31.01.04

毎年恒例

 昨日Corso Comoで飲んでいる時点で鼻水が止まらなく、おかしいなぁと思っていて、寝る時には鼻にティッシュを突っ込んで寝たのだが、今朝起きたら喉にかなり痛みを感じ、汗びっしょりになっていた。今冬はイタリアに来て初めて、風邪をひかずに乗り切れるかと淡い期待を抱いていたのだが、やはりひいてしまったらしい。まだ熱は感じないので良いのだが、周りの風邪人たちを見ていると(見える場所にいる時点でうつる可能性は大だったのだ)、これからもっと酷くなる恐れがある。昨日のBarではミラノのブラジル領事館で働いている二人の女性が店員をやっていて、明日の日曜日に、あるディスコテカでブラジル人のフェスタがあるのでおいでよ、と誘われた。ヴィヴァサンバ。是非見てみたいと思ったのだが、どうだろうか。とりあえず風邪薬を飲んだ。治れー。

30.01.04

Corso Comoで飲み

 珍しくCorso Comoに飲みに行った。場所によって客層が全く違うので面白い。Corso Comoゾーンはお金持ってそうなお洒落さんが多い。カクテル一杯の値段もちょっとお高めである。

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晴天

 今日は天気が良かった。気温もあの雪が降った日とは比べ物にならないほど暖かくなってきている。このまま春に突入してもらいたい。コートの中に服を何枚も着込むのは汗症の僕にとってはちょっときつい。

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29.01.04

愛のメール

 クリスティアンから熱烈な愛のメールが届いた。やっぱり僕とどうにかなりたいらしい。彼の書いてくることは本当に女の子のようであり、気持ちは嬉しいのだが遠慮したい。というか、どう見てもお前と俺はどっちも掘られる方だろう、と思うのだが。同性愛者のセックスってその辺あまり関係ないのだろうか。「やってやられて」なのか?これが女の子だったらなぁ・・・。

アンドレア

 夕方、溜まったB&Wのフィルムを持って久し振りにアンドレアの現像所に行った。最近全く僕が来ないのでもう日本に帰ったと思っていたらしく、歓迎してくれた。久し振りだったのでいろいろ話した。彼は相変わらずだった。で、最近良くないとは思っているのだが半分口癖になってしまった物価の上昇とユーロの上昇について僕が愚痴を始めると、「じゃあサービスしてやるよ」とアンドレアが軽い感じで言ってきた。僕ははじめ冗談だろうと思い話を進めていたのだが、どうやら本気だったらしく、2割ほど安くしてくれると言う。僕は全くそんなつもりはなかったので、「いやいや、それは遠慮するよ、アンドレアだって仕事だしさ」と慌てて言った。そこでまたアンドレアが「大丈夫だって、気にすんな、日本人の客はお前が初めてだしもう結構付き合いも長いしな」などと切り返してきて、しばらく押し問答が続いたが、彼は一度言ったことは絶対に曲げない主義なので、結局サービスしてもらうことになってしまった。もう感謝してもしきれない。とは言っても、イタリア人というのは無理して大きいこと言って、大体後でちょっと後悔するに決まっているので(そういうところがイタリア人の良いところなのだが)、支払いの時にちょっと多めに払うつもりではある。2割はばかにならないだろう。次に来る時には何かお土産を持っていこう。

piccoli giapponesi

 今年も日本の卒業シーズンが始まったらしく、朝学校へ行く時にDuomo脇を通ると、若い女の子が何十人という集団で固まっている。なぜか、年々日本の女の子がどんどん小さくなっていっているように見えてしまう。今年なんてもう小人である。しゃがまないと話せないくらいの勢いだ。まあ、これはかなりオーバーだとは思うが、本当に小さい。

un muro con una signora

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27.01.04

3冠

 Lost in translationが3冠だという。主演男優賞はわかる。謎なのは脚本賞だ。そんなに脚本が面白いとは思わなかったのだが。一緒に見に行った友人が、いつもは見終わった後にBarなどに行って鋭いことを言ってくれるのが、この映画に限ってはクソ映画と一言で切り捨てていた理由はおそらく、日本人を馬鹿にするような描写があったからではないか。というのは今回の3冠の記事を読んでいて初めて気付いたことなのだが。確かに日本人の背の低さをあからさまに表現しているシーンや、英語が全く喋れないことを皮肉ったシーンもあった。でも多分ソフィア・コッポラは意識的には日本人を馬鹿にしようとしていない。むしろその辺のことは何も考えてないんじゃないか。多くのアメリカ人というのは何も考えずに人を不愉快にさせる人種である。たとえそれが自分の好きなものでもである。おそらくアメリカという国の環境がそうさせるのだとは思うが、この辺はもうどうしようもない。まじめに取り合うだけ無駄である。腹を立てるだけ無駄。これは何度かアメリカ人相手に、例えば戦争についてなどでも良いのだが、ディスカッション(まあ実際はディスカッションというにはお粗末な程度なのだが)してみれば判ることで、「のれんに腕押し」ってこういうことを言うのかぁ、と僕も感じたことがある。

値段

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 ダメだ。やはりこちらはフィルムが高い。1ユーロ100円だったら普通の値段なのだが、1ユーロ130円以上になるともうシャレにならないほど高い。ミラノで一番大きく、一番安い店で学生割引で買っても高すぎる。高いのはフィルムだけじゃない。ポジを入れるためのファイルもあり得ないくらい高い。そして、こっちの場合、ネガでも高い。日本のように消費期限が近いものを無料でくれたりはしない。

26.01.04

季節外れの雪

 今日もいつものように、さっぱりわけの解らない講義を、窓の外を眺めながら聞いていると、雪が降ってきた。まさか一月も末になって雪が降るとは思ってもみなかったので、はじめは埃かと思っていたのだが、どうやら本物の雪らしい。どおりで寒いわけだ。雪はそのまま段々と大きな粒になっていき、家に帰ってきた今も結構な勢いで降っている。つもるほどではないが、やはりミラノに降る雪は美しい。陽が沈む頃にはすっかり消えていた。

  クリスティアンから携帯にメッセージが届いていた。届いた時は全く気付かず、夜家に帰ってきて気付いた。また中華街の食材屋にいるらしい。まあそれは良いとして、その後に、「君のことを考えていた」というフレーズが書いてあって、これをどうとるか、かなり微妙なところある。軽く感じてはいたのだが、やはり一昨日のはナンパだったのか?まあ、どうにでも取れるフレーズではあるのだが、相手が相手なので、慎重になってしまう。二人で会うのは止めた方が良いかもしれない。

タイトルのところに写真うめてみた。

よっしゃ。・・・んー、写真ちょっとでかいかな。とりあえず今日はここまで。まずい、時間がない。風呂入ってる時間がない。こういうの、始めちゃうと時間忘れるんだよなぁ。やはり日本で書籍買ってくればよかったな。

LINKを貼ってみた

なるほど。一行空けたい時ってテンプレート上でそのまま一行空ければ良いのかと思っていたらそうでないのね。打ち込み打ち込み、ひたすら打ち込み(実際はコピペなわけだが)。面白いわぁ。別に一行空けでも良いじゃんね、とか思うが、ダメなんだろう。

poste italiane(イタリアの郵便局)

  イタリアの郵便局のサイトを見ていて驚いた。まあ、そんなに驚くことではないのかもしれないが、カテゴリーの欄がスクロールにあわせて移動するのだ。邪魔な時は本当に邪魔だが、こういうのは初めて見たのでちょっとびっくりした。これは使える。が、僕には使えない。

 こちらから日本に送る場合、早ければその週に届く。日本からこちらへ送ってもらう場合、2週間近くかかる。

私のGAME事情

 友人に、マックでもできる信長の野望を貰ったのでやってみたのだが、説明書もないので、何をすれば良いのかわからない。いきなり周りの城に攻め込んだら勝てるものなのか?商業を潤しておけば後で収入があるのか?などなど、結果が出るまでに大層な時間が掛かるので、途中で止めてしまった。知人が置いていってくれたプレステで、FF7や俺の屍を超えてゆけなども以前やってみたのだが、難しい。おそらくゲームばかりやっていた中学の頃ならば、すぐに馴染んでクリアもできるのだろうが、なんせこの世界から離れた時間が長すぎた。かなりのレベルで最後のボスまで行ってもいっこうに倒せないことが多々ある。おそらくPS2のソフトなど、何も出来ないんではないか。ドラゴンクエストはうまく出来ているのでクリアできそうなものだが、FFはもう無理だろう。すぐに完全攻略サイトなどに行ってしまいそうだ。日本に帰ってゲーセンに行ってみても、僕の知っている格闘ゲームは1つもない。昔ちょっとハマったビーマニなどはいまだにあるのだが、信じられないほど難易度がアップしているようだ。人前では恥ずかしくてできない。僕に丁度良いのは、太鼓を叩くゲームか、マージャンである。UFOキャッチャーも昔に比べて格段にレベルと値段が上がっている。中学生の頃は自称UFOキャッチャーの神で、大体百発百中ゲットできていて、それを商売にしていた時期もあった。3つ一気に取れたこともある。しかし、最近の200円キャッチャーは難しい。人形が重くてキャッチャーの握力がない。とりあえず持ち上げようと思っても持ち上がらず、何度かに分けて転がしていくしか出来ない様になっている。ゲーセン側は、うまい戦略を見つけたものだ。

まずい

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まずい、まずいぞ。しばらくテンプレートを弄っていなかったらほとんどすべて忘れてしまっている。

25.01.04

パネットーネ

 今、パネットーネが安い。パネットーネは、クリスマスに食べる巨大なパンケーキだ。毎年クリスマスが過ぎると余った分を安売りする。半額以下になり、あんなに大きな(サッカーボールくらい)パンケーキが300円だ。朝食や、小腹が空いた時などにはちょうど良いのだが、カロリーがかなり高くて、食べ過ぎると肌が荒れる。

大阪

 大阪にあるイタリア領事館のVISA部署で働いている中に、有名な日本人女性がいた。とにかく仕事自体をストレス解消の場にしてしまっている女性らしく、その人に泣かされたイタリア留学や労働希望の日本人はたくさんいるという。イタリアの語学学校などでも有名らしく、Visa申請のために必要な入学許可証をもらう時、申請は東京か大阪かと聞かれ、大阪だと言うと、本当に気の毒だという顔で、「お気の毒にね」なんて言われるらしい。実際に経験した人に聞くと、本当に理不尽だ。あれは絶対に直接みた人ではないとわからないらしい。最近、その女性が誰かから訴えられてクビになったらしい。僕の大阪寄りの友人が、本当に嬉しそうな声でそう言っていた。「何したんだろうね」と僕が訊くと、「どうせ名誉毀損か何かでしょう」と彼はサラッと言っていたが、実際話を聞いていると、今まで名誉毀損で訴えられなかったのが不思議なくらいの人だったのだ。自業自得である。

ネクロマンティック

 日本に帰った際、前々からIkedaさんに勧め(?)られていたネクロマンティックという1987年のドイツ死姦DVDを買ってきた。新宿のTSUTAYAで、タルコフスキーのDVDと一緒に買ったのだが、女性の店員さんがなぜか死姦DVDの時だけ万引き防止の装置を外すのに妙に手惑っていて、やはり動揺させたのかと、こちらもドキドキした。松浦亜弥かなにかのPVと一緒に買うのが良いのかもしれない。ここから先は、かなり下らない話になるので、大体想像できると思いますが、見たくない人は飛ばしてください。不愉快になられても困りますので。一応、15禁です。

 低能な話で申し訳ないのだが、私、こちらのアダルトビデオなどには全く興奮しない。こちらのアダルトビデオといっても、大体がドイツとかアメリカとかのビデオになるのだが、喘ぎ声がダメなのだ。引いてしまう。イタリア人の喘ぎ声は比較的日本人のそれに近いらしく、私も生でいつか聞いてみたいなぁ、と思いながら早4年以上も時が経ってしまっている。こちらの女性達、宗教関係で、見た目以上にガードが固い。
 で、喘ぎ声とは全く関係ないのだが、私、日本に帰ると知人に頼んでちょっとしたジャパニーズアダルト動画をいくつか戴いてくる。去年の夏、その知人が「ちょっとこれ見て感想教えてくれ」とあるCD-Rをくれた。一体なんなのか、いくら訊いても教えてはくれず、家に帰って見てみると、それは汚物系であった。私、実生活ではもちろんのこと、動画としても汚物系を見るのは初めてで、その時はやはり耐えられなくなってすぐに見るのを止めた。なぜ耐えられなくなったのか、それは私がその時自分を慰めようとしていたからである。汚物好きではない人間が、汚物を見て自分を慰めることなどできるはずがない。そう思い当たった私は、「それでは、1つの新しい世界への冒険として、あの映像を見てみよう」と、急に鑑賞意欲が湧いてきた。
 みなさんは、自分のお尻の穴から糞が出てくるところを、真近で見たことがあるだろうか。ほとんどの人がないだろうと思う。それはそうだ。体勢的にもかなり難しいであろうし、誰も好き好んで自分の脱糞風景などじっくり見ようとは思わないだろう。それに、前屈みになって見たとしても、あまり感動的なものにはお目にかかれない。背中側から見ると、これがまたよく見えるのである。便器ぎみの時などは、内臓が見えてしまっている。ちょっと信じられないような動きを見ることが出来る。エイリアン的だ。僕は約1時間あるそのビデオを、時間も忘れてただ見続けた。絡みの部分は早送りし、脱糞風景、そして、嘔吐の風景だけを見続けた。嘔吐。これがまたすごい。というか、この作品に出演していた嘔吐プロの女性がすごい。涼しい顔して、吐く吐く。これでもかっていうくらいに吐く。脱糞を見た時は目を丸くしていたが、嘔吐を見ていた時はずっとしかめっ面であった。慣れればあんなに簡単に吐けるものなのだろうか。飲み過ぎた時にもあれだけ簡単に吐くことが出来ればどんなに楽なことだろう。嘔吐促進剤みたいなものを使っているのだろうか。
 というわけで、汚物作品で予想以上感動した僕は、「次は死姦だな」とずっと思っていた。もちろん偽物であるとわかっているから見れるのであって、本物など想像もしたくない。そして見てみたのがネクロマンティックである。ものすごい期待して見てみたのだが、全然ダメ映画であった。確かに死体は細部までよく出来ていると思うし、目を背けてしまう部分もないではない。しかし、最も重要な絡み部分がどうしようもない。死体と行為を行っているのが全然伝わってこないのだ。変に美しく撮ろうとしてしまったのか、行為と雰囲気と音楽のバランスが滅茶苦茶だ。死姦が問題視されたはずの映画なのに、どうして絡み部分をあそこまでぼやかせてしまうのか、理解できない。フィルムを焼き捨てるほどの映画ではない。あれだけリアルに作った偽死体がもったいない。

24.01.04

クリスティアン

今日、廃れた中華街にある日本食材店に買い出しに出掛けた。店で食材を物色していると、後ろから「ねぇねぇ」と声が聞こえた。はじめは僕に呼びかけているのではないと思いそのまま物色を続けていたのだが、どうやらそのイタリア人の彼は僕に話しかけていたらしい。僕の持っていた、スパゲティにかける明太子ソースを指差し、「これ、なんだい?」とナヨナヨ身体をくねらせながら聞いてきた。思いっきりゲイでした。パスタにかけるインスタントのソースだと教えてあげると、「すごいなぁ」と感心していたが、何がすごいのかわからなかったので僕はそのまま物色を続けた。とりあえず彼は僕と話したかったらしい。そのあとも色々と話しかけてきて、いつの間にか電話番号を交換していた。素晴らしい話術だ。相手に考えさせる暇を与えない。ナンパのテクニックとしてはかなりレベルが高いんじゃないだろうか。彼は広告代理店に勤める広告デザイナーらしく、僕が写真を勉強していると言うと興味を持ったらしい。いつか機会があったら電話するよ、と言ってきた。何の機会だと思いながら電話番号を教えてあげた。その時は彼の独特のテンションについていくのが億劫だったので、「今度飲みでも行こうよ」と僕から誘ってそのまま別れた。向こうから連絡がこない限り会う気はない。広告に日本人を起用したかったのだろうか。彼はクリスティアンと名乗った。クリスティアーノじゃダメなのか?と突っ込みたい。

ヘルムート・ニュートン

が交通事故で亡くなったらしい。ちょっと驚いた。交通事故で亡くなるなんて思いもしなかった。

久し振りに極寒

 もうとっくに寒い冬は終わったと思っていたが、今日は久し振りにやけに寒かった。それも、こういう日に限って手袋を家に忘れてしまい、かなり痛い目を見ることに。マフラーや手袋などは、それを付けるだけで全く体感温度が異なる。

21.01.04

Lost in translation

 夕方、友人と一緒にSofia Coppolaの新作、Lost in translationを見に行った。自宅のすぐ近くの映画館でやっていたのだが、僕はここの映画館には一度も行ったことがなかった。イタリアのある新聞に、今現在上映されている映画と、どこの映画館で上映されているかが記載されており、その映画館の快適さを☆5つで表しているものがある。ここの映画館は、ミラノ中心で唯一、5つ星をもらっている。しかし、いまいち映画の選択が良くなく、来そびれていた。今回のsofia coppolaの映画が良いかどうかは知らなかったが、とりあえず見に行ってみることにした。ドアを開けてすぐ、地下に下りていく階段があり、降りきった目の前にチケット売り場があった。そこでおばあちゃんからチケットを買い、さらに左手にある階段を5段ほど下りていくと、そこには優雅なラウンジとでも言うべき空間があった。ソファがいくつも並んでいる。しかし、上映までに時間がなかったので、そこでゆっくり寛ぐ暇もなく鑑賞室に入る。スクリーンは特別大きいわけではないが、なにしろ席にゆとりがある。思いっきり足を伸ばすことが出来るほど前の座席との間にスペースがあり、1つ1つの席の幅も結構広く、肘掛けもぴったりフィットする。まあ、確かに快適といえば快適である。友人に言われるまで気が付かなかったが、ポップコーンや飲み物を売る売店がこの映画館にはない。ポップコーンを楽しみにしていた友人は悔しがっていた。夕方4時頃から始まる映画だったのだが、とにかく客の大半が老婦人であり、若者はほとんどいない。友達を誘ってきたらしいおばあちゃんグループがたくさんいて、映画が始まってもペチャクチャお喋りしていた。いつも通り、驚く場面や突っ込む場面があると、周りに遠慮などせずに声に出して驚き、突っ込む。イタリア人というのは、年齢に関係なく大人しく出来ないのだ。

 肝心の映画だが、一言でいえば、愚にも付かない映画である。例えていうなら、日本を観光で訪れた、あるお金持ちの両親を持つ外国の女子高生が、「パパ、東京ってとっても面白いところね、あたし、あそこを舞台にした映画を撮ってみたいな」。それに対してその女子高生の父親は、「あぁ、面白いじゃないか、お前の好きなように撮ってごらんよ、お金のことなら心配しなくて良いからな、スタッフもパパが全部揃えてあげるからね、お前はお前の好きなようにやりなさい」などと答える。そんな感じで作ってしまった映画である。おそらく彼女は過去に日本に滞在したことがあるのではないか。その時経験し、面白いと思ったものだけを撮影しているように思われた。だから内容や出演者はかなり偏っている。東京に関しては、おそらく碌に下調べも試し撮りもせずに撮影に入ってしまったのではないだろうか。そう思わせてしまうようなカメラワークであった。撮りながら相当な自己満足に浸っていたのではないだろうか。楽しさが伝わってくる。逆に、京都でのカメラワークは東京のそれに比べて、とても慎重に撮っている感じがした。この辺りから、監督の心意気の違いが垣間みることが出来て面白い。内容は在り来たりで、特別なテクニックを駆使しているわけでもなく、撮りたいように撮っている。日本でもそのうち公開されるだろうが、あまり評判は良くないのではないだろうか。しかし、このように撮っても、日本の雰囲気はきちんと伝わってくるものだ。日本の文化や伝統を出来るだけ真実に近づけて撮りたいと思って撮っている外国人監督というのがいるが、それはそれでしっかり伝わってくる(最近だとラスト・サムライ)。裏に潜む物事も伝えようとしているから、伝わってくる。Sofia Coppolaは、目に入ったものをそのままフィルムに収めている。とにかく自分が面白いと思ったものを撮り、それを映画にして観客に見せ、「どう?日本ってこんなに面白い国なのよ」と紹介する。どちらからも日本というものが伝わってくるが、その質はとても異なっている。タルコフスキー好きの友人は「クソ映画だ」と苦笑いしていたが、僕はこういう映画が嫌いではない。こういう映画ばかりでは困ると思うが、こういう映画もたまには見てみたいと思う。
 外国人の撮った日本を舞台にした映画を見ていると目がチカチカしてくる。光の色の種類が多すぎだ。サイバーテロというのか、視覚攻撃されている気がする。ビーム光線。
 藤井君の異常なテンションに、周りでそれまでお喋りしていたイタリア人が全員絶句した。まあ、いきなりあれを見せられたら藤井君を知らない人なら誰でも言葉を失うだろう。狂ってるとしか言い様がない。僕らは二人で大笑いしてしまったが。hiromixがいたな。前に比べていくらかふっくらしたのではないだろうか。

19.01.04

警察の奇跡

 今回の滞在許可証取得の際、ミラノ中央警察署で奇跡が起きた。なんと、5つある窓口のうち、5つ全てが開いており、その5つ全てが何の問題もなく機能していたのだ。普通じゃないのか、とお思いになる方もいるだろうが、これは奇跡的なことで、普段は5つあるうち、多くても3つしか開くことはなく、そのうちまともに機能する窓口は2つほどに絞られる。残りの1つの窓口は、必ずと言って良いほど途中から全く機能しなくなる。受付の警官がどこかに行ってしまうのだ。というわけで、今回なんと、申請してから実際に滞在許可証を手に入れるまで、3時間ほどしか掛からなかった。今までは、申請に大体5時間、そして、滞在許可証を受け取るのは一か月後となり、改めて警察に出向いて3時間から4時間ほど待たされていた。それを考えると、今回はなんと一か月と8時間ほど待たされるところを、たった3時間で事が済んでしまったのだ。この感動は、滞在許可証を一度でも取得したことのある人にしかわからないかもしれない。

17.01.04

便乗値上げ

 ユーロ導入の際、便乗値上げを行ったbarに対して、エスプレッソ一杯につき0,23ユーロの返還を求める裁判があったらしく、原告側が勝訴していた。ローマでの話だが、イタリア全土でエスプレッソの値段が変わるのだろうか。変わらないか。イタリアリラの時は平均1500リラ(0,77ユーロ=100円弱)だったエスプレッソが、ユーロになってから一杯1ユーロになったのがイヤだったらしいが、僕がいつも使うbarでは一杯0,80ユーロである。それでも今のレートだと約105円。5%アップしている。しかし値上げして本当に腹が立ったのはバスのチケットだが。公的機関がそう簡単に値上げするな。

15.01.04

今日も事故

 今日も事故を発見。「あっ」と思ったらやっぱりガシャンと音がした。左折しようとした車の側面にまっすぐ走ってきたタクシーが突っ込んだ。ブレーキは踏んだのだが遅すぎた。もうタクシーに乗りたくなくなる。交差点のど真ん中での事故だったのだが、賢くないなと思ったのが、とりあえず両方とも車を端に寄せてから話せば良いのに、ど真ん中でぶつかったままタクシーの運転手が降りてきて相手と話しだしてしまった。当然あとから来た車やトラムの邪魔になり、あっという間に渋滞が起こった。イタリア人ってどうしてこう馬鹿なんだろうか。落ち着いて考えれば良いのだが、とにかく自分のことしか考えられないらしい。理解できないのは、周りで詰まっているバスの運転手などが車をどけるように言っても、いっこうにそうしないことである。これはとても不思議だ。多分10回くらい言わないとわからないのだろう。

13.01.04

Pandora

 今日、友人にPandoraという女性を紹介してもらった。結構ワイルドな女性だ。日本好きらしく、ラストサムライも見たらしいので、聞きたかったことを聞いてみた。「けじめ」についてである。やはりイタリア人には「けじめ」という考えはないらしい。あるとすれば、マフィアだという。その辺は日本のやくざと似ている。宗教の違いだが、キリスト教には「Perdono(許す)」という考えがあって、やはり今のイタリア人もけじめをつけさせるよりは許す方を選ぶという。だから、責任を取って社長を辞任するとかいうのはイタリアではあまりない。辞任する時は、居場所がなくなったりした時だ。まあ、それなりに悪いことをしていればもちろん叩かれるだろう。彼女もラストサムライについて、「あの映画はきちんと日本の文化(武士道とか侘び寂び)などを説明している。日本を全く知らない人に、日本を少しでも知ってもらうために見てもらうにはとても良い映画だ」と言っていた。僕もそう思う。

 イタリアで何が嫌いかと聞かれた。沢山ありすぎて言えないと答えた。そして、「僕にとってとても残念なことだけど、この国は住めば住むほど嫌いになっていくよ」と言ってみた。こう言った時、典型的なイタリア人は「どうして!?好きだから来たんじゃないの?イタリアはこういう国であって、あなたは好きになるべきだ」という人が少なくない。しかし彼女は僕の答えを聞いて何度も頷いて「それはとても良いことだ」と言った。「どうして良いことなの?僕としては自分の選んだ国を好きになりたいね、やっぱり」こう返すと、「だってそれはあなたがイタリアというモノをわかってきているってことでしょう?」と言われて返す言葉がなくなってしまった。その通りである。イタリアという国がどういう国か、イタリア人がどういう人間かわかってきて、その結果嫌いになっていくのだ。べつに無理してこの国を好きになる必要はない。僕なりに、この国をわかってきているのだ。
 あなた歳はいくつ?と聞かれ、22と答えたら信じられないという顔で見られた。もっと年上だと思っていたらしい。これは本当に珍しいことで、こちらでは日本人はほぼ100%若く見られるか、年相応に見られる。小さいからってのもあるし、もともと顔がこっちの人間に比べて童顔なのだ。「あなた、もう日本で暮らしていけないかもしれないわよ、そんなに若いうちにこっちに来てしまうとね」。それは僕自身、大いに感じることだった。日本に一時帰国しても、周りの日本人と微妙なズレを感じることが多い。チェックインカウンターで席を予約する時も、Docomoで携帯を契約・解約する時もそれは感じた。そんなに丁寧に接客する必要あるのか?客と同等に接しても良いんじゃないか?喉が痛いなら、のど飴なめながら仕事すれば良いじゃん。っていうか、そうした方が良いと思うぞ。こんなこと、日本の企業で言ったら即刻クビだろうか。
 Pandoraは、ミラノという都市をとても巧く例えた。「なりたくてもなれない」。ものすごく当てはまっている。イタリアの町の1つになりたくてもなれない。Firenzeのような素敵な中世の町になりたくてもなれない。パリやロンドンのような、中世的だが近代的な町にもなりきれない。かわいそうな町なのだ。中途半端な位置を行ったり来たりしている。
 彼女はカメラに興味があると言う。2月に日本に行くと言うので、僕が知っている東京の良い中古カメラ屋さんを教えてあげた。とても喜んでくれた。

勘弁してください

 今朝もトラムが来なかった。まさかとは思ったがすぐに家に戻り昨日お気に入りに登録したATMのサイト(決して気に入っているわけではないのだが)を見てみる。今朝の書き込みに、ATMの上の人による、13日から17日は必ず働くように、という命令というよりも、懇願のようなものがあった。しかし今日も結局ストライキになっていた。一体どうなっているんだ。ATMの連中はそんなに切羽詰まっているのか。数日続くなんてことはないだろうな。

12.01.04

ラスト・サムライ

 実質今日は学校が休みになったので、家の近くの映画館へ「ラスト・サムライ」を見にいってきた。日本での評判は上々らしいが、アメリカではあまり良くないと聞いていたので、期待もせずに見にいった。この映画、こちらではつい4日ほど前に始まったばかりなのだが、今日はストライキで客も少ないだろうと思っていた。しかし予想に反して結構たくさんの人が見にきていた。僕のようにストライキのため学校に行けなくなったらしい学生も多かった。

 これもハリウッド映画なのだろうか。ハリウッド臭プンプンの映画だったが思っていたよりも悪くなかった。むしろ結構感動したかもしれない。思うつぼ。悔しいが、正直泣いた。ストーリーはそんなに大した物ではなかったのだが、気迫に押されて泣いた。小雪って喋らなければ役としてなかなか良い感じでハマっていたのに、喋りの演技がヘタクソだからそれがもったいない。表情だけでいったらおそらく彼女は不幸な役が得意なのだろう。真田広之はかなりかっこ良かった。ちょっとジョニー・デップに似ているような気がするのは僕だけだろうか。相当この映画のために立ち振る舞いを勉強したのだろう。言うことなし、偉そうなこと言うようだが、非常に好感の持てる演技をしてくれた。そして、斬られ斬られて40年、我等が日本の誇る世界一の斬られ役、福本清三。ものすごく地味な役だったが、年の功だろうか、一人だけ飛び抜けて時代劇慣れしている。まあ、一人だけ飛び抜けて時代劇に出演しているから当然か。もんぺと言うのだろうか、あの侍の普段着もとてもハマっている。真田広之と違って、顔が時代劇顔なんだよな。絶対に喋らないのが良いね。この映画の監督、福本さんを斬られ役と知らなかったのだろうか、最後は予想に反して斬られていなかった。それが非常に残念。
 そして僕がこの映画で一番期待していたのが渡辺謙。あの人の顔、とても良い。柔らかいんだよね、皮膚が。僕が年を取ったらなりたい顔のタイプ、ベスト5に入ります。演技も、トム・クルーズのような良い俳優に飲み込まれず、あくまで自分の演技が出来ていた。やはりプロ。有名俳優と演技をするとその状況に酔ってしまい、普段の演技が出来ない人っている。というか、その有名俳優の雰囲気に自分を合わせてしまうのだ。しかし渡辺謙は渡辺謙。今回、トム・クルーズは相当やりがいがあったのではないか。周りを固める出演者を見ているとそう思う。日本にもまだまだ良い俳優さんがたくさんいるのだ。嬉しいことである。
 
 イタリアではやはり「サムライ」というと笑いのネタになってしまうらしい。今回一緒に見ていた周りのイタリア人を見ていてそう思った。切腹のシーンで、「oh,no...」と言って、その後にフフッと笑うのだ。髷を切られるシーンでも笑いが起きるのだ。映画が終わった後、前に座っていたイタリア人が僕に気付いて、「お、俺の後ろにもサムライがいたよ、ハハハッ」なんて言うのだ(まあこいつは相当バカだと思うが)。この映画の中で、きちんと切腹の意味を説明しているシーンがあった。それを見ても理解できないのだろう。中休みに切腹の真似をしてふざけ合っている学生がいた。それも、小学生じゃなく、高校生。イタリアって「ケジメをつける」という考えがほとんどないし、説明しても理解されない。まあ、僕もケジメをつけろって言われても切腹はしないが。理解されないのは僕自身、それに対してしっかりした考えを持てていないというのもあるのだろう。

 アメリカでこの映画の評判が良くないという理由を知りたい。やはり理解に苦しむのか?

 今回驚いたことが1つ。イタリアといえば、外国映画は何でもかんでもイタリア語に吹き替えてしまうと有名なのだが、今回の映画は日本語の部分は字幕になっていた。英語の部分はイタリア語吹き替えだったのだが。これはイタリア人の意志か?

いつまで続くのか

 朝、いつまで経ってもトラムが来ない。僕が待っていた停留所には全部で4つのトラムやらバスやらが来るはずなのだが、1つも来ない。またどこかで事故でもあって止まっているんだろうと思い30分ほど待っていると友人から携帯にメッセージが届いた。今日は一日中極秘ストライキらしいと書いてあった。まただ。「まあイタリアだからな」では済まないくらいストライキしすぎである。それも黙ってやるな、ボケ。隣のお姉さんに「今日もストライキだってさ」とだけ言って、家に戻ってネットでATM(ミラノの交通機関なんたら)のサイトを見てみた。サイトには、「今日も」ストライキを一日中行いますと書いてあったが、それを書き込んだのは今朝だった。書き込むの遅すぎ。それもネットで告知したって誰もチェックしないっつーの。こういう時、日本のように携帯でネットができれば便利なのだが、ヨーロッパはまだ日本ほど携帯でのネットが普及していない。僕の携帯は未だに白黒であるし、携帯でメールを送ったなんて人も見たことがない(先程の、メッセージとメールは別物)。サービスとしては存在しているらしいのだが、誰もそれについて詳しく説明しないため、どのように契約すれば良いのかわからないのだと思う。それに、自分だけ契約しても、相手が契約していなければ送れないだろう。歩いて学校に行くにはあまりにも遠く、行ったとしても授業の半分以上は終わっているので今日は学校を諦めた。こういう時、何人の生徒が出席したかにもよるのだが、欠席扱いにはならず、その日の授業の日程をずらすことになる。交通機関のストライキがあると、本当に色々な所がとばっちりを受けるのだ。Barの客も激減する。

11.01.04

大掃除

 とりあえず年が明けたので、家の大掃除をしている。なかなか片付かない。物を持ちすぎなんだよなぁ・・・。
 
 掃除だけで一日が終わった。珍しい。掃除は進むのだが、整理整頓がなかなか進まない。結局満足いくまでには至らなかった。また来週続きをやるか。その頃にはまた汚れているのかもしれないが。綺麗なままキープできないというのが一番良くない。特にパソコン周辺。

10.01.04

audio-technica

 今回の帰国の際、audio-technicaのイヤフォンを買ってきた。グッドデザイン賞をとったものにしようと考えていたのだが、試着してみるとものすごくフィット感が悪かったので、耳に突っ込む小型のものにした。見た目はとてもcoolだし、音もめちゃくちゃクリアなのだが、この小型のものも全く耳にフィットしない。フィットしないどころか、歩きながら音楽を聴いていて、ちょっと首を傾げたりするだけでポロッと耳から外れてしまう。僕の耳の形と特別合わないのだろうか。100m歩く度に装着し直す始末である。どうにかしたい。

09.01.04

今年最初のストライキ

 昨年12月15日、その年最後と思われていたストライキが行われた。しかし、こちらに戻ってきて友人に話を聞くと、なんとあの後2回、またストライキをやったらしい。それもその2回はどちらも、極秘ストライキであったらしく、本当にミラノは混乱したらしい。誰もその時ストライキが行われているとは思っていないため、ずーっと停留所で来るはずのバスやトラムを待っていたらしい。どうやってかストライキであると気付いた人が、バトンタッチの様に次の慰留所まで歩いていって、そこで待っていた人たちにその旨を伝えた。そこの停留所にいた人は、また次の停留所へ歩いて伝えにいく。滅多に見ることの出来ないミラノ県民の素晴らしい結束。まあ、年が明ける前に2度、そのようなことがあったらしい。そして年が明けた今日また、ストライキが行われている。

08.01.04

イタリア人の責任回避

 学校から帰ってくるトラムが家の停留所に着くか着かないかのところでぴたっと止まって動かなくなった。前の車両に乗っていた乗客がどんどん降りている。僕もここからなら歩いた方が早いなと思い、トラムを降りた。すると、トラムの前に人だかりが出来ていた。行ってみると、タクシーが人をはねたらしく、黒人男性が手足をいっぱいに開いてうつぶせで倒れていた。流血はしていないようだがピクリとも動かないので、まさか死んだのではあるまいな、と思っていたら、足が少しだけ動いた。それを見たタクシーの運転手が、「見ろ、足が動いてるじゃないか、どこも怪我はしてないんだよ」と周りのやじ馬に向かっていっていた。責任回避だ。轢かれた黒人男性にこれが聞こえていたら、相当腹が立つであろう。まあ、どちらが悪いのかはわからないが、現場を見た限りではどちらも悪いのではないだろうか。怪我をしようがしていまいが、轢いたというのは事実だ。しかしこの運転手はそれをわかっていない。とにかく自分のせいではないと主張していた。シエナに住んでいた頃お世話になっていた中華料理屋の奥さんの子供が轢かれた時も、轢いた方はこの運転手と同じようなことを言って責任回避しようとしていた。とにかくイタリア人は自分に責任がかかってくるということを極端に嫌うのだが、今回頭に来たのは、その運転手が黒人男性に何か話しかけ、強引に男性の親指を立て、何ともないとアピールさせていることだった。そして、強引に自分と手を握らせて和解させようとしていた。それを見ていたある男性が、「けが人になんてことをするんだ」とその運転手の行動を制止した。それでも運転手は自分に責任はないということをことさらにアピールしていた。見ていて本当にださかった。自分で自分を落としているのがわからないのだろう。まあ、動揺してるってのもあるだろうが。

07.01.04

実感

 日本に帰っている間に届いていた光熱費の請求書を持って郵便局に行った。家の近くの郵便局が、去年の11月頃から改装工事のために閉まっていたので、しばらくはduomoの近くの中央郵便局に行っていた。もういい加減工事も終わっただろうと、今日久し振りにその家の近くの郵便局に行ってみると、ちょうど今日が今年最初の開店日だったらしい。おそらくそこの支店長であろう女性が、来ていた人々に向かって大きな声で今年の抱負や新しいシステムの説明などを話していた。一通り、既に中央郵便局では当たり前に行われているシステムを説明し終わったあと、「とにかく今年もよろしくお願いいたします、カンパーイ」と、まだ午前中であるにも関わらず、用意してあった白ワインを飲み始めてしまった。そしてそこに、あんたたち、絶対それ目当てで来ただろーと思ってしまうほど素早く、地元のおばちゃん達が集って行き、一緒に飲み始めた。こういう風景を見て、あぁ、イタリアに戻ってきたんだなぁ、と実感してしまう。その前にお金をおろしに行った銀行の時計も一時間ずれていたし。