持ってきていなかった(この後、むかつきながらもかなり反省した)。また話がずれていっているな・・・。僕自身、ちょっとこれはまずい傾向なんじゃないかなと思っているのだが、正直盗品を買うことについて、僕の良心は何も口を出さない。そして、もし今日買った自転車が盗まれたら、お金がある限り、また盗品を買いにいくだろう(それで自分が盗まれた自転車があったら笑うけど)。安いとはいえ、二台も自転車を買うお金はないんですけど。これについて文句を言われたら、僕は開き直るか黙り込むしかなくなるだろう。自分で盗んでいない分、罪の意識が低いというのは感じる。
こちらに旅行に来る方々、盗む側の人たちは、本当に、僕達が想像できないくらい貧しくて、その日その日の生活がかかっているので、言い方はおかしいが、本当に本気で向かってきます。だから、盗みのテクニックのレベルも本当に高い。なので、こちらとしては過剰に注意するくらいでも足りない。旅行で来る人たちは慣れていないから、相当疲れると思いますが、短期間だけだと思って頑張りましょう。
今書いたものを読み返してみると、これって自分できちんと働いてお金を稼いだことのない人間の意見だなぁと思ってしまう。
夕方、Paycheckを見にいった。脚本家がマイノリティ・レポートと同じ人ということで、がっつり予習をして見に行ったのだが、それでもわからなかった。マイノリティ・レポートよりは理解できたのだが、この映画の様に、過去、現在、未来が複雑に絡み合ったものはイタリア語で見ると本当にわけがわからなくなる。時制の勉強をさぼり過ぎた。イタリア語には、現在、反過去、遠過去、未来の単純時制、近過去、大過去、先立過去、先立未来の複合時制と、合計8つの時制があるのだが、このうち6つが同時に出てくるような映画はとてもじゃないが整理しきれない。
記憶を消す時の描写がどうもしっくりこない。その辺の話は全く無知なのだが、記憶って破壊できるのかしら。映画の中で、2度記憶を消す場面があるのだが、1度目と2度目の記憶の消し方が違う。1度目はどう見ても記憶(もしくはその期間の記憶が保存されている細胞?)を破壊している。それも、インベーダーゲームで侵略者を狙撃する様に破壊する。2度目は破壊する描写が出てこない。これはおそらく、その後のストーリーの中で、主人公が消したはずの記憶を思い出すからだと思う。破壊してしまったら思い出せないもんな。日本語で見たらこの辺の疑問はすっきりするのかなぁ。
僕がよく行くbarがSan Babilaにあるのだが、今日はそこでちょっと珍しい光景を目にした。そこのbarでは、計3人のバリスタがいて、会計には常におばちゃんがいる。その会計のおばちゃんの旦那も時々いるのだが、この旦那はかなり感じが悪い。バリスタの3人の兄ちゃんは最近ようやく僕に話しかけてくれるようになり、気も使ってくれるようになった。おばちゃんはとても穏やかそうな人で、穏やかそうだが元気も良い。
僕がいつものようにカフェを飲んでいると、5人くらいのイタリア人の若者グループ(おそらく高校生くらい)がドカドカと騒がしく店に入ってきた。そこで、いつもナヨナヨしているゲイっぽいバリスタの兄ちゃんが、「こいつら五月蝿いから追い出そうか」と、店中に響くくらいの声で会計のおばちゃんに言った。いつもは穏やかなおばちゃんも、そのあまりにも下品なグループが気に障ったらしく、「あぁ、彼等にはここにいて欲しくないわね」と言い出した。確かにそのグループはこのbarの雰囲気にそぐわないなと僕も思ったのだが、まさかこの二人がこんなことを言うとは思ってもみなかったので驚いてしまった。しかしそのグループは全くそれに気付いてないようで、バリスタの兄ちゃんが近づいていって「ここは君たちの来る場所じゃないから出ていってくれる?他の客にも迷惑かかるからさ」と言ってもキョトンとしているだけだった。数秒の時差があって意味を理解した彼等はぶつぶつと文句を言いながら出ていった。それを見届けたバリスタの兄ちゃんが「失礼しましたー」と他の客に謝り、その後何事もなかったかのようにナヨナヨしながらカフェを作り始めた。僕は初めて遭遇したが、場所柄、結構このようなことが多いのかもしれない。
友人のpower-bookで僕のblogを見た時呆然とした。ページの色が僕の思っていたものとかなり異なったものだったからだが、それ以上に写真の感じが全く違ってしまっている。とても微妙な違いなのだが、これはちょっとショックだった。ちなみに私はi-book。
朝起きて、頭がぼーっとしているまま身体を起こそうとしたが、起き上がれない。理由はわかっていたのだが、あまりにも身体が言うことをきかないため怖くなった。身体を起こそうと努力しているうちに感覚も戻ってきた。体全体が筋肉痛になっているようだ。特に腰にものすごい痛みが走る。一気に目が覚めた。こんなことになったのは高校の時初めてスノーボードをやった次の日以来である。きちんとストレッチをしてから眠れば良かったと後悔する。
1時にdiegoのスタジオに行き、ヘトヘトになって帰ってきたのは夜中の3時だった。メインモデルは現在行われているミラノレディースコレクションのトップの方の女の子らしく、ただ単に背が高くて痩せているだけではなく、骨格がものすごく綺麗な形をしていた。顔はもちろんものすごく小さい。基本的に日本人のエキストラは彼女のバックで色々とやっていたのだが、なぜか僕ともう一人の男の子だけがやたらにきつい体勢にさせられ、明日は筋肉痛間違いなし。
今回の撮影のスタイリストはその世界ではそこそこ有名な韓国人らしく、彼女の格好を見た時点で、あぁこれはまずいかな、と思っていたのだが、やはり滑稽な格好をさせられた。それも、周りの人間もレディースの服を着るように半強制された。男性でも着れるような女性服ではなく、女性にしか着れない女性服だ。僕は普段、女性モノを着ることが多い。というのは、こちらで売られている男性服はブランドにもよるが大きすぎて着ることが出来ないのだ。しかし、それでもヒョウタンの下半分の形をしたパーティドレスなどを着るのは初めての経験だった。それも上半身裸である。そしてその格好でぐるぐる回るのだ。そう、草原(高原)で狂ったように回るハイジの様に・・・。他にはピンク色のワンピース、爺シャツとブリーフを繋げた感じのワンピース形ノースリーブパンツ(?)、最後の方でversaceの赤紫の海パンなどを着た。ちなみに今回僕らがサポーター無しで履いた水着はそのままアウトレットで売られるらしい。アウトレットで買ったものはよく洗うか、買わない方が無難であろう。
撮影について。そこに来ていた友人の日本人がDiegoのアシスタントに僕を紹介してくれた。何か手伝うことがあったら手伝わせてくれと頼むと、アシスタントのアシスタント的な仕事を任された。スタジオを箒で掃いたりだ。やはりカメラやライトには触らせてくれない。露出計を使うことは出来たのだが、もう既に人ごとの分担が決まっていて、僕が入る余地などなかった。まあ、それは仕方のないことだろう。
とにかく見ていて思ったのが、イタリア人は仕事が遅すぎる。そして、ちょっと考えればわかることをいちいち試してみないとわからない。その分時間がかかる。今回撮影が深夜まで続いたのは、半分はアシスタントの仕事の遅さのせいだろう。Diegoが指示したことを、そのままやるということが出来ず、五つのことを指示されたら、そのうち三つは忘れてしまうのだ。それでdiegoがものすごくイライラしている様子が伝わってくる。そして、それはアシスタントだけに言えることではなく、diego自身も少し考えれば無理であろうことはすぐにわかることを、指示したりする。そこでアシスタントが「ここがこうであるからどうしてもこうなってしまう。だからこうするのはどう考えても無理である」ということをdiegoが納得する形で説明できれば良いのだが、それが出来ないため(もしくはアシスタント自身もそれに気付かないため)、またそこで莫大な時間と手間がかかってしまっている。Diegoの良いところは、とても解りやすくアシスタントに説明するということだ。両手に一つずつカメラを持って、他の仕事をしているアシスタントに、イライラしながらも、とても明解にゆっくりと何故それをやってはいけないか説明する。日本人の僕でも解るような優しいイタリア語でだ。これは何人もアシスタントを抱えるカメラマンにとってはとても大切なことであると思う。自分が彼らの師であることをきちんと自覚している。使い捨てを使うような態度は絶対にとらない。そして、アシスタントや、僕らエキストラのモデルのいうこともきちんと聞いて、それについてきちんと考えてくれる。モデルが、「これは無理」と言えば他の方法をちゃんと考えて指示してくれる。diego自身、アーティストとしてだけではなく、人間としてもとてもよくできていると思う。
ただ、気分の上下がものすごい激しい。テンションが低い時は本当に低いが、高い時は本当に高い。今回の撮影でも、はじめの数時間はかなり機嫌が悪かった。それはアシスタントの仕事の遅さのせいでもあり、自分の思い通りに事が進まないからでもあり、最近の超多忙な生活のせいでもあるだろう。しかし、一度勢いに乗ってしまうとテンションはものすごく高くなり、スタジオ全体の空気も大きく変わる。後半の方は撮られる方もかなり気持ちが良かった。ギャグが飛び交ったりもして快適である。
僕がdiegoの立場であった場合、後ろの方のエキストラモデルにもしっかりした表情を作ってもらいたいと思う。それがわかっていたので、僕は本気でやった。自分が役者であるかの様にやった。一流モデルは自分がプロであることを自覚していて、トップになりたいと思っているので、本当にちゃんとやる。しかし、今回のエキストラのように、ミラノで学生をやっている日本人には当然そんな意識はない。エキストラと言えどもきちんとしたスタジオでの撮影などほとんど経験したことのないような人たちだ。そこには照れや居心地の悪さが入って当然である。Diegoがそれに多少の不満を持ちつつも、仕方ないと思っているのが目にとれた。これではいけないと思い、恥など捨てて本気でやろうと思った。そして、それがdiegoに伝わったようで、ポラロイドでの試しを見たdiegoは僕に近付いてきて「君は本当に素晴らしい」と褒めてくれた。これは単純に嬉しいことであり、それから後の撮影もノリに乗った。自分が本物の役者であると錯覚するくらいが丁度良い。次の日の午前2時に全9カットの撮影が全て終わった。もう皆ヘトヘトだったが、やり遂げたという思いは各々きちんと感じているようで、自然に拍手が沸いた。約13時間、休憩といった休憩無しのハードな撮影であった。Diegoの様子を見ると、本当に満足しているようだ。こちらとしても嬉しい。
明日、結局diegoのスタジオで撮影があるらしい。はじめは朝から夜までずっとと聞いていたのだが、どうやらメインモデルの都合でお昼過ぎから撮影スタートということになったそうだ。午前中授業があったのでどうしようか迷っていたのだが、これならば問題ない。
モデルのエキストラの話が来てから、全然必要ないのに筋トレを始めた。必要ないというのは、そんなに前面に出るようなことはないであろう、ということだ。筋トレをしてもしなくても全くなにも変わらない程度のエキストラであろう。しかし、去年の晩夏以来、中断していた筋トレを再び始めるには丁度良い機会であり、たとえ今回の撮影では全く意味がなくとも、今年の夏には意味がある。そう思っている。
去年の筋トレではなにを失敗したかというと、上半身の筋トレだけを行っていたので、上半身ムキムキ、下半身ヒョロヒョロという、かなりバランスの悪い身体になってしまったことである。実家に帰った時、母親が僕を見て、「気持ちワルッ」と言った時、初めて気付いたことだった。今年はバランスの良い身体作りをしようと思っているのだが、どうしてもスクワットなどをやる気になれない(見た目が地味すぎる)。それだったら走るが、走るにはまだ寒すぎる。というわけで、上半身の筋トレメニューを去年の半分に減らした。これならば必要以上にムキムキになることもないだろう。性格上、どうしても楽な方向に行ってしまう。そして、この様に性格のせいにするのもそれが一番楽であるからだ。
今日、先日日本食を一緒に食べに行ったヴァイオリン製作学校の友人の誕生日があり、行ってきた。dovetusaiで買ったライトはとても喜んでもらえたようだ。Giuseppinaが来ていたので、彼女とちょっと話した。人の誕生日の席なのに、お墓の話をしていた。僕が彼女に訊きたかったことは、ヘブライとユダヤの違いだが、彼女もそれについてあまり考えたことがないらしく、わからないと言った。それについてはネットで探してみよう。文字で読むより人に聞いたほうが頭にすんなり入るのだが。彼女は敬虔なカトリックなのだが、お金持ちのカトリック教徒は火葬をするらしい。普通はもちろん土葬で、腐りが遅くなるように遺体に細工をし、埋める。期間は忘れてしまったのだが後でまた墓を開け、その遺体が身に纏っているものを身内の人間に配り、それを大切に保管するらしい。それを聞いた時、正直ウエッとなってしまったが、この違いは面白いと思った。ということは、遺体に装飾品をつけて一緒に埋め、ある程度経って取り出したそれらが、お守りや思い出になるということか。フェスタの席ということもあってそれ以上は詳しく話せなかったが、また次に会った時にこの話をしてみたい。よく考えると、僕は自分の家が何宗かも知らないし、どのような段取りで葬式などが行われるかも知らない。唯一経験した四十九日に行った色々なことも何を意味するのかわからないままただ真似をしていた。これは知っておくべきかもしれない。

今日も一日中雨であった。パラパラと、細かい雨だったので、これだったらカメラ持ち歩いても大丈夫かな、とcimiteroに行った。今日は正面入り口向かって右側部分を重点的に撮ることに決めていた。その右側のエリアだけ、他の場所と空気がなんとなく違うことを、写真を撮りながら感じていたのだが、はじめはそれを雨のせいかと思っていた。しかし、墓石に6傍星を見つけた時、ユダヤだとわかった。ユダヤ教徒のお墓が集まっているエリアなのだ。撮っているうちに、かなり気に入ってしまった。僕の探していたお墓はこんな感じだと、雨の良い雰囲気も手伝って、撮りまくる。傘をさしながら撮るというのは当たり前だが難しい。名も無い墓がたくさんある。生まれて16か月の時に誘拐され殺された女の子の墓があった。カトリックのお墓は墓石に名前が書いてあるだけのものがほとんどだが、ユダヤ教のものは違って、その人が何をしていたかまで彫り込んである。「世界一の医者」だとか、「正義の弁護士」だとか、そんなのが多い。面白い。
またドイツ人とすれ違った。今度は団体ではなかったが、夫婦らしい二人で、デジカメで写真を撮っていた。こんな雨の日にまでお墓に来るとは、ここはドイツでは有名な墓地なのだろうか。
昨日は結局一日中雨が降っており、その雨は昨夜の9時にみぞれになった。今は日にちが変わって午前1時半なのだが、みぞれが雪になっている。結構激しい。町の温度計はマイナス1度。湿気のせいか、12月の寒さほどきつくは感じないが、やはり寒いものは寒い。車などには雪が軽く積もり始めている。30cmほど積もってくれないだろうか。
イタリア人とメールのやり取りをしていて本当に疲れるのは、彼等が全く改行というものをしないことである。文章の内容が変わっている部分でも改行しない。これは僕がメールのやりとりをしている約5人中4人のイタリア人(年齢的には22〜26まで)に言えることである。日本語でも改行していないと読みにくくて仕方ないのに、全部アルファベットで出来ているイタリア語でそれをしないのはこちらからすると本当に困る。そして、さらに厄介なのが、大文字を使わない人達である(ほとんど使わないんだけどね、こっちの若い人って)。全部小文字で、さらに改行もしていない(町や国名は大文字で書くのだから、文章の最初も大文字使おうよ、と)。それが20行ほど続いているのを見ると、読む気が失せる。せめて文章と文章の間に1スペースくらい入れて欲しいものである。それだけで全然違うんだが。たまたま僕がやりとりしているイタリア人が文章の書き方を知らないだけなのだろうか。とにかく目と頭が痛い。
お酒を飲むと、眠れなくなる。眠れたとしても、最長2時間ほどで起きてしまい、その後まったく眠れなくなる。というわけで、3時くらいに起きてしまった。寝ようとどんなに努力しても、目は冴えていく。それはわかっていたので、しばらく布団の中で本を読み、それに飽きると布団から出てパソコンを起動した。パソコン机の脇にある窓から、いやに冷たい空気が入ってくる。外を見ると、なんと雪が降っていた。それも、結構大粒の雪である。2月も半ばを過ぎたのに、まだ雪が降るなんて。おそらくこれが今冬最後の雪と思われるが、このレポートを書いてる間にも、どんどんと雪足が強くなっていく。ベランダに軽く積もっていっている。興奮してしまった。撮るしかない。

昨日Cimiteroに入ることが出来なかったので、今日改めて行ってきた。ぷよの墓がどうなっているのか、かなりドキドキしていたのだが、予想外に、全くそのままであった。荒らされてもいないし、地面に挿してた向日葵も、花は萎んでしまっていたが倒れてはいなかった。新しい向日葵を挿し、水をあげ、とりあえずお参り完了。きちんと土に還ってくれたようで嬉しい。今日はそれまでと違い、空が曇っていたので、また違う雰囲気が流れていた。やはり太陽が出ていない時は100だときつい。400を持ってきておいて良かった。こちらのお墓はそれだけで芸術作品といえるものが多いので、写真を撮るのが難しい。多分日本の墓地を撮る方が撮りやすいであろう。石像などをそのまま撮ったところで何の面白味もないわけで、しかし一部分だけ撮ってその時のそこの雰囲気を出すのも難しい。
写真を撮っていると、団体が向こうの方から歩いてきた。まさかとは思ったが、やはり観光客だった。ドイツ人だ。お墓巡りがツアーのプログラムに組み込まれているというのは面白い。日本では考えられないだろう。確かにこのCimitero Monumentale、ミラノの有名人や貴族などのお墓が結構多いらしい。墓地のところどころに看板が立っていて、有名人であろう人の墓の場所が示してある。全部読んでみたがひとつも知っている名前はいなかった。
学校からトラムに40分近くも乗ってCimiteroに行ったのだが、月曜日ということで一日中閉まっていた。墓地まで休むのか。今日が命日の人の親類などはどうするのだ。こちらではそこまで大した問題ではないのだろうか。
日本の新聞に、「中田のボローニャ、10人でも同点」と、また甘ったれたことが書いてあったが、今の順位からして、一人も退場者など出さずに、もしくはたとえ10人でも勝ち点を得るべきだったと考えるのが普通であろう。positive過ぎるぞ、日本のスポーツ界。
夜、ミラノでヴァイオリン製作学校に通っている友人とその学校の友達数人と一緒に、バレンタインデーというのは全く関係なく夕食に行った。男4対女1ということで、ジュゼッピーナという僕と同じ歳の女の子的にはちょっと可哀想な集まりだった。日本食が食べたいというのでPorta Venezia近くの日本食レストランに行った。今月本当に金がないので日本食はきつく、行っても安いもの頼んで軽く済ませようと思っていたのだが、バレンタインデーということで、バレンタイン特別メニューしかなく、豪華な分、値段も結構いってしまった。まあ仕方ない。みんな日本食を日本人と食べるのは初めてらしく、色々と質問された。こういう時、僕にとって一番困る質問が、”箸の持ち方”である。僕は箸を正確に使えない。自分の食べやすい持ちかたで慣れてしまっているため、正確にはどう持つのかもほとんど忘れてしまっている。直さなくてはならないと思いつつ、ダラダラ今まで直していない。それでもなんとか見た目だけは教えた感じで、みんなとりあえず満足してくれたようだった(こういう日本人が外国人に対して無責任な発言をどんどんしていき、イメージを偏ったものにしてしまうのだろう)。5人中4人が寿司・天ぷら定食という、ちょっと違うんじゃないのそれ、と思わず突っ込みたくなるようなメニューを頼んだ。一人は食べ始めて2分ほどで箸に根をあげフォークを頼んでいた。寿司は手で食べてもオッケーよ、と言ってやると、「それを早く言えって」と手で食べ始めた。全く抵抗はないようだ。そこでジュゼッピーナが驚くべき行動を起こす!寿司の皿の真ん中に乗った、小指の第一関節ほどのワサビの固まりを箸で掴み、醤油に少し浸してそのままそれを口に運んだ。僕は慌てて「No!」と言い、やめさせた。「それ、すごい辛いから、ちょっとだけ箸の先につけて食べてごらんよ」と味見させてみると、泣いていた。食べたものの中で一番評判の良かったのが米のジェラートで、僕にはどう考えてもバニラアイスクリームに米粒を入れたに過ぎないものだった。
日本食屋を出たのが12時半頃で、これから飲みに行こうということになった。近くのラテン系barチェーン店に入る。バレンタインデーということでやはりカップルが多いが、男だけで来ているグループもいくつかあった。みんな日本食レストランでかなりの量を食べたので、まったりしているようだった。一時間ほどそこで他愛もない会話をし、解散した。次はブラジルディスコに行こうと約束する。
2時間ほどしか眠れなかったのだが、朝起きて風呂に入り出掛ける準備をする。写真家のDiegoが日本人のエキストラを探しているので良かったら来てみない?とアシスタントから誘われた。全部で約20人ほど募集したいらしいのだが、そんなに来るのだろうか。Diegoのスタジオに行くと、モデルが二人ほど来ていて写真を撮っている。モデルがコスチュームを変えている間にデジカメで僕の顔写真と全身を撮る。今日はこれだけ。選ばれれば23日にきちんとした撮影がある。今日のDiegoは見るからに機嫌が悪く、挨拶もろくに出来なかった。アシスタントの友人が言うには、これからものすごいハードなスケジュールが組まれているらしく、そのせいではないか、と言っていた。多分理由は他にもあるだろう。しばらく彼が撮影しているところを見学させてもらう。彼はとにかく地面スレスレで写真を撮るのが好きらしい。気持ちはすごくわかる。

友達の誕生日が近いため、プレゼントを探しにdovetusaiに行ってみた。約2か月ぶりに行ったのだが、思っていた以上に新しいコレクションがたくさんあって楽しめた。分厚いガラスに四角い凹みができていて、そこに小さな写真をはめ込む可愛い写真台。それ自体が花であるかのように形作ったガラスの花挿し。値段は誕生日プレゼント、僕の今の経済状況、両方から見ても丁度良く、このどちらかにしようと思う。この店、意外なものが洒落にならないほど高ければ、意外なものが驚くほど安かったりするので、店員さんを呼んでどんどん質問してみるしかない。店員さんはとても親切でナヨナヨしている。
眠れません。
枕元に置いてある、ぷよが住んでいた籠から何も音がしない。当然だが、静かであることがこんなに気になるとは思ってもみなかった。埋めた家以外はまだそのままになっている。餌の入った陶器もそのまま。水の入った容器もそのまま。敷き詰めてある砂もそのまま。もう持っていたって仕方がないんだけど・・・捨てられるわけないよなぁ、そんな簡単に。かといっていつまでもとっておくとずっと未練みたいなものを引きずりそうだ。未練。
いなくなって初めて思い知ることが多すぎる。今回のぷよの死に限らずね。決していなくなってからじゃないと気付かないことではないと思うのだが。まあ、こういうことは考えられる時にできるだけ考えておいた方が良いな。
ここも本当に久し振りなのだが、Fresco Artというbarに行った。ここは僕の家から歩いて20分ほどのところにあるとてもオシャレなbarで、昼間は普通のbar、お昼ご飯として6品ほどパスタなどがあり、値段は普通でなかなか旨い。夕方からアペルティフ、そしてそのまま深夜までお酒を飲むことができる。客層としてはファッションやデザイン系の学生、そのような世界の社会人も多い。選曲はお世辞にも良いとはいえないが、店の雰囲気や使用している食器などはなかなか可愛い。今日ここに来たのは夕方よりも少し早い時間で、カプチーノを頼んだ。ミラノでは美味しいカクテルを出すところがほとんどない。カクテルの質や量でいったら日本が一番だろう。こちらのカクテルは、全てそれを作るバリスタのその時の気分で味が決まる。客が多かったりして忙しくなっている時など最悪で、アルコールとジュースの割合が滅茶苦茶になる。同じ店に行って同じ品を同じバリスタに頼んだのに、前回と全く味が違うということが普通だ。

朝起きるとやけに目が痒い。鏡で見てみると、両方の白目の内側だけが真っ赤に充血していた。外側は何ともないのに、一体どうしたのだろう。寝ている間に擦ったのだろうか。夜になってもいっこうに引く気配がない。何か変なものでも触った手で擦ったのだろうか。思い当たる節はない。多分ない。明日になっても症状が軽くならないようであれば薬局で目薬を買ってこよう。こっちの石灰が含まれすぎな水の中で目をぱちぱちさせるのには抵抗を感じる。
朝8時に目覚ましが鳴った。昨日、結局寝付けたのが5時くらいになってしまったので、3時間ほどしか寝ていないことになる。確かに起き上がるのが困難ではあった。窓から外を見ると、限りなく赤に近いオレンジ色の朝日がベランダの木製の柵をこれでもかっていうくらいに照らしつけている。ホッとした。すぐに風呂を沸かし、ゆっくりお湯に浸かって身体を洗った。風呂から出ると、もう空はすっかり青くなっていた。今日も本当に良い天気になりそうだ。小さな紙袋に、ぷよの死骸の入った黄色いプラスチックの家、スプーンとフォーク、そして「ぷよ 3歳」と、平たくなっているところにマジックで書いた墓標代わりの木ベラを入れる。カメラと紙袋を持って家を出て、久し振りに下のBarでクロワッサンとラッテ・マッキアートを飲んだ。今日はここ最近で一番陽射しが強い。しかし空気はまだ多少冷たく、片方のポケットに手を突っ込んで12番のトラムに乗った。20分ほどトラムに揺られ、Cimitero Monumentaleの前の停留所で降りる。Cimitero前にある花屋さんで、小さな向日葵を一輪買った。中に入る。

前回写真を撮りにきたのは午後3時くらいだった。やはり午前中は少し雰囲気が異なる。午前中もやはりお墓参りにくる老人は何人かいて、散歩をしている若者も見えた。陽射しがいくら強くても、やはりそこには午前中的な空気が満ちている。カラスに混じって小鳥が鳴く。正面入り口から入り、そのままずっと奥まで歩いていく。ある程度奥まで行き、周りに誰もいなくなったところで、大きな木の根元に丁度良いスペースを発見した。方向的にも結構陽の当たっている時間は長そうだ。ここに決めた。バッグを近くに置き、スプーンを取り出してちょっと地面を掘ってみる。容易にとはいかないが、なんとか掘れそうな感じだ。怪しまれても面倒なので、周りを気にしつつ、少しずつ掘っていった。掘っていると、途中で石に当たり、ガチンと音がする。しかし、全て小石なので助かった。途中、お墓参りに来た中年女性が僕の近くを通ったが、あまりこちらを気にしている風でもなく、さっさと向こうに行ってしまった。そして、先程入り口付近で見た散歩に来たらしい女の子も近くまで来たが、僕に気付いてかどうか、これもまたすぐに何処かに消えた。10分程掘ったであろうか、やはりスプーンでは無理があったが、なんとかぷよの家がスッポリ入るくらいの穴は空いた。
穴の中に入れる前に、もう一度家の蓋を外してコットンをどけ、ぷよを見た。心無しか、昨日見た時よりも随分小さくなっているような気がする。綺麗だった毛並みもかなり痛んできているようだ。最近温かかったせいか、かるく腐臭もする。全ての動作が終了しただけで、こんなにも早く変わり果ててしまうのだ。
蓋をきちんと閉め直して穴に入れ、土をかけ、軽くならした。できるだけ掘った形跡を残さない様にうまく枯れ葉などを敷き、木ベラの墓標を傍に挿した時点で、「これじゃあせっかく判りにくく埋めても意味ないな」と気付いた。まあでも、墓標がないのも寂しいからと考え直し、買った向日葵も横に挿した。近くの水道から水を持ってきて、少しだけ向日葵にかけてやった。時々お参りに来よう。そう決めた。
ぷよを埋め終えて、また少し墓地内を散歩した。写真も撮った。一度花を手向けるということを経験すると、墓を撮る時の姿勢が変わる。気持ちも変わる。そして、写真も微妙に変わるのだということに気付く。
ぷよが死んだ。死んだ時間はわからない。ぷよが家から出てきたのを最後に見たのは土曜日だった。だから、その後すぐに死んだのかもしれない。いつも寝ているので今日もどうせ寝ているのだろうと思っていた。スパゲッティを茹でたので、一本やろうかと、いつもの様に持っていってやった。ぷよの家には、寒くないようにとコットンが詰めてある。いつもなら、家に空いた穴からフーッと息を吹き入れてやれば眠そうな顔をしてモゾモゾ出てくるはずだった。そして、スパゲッティだとわかるとすごい勢いで飛びついてきた。しかし、今日はいくら息を吹きかけても動く様子もなかった。その時点で、死の予感はしたのだが、まず信じたくなかった。家の蓋を開けて、死んだプヨを確認するのが怖かった。ただ単に、起きるのが面倒で無視していて欲しかった。蓋を開けて、コットンをどかすと、そこにプヨが目を閉じて横たわっていた。指でお腹を軽く押してみた。全く反応がなかった。完全に死んでいた。ごまかせないほど確実に、死んでいた。約3歳だった。あまりにも短過ぎる人生だ。短い上、人間に飼われるだけの人生だ。こんなに小さな巣の中で過ごさなくてはならない人生って、一体なんだ?幸せを感じることができるのか?ぷよは死ぬ時、苦しんだのか?こんなに短いこいつの人生を、僕は良いものにしてやれたのか?良いものであったらいいなと思うが、そんなものは僕自身を納得させるだけのエゴでしかない。明日、あの美しいcimitero monumentaleに埋めてやろう。陽の当たる、大きな木の下が良い。僕も彼女も、ぷよには本当に助けられた。疲れてたり、辛かったりした時、何度も何度も癒してくれた。そんなイケてる生き物が、たった3年で死んでしまう。
静かになるなぁ、これから。

去年の暮れくらいから、また僕の中のPUNK・HARD ROCK的な欲求(?)が沸々と湧いてきていた。PUNKな歌詞に傾倒しているわけではなく、僕が餓えるのはあくまでもメロディに。しかし、MTVを見ていても(MTVなんかでその辺のジャンルを求める時点で間違えているのだが)心を動かされるバンドは皆無で、かなりそういう意味での欲求不満は溜まりに溜まっていた。そういう時に、ムネさんにThe DistillersのCoral Fangを貸してもらえたので助かった。このバンドはRANCIDのギター&ボーカル、Tim Armstrongの(元?)奥さんのBrodyがボーカルをつとめる3人組のバンドで、RANCIDほどシンプルにかっこいいわけではないが、メロディはとても似ていて、かなりハマる。ムネさんに聞いて初めて知ったのだが、PINKの曲の多くはTimがプロデュースしているらしい。そりゃかっこ良くて当然だわ。
自分の中では常にボサノヴァやジャズを聴いている人間にはなりたくないっていうのがある。ハードなことに餓えを感じるというのは、苦しくも気持ちが良い。
PUNKに興味がある人はEpitaph Recordsへ。ここが出しているPUNKなオムニバス、"Punk-O-Rama"は今vol.8まで出ているが、vol.1~vol.3が特にお勧めでございます。
ムネさんに借りたCDを返しにCorso Como 10に行った。店に並んでいるコレクションは全て2004年春夏のものになっていた。john gallianoのものすごくカッコ良いボタンダウン・シャツがあった。かなり絞ってあるもので、身体を鍛えて着るとかなりクールになるだろう。というか、彼はとにかく自分に似合う服を作るので、かなり癖が強い。そして信じられないほど高い。シャツ一枚で8万円はあり得ないだろう。セールで半額になっても買う気がしない。
長嶋有の「ジャージの二人」を読んでいる。やはり僕はこの人の文章が好きだ。とても素直な文章なので、こちらもとても素直に読める。言葉選びや間に好感を覚える。まだ全て読み終わっていないのだが、はじめの方で廃校になった小学校での描写がある。さすがに表現力があり、頭に容易にその風景を思い浮かべることができる。僕が小学5年生までを送った小学校の校舎を思い出した。もう開校してから130年以上が経っている古い小学校だった。小学生の頃の僕が歩くだけでギシギシと軋んでいた、黒ずんだ木の廊下はまだあるのだろうか。もしかしたらもうマテリアルが変わってしまっているかもしれない。なぜか天井にくっついていた巨大な方位磁石(おそらく方位磁石)もなくなっているだろうか。普段はきちんと南北を指していた針が、何かのきっかけでグルグルと回りだすことがあった。あの時は本気で怖がったものだ。次に日本に帰った時にあの小学校に行ってみよう。できれば見学させてもらい、写真を撮ってみたい。しかし、この危ないご時世ではたとえ昔通っていた生徒だとしてもそれは無理なのかもしれない。
現像所のアンドレアって一体何歳なんだろうか。見た目は30代前半である。暇があったら見てみてよと、ラスト・サムライを勧めてみたのだが、「一人で見に行くのもなんか恥ずかしくないか?一緒に見に行く友達いないんだよなぁ」と言っていた。本当に毎日現像所に閉じ籠りっぱなしなのだ。完璧なるヒキコモリである。まあ、彼の場合仕事であるから仕方ないのだろうが。僕が一緒に行っても良いのだが、さすがにあの映画を4回も見ようとは思わない。彼女もいないんだろうなぁ。とても良い奴なので(ちょっとおたくっぽいが)、誰か良い相手が見つかればいいのだが。
久し振りにマク○ドナル○ドに行った。僕はマ○ックかバー○キンといったらどちらかといえばバーキ○ンによく行くのだが、最近食費削減しているので外食自体久し振りのことだった。僕はいつもこのようなファーストフードでは鳥系を食べていたのだが、今回は牛を食べた。東洋人がこの時期に鳥系を頼む事が、なぜか滑稽な気がしてしまった。しかし、その時はすっかり忘れていた。アメリカでBSEが流行っていることを。ヨーロッパ各地で狂牛病が流行った時、確かマクド○ナル○ドはアメリカ産牛肉を使っているので心配ないと言っていた。ということは、今はかなり危険だということではないか。しまったー。
それにしても、久し振りに牛肉を食べると、なぜか意味のない闘争本能が沸き上がってくるのはなぜだろう。闘いの味がする。
dovetusai
僕が知るミラノの店で、一番洗練された雑貨セレクトショップである。僕はここで、映っている人間をとことん褒めちぎる鏡と、2つに別れた時計を買った。とことん褒めちぎる鏡はイタリア語、英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、日本語があり、日本語で見るとつい笑ってしまう。値段はちょっとお高いものが揃っているが、持っていると友人に見せた時、感動されるか笑われるかするものが多い。「dovetusai」とは、正確には「Dove tu sai」、”あなたは何処だか知っているか”という意味で、文字どおり本当に店の場所が分かりにくい。僕も友人に3回ほど連れていってもらってようやく覚えることが出来たが、いつも決まった道を通らないと辿