30.11.03

骨董市 イルミネーション 雨

 骨董市に行ってきた。多分半年ぶりくらいではないか。もしかしたらそれ以上かもしれないが、久し振りに行くと結構楽しめる。並んでいる商品も前回とは大分変わっていて新鮮で面白い。先日、どこかのニュースで、フランスの田舎町の蚤の市で10年前に20万円で購入した絵画が実はゴッホのもので、近日中にそのオークションが開催され、おそらく3億円ほどで売れるのではないかと予想される、という記事を目にしていた僕は、自然と絵画に目が行ってしまった。古臭い、端が虫に食われたような、良い味の出ている絵画は結構売りに出ているのだが、僕はこういうものを見る目がないので、お金儲けは出来なそうだ。一度、なんでも鑑定団の鑑定士にこの骨董市に参加してもらいたいものである。おそらくいくつかは価値のあるものが見つかるのではないか。北原さんって言ったっけ。あのおもちゃ専門の鑑定士など、かなり楽しむ事が出来るのではないか。
 ナヴィリオにも、クリスマスのイルミネーションが設置されていた。しかし、毎年全く同じイルミネーションで退屈である。最近町中の道路で見る事が出来るイルミネーション、一体どこがお金を払っているのだろうか。やはりミラノ市か?出来ればもう少しお金を掛けて、どこかのデザイナーかなにかにデザインさせればこの町も少しは魅力的になると思うのに。まあ、もし市がお金を出しているとすれば、そんな余裕はないだろうが。イタリア人が全員しっかり税金払えばこの町(国)は今よりも断然発展し、美しくなると思う。もちろんヴェネツィアやフィレンツェなどは今でも充分美しいのだが、もう少し町として美しくなって欲しい。特にミラノ。バルセロナなんて、とてもうまい都市計画していると思う。昔の建築物や遺跡などの邪魔にならないように町を発展させる。簡単な事ではないと思うし、あそこはスペインではないと言われるバルセロナと、イタリアの都市では経済的に結構違うのだろうが、頑張って欲しいものである。イタリアの税金の話で、脱税はこの国の人間にとっては当然の事で、経済警察もお手上げ状態。イタリア人がしっかり税金を払うと、国の赤字の半分以上が埋まると誰かが言っていた。嘘か真か判らぬが、それほどこの国の人間は税金を払わないという事なのかもしれない。

 先々週から毎日のように雨が降っており、昨日今日と晴れていたのだが、今はまた雨が降っている。天気予報によると、今週いっぱいまた雨続きらしい。降るなら雪が降って欲しい。

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29.11.03

久しい晴天

 今日は約2週間ぶりに思いっきり晴天だったのだが、起床したのが午後3時であり、今はもう5時。外は薄暗くなってきてしまった。もったいない。あ、もしかして明日はお馴染み、月に一度の骨董市か。最近全く行ってないなぁ。今日みたいに晴れていたら行ってみるか。

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28.11.03

CM

 結構前の話だが、何かのCMで、母親から生まれた赤ん坊が、そのままものすごい勢いで空を飛んで行き(性器から飛び出したまま飛んで行く)、その間にものすごいスピードで歳をとっていって、最後に老人になって墓場に突っ込む、というものがあった。映像は暗めのフィルターを通していてなかなか綺麗だった。初めて見た時は、ものすごいギリギリのジョークだなぁ、と思ったのだが、案の定2回ほど見てそれ以来放送されなくなった。日本ではああいうジョークがあまり見られない。時々日本にないセンスを発揮するイタリア。カッコ良い。

18.11.03

Elephant

 Elephantを見た。友人がいつだったか、あの映画見たいんだよね、と言っていたので試しに一人で見に行ってみた。この映画については僕は全く何も知らなかった。町中のポスターから、若者の話だな、とは思っていたが、それは当たっていた。映画の内容を全く知らなかったので、見ている途中から、思考が完全にストップした。途中までは、あぁ、こういう映画は結構撮る人いるよな、ぐらいな感じで見ていたのだが、だんだん話が全く予想していなかった方向へ進んでいき、途中からは呆然とスクリーンを見つめているだけだった。何も考える事が出来なかった。気付いたら、エンディングのテロップが流れていた。映画館を出てから怖くなった。周りを歩いている高校生を見て、本当に恐怖心が湧いた。僕が覚えている中では、思考がストップするという映画を見た事がない。止められるのではなく、「止まる」という感じだ。それがとても不自然に感じる。この映画が、良いのか、悪いのか、好きなのか嫌いなのか、そんな事を考えさせなかった。それは、あまりにも淡々とストーリーが進むからであろうか。異常な事が起こっているのに、それをしばらく理解できない。実際に自分がこの映画のような状況に遭遇した時(あり得ない話ではないと思う)、おそらく思考がストップするだろう。そういう意味では、本当にリアルな映画だと思った。実際に起こった話なのか?見た直後は、人に勧めても良いものなのかわからなかったが、今考えると、ちょっとこの映画はお勧めしたい。すごいよ。うまい話の進め方だと思う。役者の名前をそのまま映画の中でも使っているんだな。

11.11.03

ぷよ 「シカト」

 夢を見ていた。どんな夢だったか、今では全く覚えていないが、目が覚める直前、夢の中ではずっと、ガガガガガガ・・・という何かを削るような音が響いていた。目をあけた。夢はもう途切れてしまっているはずなのに、その音はずっと頭の中で鳴り響いていた。やがてそれが、夢の名残の音ではなく、実際に、僕の足下に置かれたハムスターの籠の中から聞こえてくるものだとわかったが、それを理解するまでにちょっと時間がかかった。部屋の電気をつけるまで、それが一体何の音だかわからなかった。電気をつけると、ハムスターが鉄の格子を齧っていた。何かに取り憑かれたように、ずっとガリガリガリガリ音を鳴らせている。前歯を削っているらしかった。そういえば、ハムスターには奥歯があるのだろうか。
 僕はこのハムスターに、「与一」という名前を付けたはずだったが、彼女がいつまでも「プヨ」と呼んでいたため、いつの間にか、僕もこのハムスターの事を「プヨ」と呼ぶようになっていた。彼女の家でずっと飼っていたのだが、日本に帰ってしまったため、当然のように僕の家に連れてこられた。もうこのハムスターも3年近く生きている。ハムスターの寿命は2年くらいと聞いていたので、ちょっと驚いている。今でもかなり元気で、僕が寝ている間中、ぐるぐる回ったり、格子によじ登ったりしているらしい。僕が起きている時間は、彼はずっと寝ている。
 時計を見ると、深夜の3時前だった。溜め息をつく。今日こそきちんとした時間に起きようかと思っていたのに、邪魔された。季節外れの蚊に邪魔され、ハムスターに邪魔され、慣れない羽布団の重さに邪魔される。

 棚に並んだ本を眺め、そこから村上龍の「希望の国のエクソダス」を手に取る。この前この本を読んだのはいつだったろうか。そんなに前じゃない気がする。他に今読みたいと思う本もなかったので、それを読む事にした。中上健次とか、吉増剛造とか、一体次に読むのはいつになることだろう。
 「希望の国・・・」のはじめの方に、「シカト」という言葉が出てくる。

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 棚に並んだ本を眺め、そこから村上龍の「希望の国のエクソダス」を手に取る。この前この本を読んだのはいつだったろうか。そんなに前じゃない気がする。他に今読みたいと思う本もなかったので、それを読む事にした。中上健次とか、吉増剛造とか、一体次に読むのはいつになることだろう。
 「希望の国・・・」のはじめの方に、「シカト」という言葉が出てくる。僕はそこで本を読むのを中断し、今年の夏、横浜駅でシカトされた事を思い出した。あんな事は生まれて初めての事だったので、今でも鮮明に覚えている。今年の夏、日本に一時帰国をして、2週間ほど東京にいた。その時本拠地として、横浜に住む友人宅にお邪魔していた。その友人とはシエナにいた頃に知り合い、なんだかんだでもう付き合いは4年以上になる。18の頃、僕は今以上に自意識過剰で、何でもできると思っており、自分の考えに間違いは無いとまで思っていた。そして、そういう強気な態度で、周りに迷惑をかけまくっていた。今思い出してもちょっと恥ずかしい。この横浜の友人も、僕から被害を受けた中の一人なのだが(僕に迷惑かけられた人トップ3に入る)、大人ってやっぱり違う。
 その友人の家に初めてお邪魔する日、僕達はまず横浜駅で待ち合わせをした。その友人は女性だったのだが、彼女は東京で働いており、その帰りに横浜駅で待ち合わせて夕食をし、それから彼女の家に行く事にしていたのだ。その日、彼女の仕事は予定よりも長引き、僕は結局横浜駅で2時間近く待っていた事になるのだが、その時にシカトは起きた。僕は横浜駅に行くのが初めてで、駅に着いて、そのまま疲れた顔をした帰宅サラリーマン達に流されるまま、相鉄口に出た。都会だった。
 僕は手持ちでパソコンの入った重いバッグを持っており、とにかくそれを駅のロッカーに入れて身軽になりたかった。改札を出て少し歩くと、ロッカーがあった。一つを除いて全て使われていた。新宿でもそうだったが、なんで皆こんなにロッカーを使うのだろう。とにかくそのロッカーに荷物を詰め込み、200円入れようと思ったが、100円玉2枚がなかった。50円玉が4枚あった。思ったのだが、ロッカーも自動販売機のように、いろいろな硬貨を使えるようにするべきである。再び荷物を取り出してどこかで両替えしてもらおうかと思ったが、その日の僕は久し振りの都会にもみくちゃにされ疲れており、また重い荷物を持って歩く気にはならなかったし、両替えしている間にその一つのロッカーを取られてしまい、また探し回るというのも考えただけで頭痛がしたので、その辺の人に両替えしてもらおうと思った。周りを見渡すと、誰かと待ち合わせをしていたり、暇つぶしをしているらしい人達がたくさん立っていた。しかし、みんな僕から微妙に距離の遠い場所に立っている。仕方なく、歩いてきた人を呼び止めようと思ったのだが、ここで僕は大きなショックを受ける事になった。みんな僕をシカトするのである。計3人くらいにしか話しかけなかったが、僕の自尊心というか、純粋な気持ちをズタズタにするにはその3人で充分過ぎるほどだった。誰も僕の顔さえ見てくれないのだ。「希望の国・・・」には、〜何か相手に伝えたい事がある時、まずはその相手に自分が伝えたい事があるという合図を送り、その合図が認められて初めてコミュニケーションが成り立つ。その最初の合図自体を無視する事がシカトだ〜、と書いてあったが、まさにその時僕がやられていた事がそれだった。僕は呆然としてしまった。しばらく理由を考えた。僕の見た目がおかしいのか、話しかけるタイミングが遅過ぎるのか、などいろいろと考えてみたが、答えはすぐに出た。ナンパだと思われているのだ。その時、僕はちょっとした怒りにかられた。この怒りは、満員電車の中で、自分の意志とは関係なしに、前の女性の体に手が触れてしまい、その女性が露骨に嫌な顔をして僕を睨みつけた時に感じるあの怒りと同じものだった。「誰が好き好んでお前に痴漢するんだ、コラ」というあの怒り。まあ、それほど都会は痴漢が多いのだろうが、絶対あのような女性の中には、痴漢の経験がないのに周りの痴漢経験談によって自意識過剰になってしまい、「あ、わたし今、痴漢されているわぁ」などと戯けた事を考えている女性がいるに違いない。こんな事言うと日本中の女性から非難されそうだが、痴漢された事のない奴は、女性専用車両使うな、使うんだったら一度でも痴漢されてからにしろ、と言いたい。とまあ、僕も全部想像で話しているわけなのだが。話はズレてしまったのだが、僕が呆然としたのにはもう一つ理由があった。イタリアではこういう時、シカトされるという事はほとんどないのだ。ナンパするにしろ、まず女性がそれをそのまま無視するという事はない。合図は一応、受理される。その後、それがナンパだとわかった瞬間に足早に逃げたり、「また次の機会にね」などと笑顔で答えてやり過ごすという事はある。しつこいイタリア人男には怒る時もある。都会の女性のように、始めからシカト態勢でいる女性はゼロとはいわないが、ほとんどいない。これは僕が一時期ハマった、「眼鏡女性ばかりを撮るぞ大作戦」で経験した事実である(一時期、眼鏡をかけた女性ばかりを、町中でお願いして撮らせてもらっていた事があるのだ)。僕ももう4年以上イタリアに住んでおり、それは東京に住んでいた期間よりもずっと長く、イタリアの環境の方に慣れてしまっているというのは当然の事だろう。
 仕方ないので、ちょっと離れた所に立っていた女性のところまで荷物を入れたままにしたロッカーを気にしつつ、歩いて行って、すいませんと話しかけ、いきなり50円玉4枚を顔の前に突き付けるような感じにして(ナンパじゃねーぞ、と言わんばかりに)、両替えしてもらう事出来ますか?と、口調は紳士的に尋ねた。その女性は、感じはメチャクチャ悪かったが、渋々財布から100円玉を2枚取り出し、交換してくれた。なんでそんなに面倒くさそうな顔をするのだ。僕ってそんなにうざそうだろうか。まあ、この文章を読んだ女性の中には(ほとんど女性はいないと思うが)、この男ウザッって思う人がいても仕方ないと思うが(僕もこれを読んで自分で自分をうざいと思う)。というか、何故女性にしか声をかけないんだ、お前は、という読者の声が聞こえてくる。理由は、そこにたむろっていた男共が、モサイ男達ばかりだったからである。
 後でこの事を、お邪魔させてもらう友人に話すと、「まあ、そういう事するべき場所じゃないからね、相鉄口は。ナンパスポットだからね」と言っていた。だからってあんなに冷たくすることないじゃんか、と思ったが、都会ってどこに行ってもこうなのかもしれない。勉強になった。その後、その友人がずっと行きたいと思っていたという、駅近くのラテン系の店に行って夕食を食べた。ハンバーガーはものすごいボリュームがあっておいしかった。僕はピナコラーダを頼み、友人はビールを飲んだ(普通逆だろう)。店のお兄さんが帰り際、「かっこいい髪型ですね、美容師さんですか?」と、お世辞か何か知らないが、僕のモヒカンを褒めてくれたので、酒の酔いも手伝って、先ほどの嫌な事は全て忘れた。我ながら単純だと思う。日本にいる間、下は小学生、上は50代くらいまで、5人くらいに髪型を褒められ、美容師か訊かれた。いや、小学生には褒められていない。「あー、おっさん金髪だー」と言われ、ものすごくショックを受けたのだ。その男の子は、荒木の初期作品「さっちん」にとても似ていて好感を持った。鼻水たれすぎである。

 いつの間にかハムスターが寝ている。人のこと起こしておいて、寝るなよ。

10.11.03

郵便局

 Machidaさんに、もう荷物が届いたという。3日で届いた。信じられない。イタリア郵政省に、一体何が起こったのだ。Milanoの中央郵便局から送ったのだが、郵便局自体には何も変哲がなく、相変わらずミカンを口に含んだまま喋る職員のおばさんなどがいたのだが。一体どこがどう変わったのだろうか。ちょっと前は、早くて2週間だったのに、イタリアにとってはあり得ない事なので、今僕が混乱している。3日・・・。

 というか、エスプレッソの豆を送る事が出来たのには驚いた。確か、日本からイタリアの場合、食材は送れない事になっている。普通に考えたら、その逆も同じような気がする。中身を食材と書いた時点で届かないだろう。illyのカフェは円柱に入っている。封筒にそれを入れた時、こりゃ間違いなくばれるのではないかと思ったが、ばれなかった。

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08.11.03

Kill Bill

 Kill Billを見た。とても後悔した。最悪、というか、最低。本当に最低。あの監督は、Kitano作品、せめて座頭市くらいは見たのか、と問いたい。というか、何か日本映画で参考にしたものがあるのかと問いつめたい。ブラックレインも見たことないんじゃないのか。それなりに日本をよく知っているのかもしれないが、変な捉え方をしすぎである。腐っている。日本がただ好きっていうだけで、こういう映画作っちゃいけないだろう。B級大作とどこかで評価されていたが、B級最悪の間違いだろう(寒)。彼の過去作品は「パルプ・フィクション」しか見たことないが、それ以外はもう見たくない。2度と見たくない。今回の映画では好き放題やったらしいが、彼の好き放題は見たくない。全てギャグだったら別にオッケー。まじめに撮っていたとしたら稚拙すぎて反吐が出る。マトリックスと同じ時期に発表するべきじゃない。ちなみに、武術指導はマトリックスやグリーン・デスティニーと同じくユアン・ウーピンが受け持ったらしいが、力の入れようが偏りすぎ。こっちではほとんど金貰えなかったんじゃないのか、と思わずにはいられない。まあ、マトリックスに比べたらほとんど金貰ってないと思うが。もしくは、マトリックスで結構な額貰ってしまったので、KillBillが提示してきた額がとても小さく見えてしまったのかもしれない。それならそれで、あのお粗末さも仕方ないかとも思うが。最後のルーシー・リュウはもちろんギャグであろう。彼女、こういう映画に出るのが好きなのか?チャーリーズ・エンジェルも同じくらい酷かったが。
 今日も映画館に一人、困ったチャンがいた。映画を見ている間、何か突っ込むところがあると大きな声に出して突っ込む。「そうそう!そこはそうするべきだよな!」など。一人でわかっているような笑い方をする。イタリアを馬鹿にしたような台詞があると、単純にそれに対して文句を言う。貧乏揺すりが止まらない。僕の2つ隣に座っていたのだが、あまりにもウザイので席を移動した。
 こんな映画で今年を締めくくるのは御免である。やはりもう一度マトリックスを見に行こう。

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06.11.03

Matrix

 Matrixを見に行った。もう少し放置しておこうかと思ったのだが、Genta君のサイトを見て、我慢が出来なくなった。何故放置しておこうかと思ったのかというと、今週いっぱいは満席だと思ったからだ。日本だったら立ち見にならない限り、満席でも何でも良いのだが、こっちだとそうはいかない。20人分の騒がしさは、10人分の騒がしさの2倍ではなく、「2乗」になる。前回のMatrixは4回ほどこちらの映画館で見たのだが、そのうち3回は斜め後ろの糞ガキどもが五月蝿くて集中できなかった。何度、「拳銃を持っていたら速攻静かにできるのに」と本気で思ったかしれない。素手でいく度胸はないらしい。
 今回も五月蝿いだろうけどまあいいや、と思って昼間の回に行ってみると、意外なことに半分くらいしか客が入っていなかった。学生がほとんどいない。おっさんばかりが目立つ。おそらく今日はどこの学校でも授業が遅くまであったのかもしれないが、それにしても公開してから数日しか経っていないのにこの空き方は一体なんだ。それも、平日の昼間の2時に映画を見ているおっさん共は、仕事どうした。昼休みはそんなに長くないだろう。まあ、僕も研修抜け出して近くの映画館で見ているから人のことは言えないのだが、やっぱり学生と社会人は違うだろう!と声を大にして言いたいが言っても無駄。留学生と自国の学生も違うしね。
 さて、問題の映画だが、今回は今までで一番良い。最後だから当然かもしれないが、それにしても良い。ちょっと信じられないくらいかっこ良かった。格闘シーンよりも、機械との戦いのシーンの方が手に汗握って良い。格闘シーンだが、はじめの2作品とそんなに変わらない。トリニティの動きにも正直飽きたところがある(前作を計6回も見ていれば当然のことだ)。しかし、地下鉄改札口におけるトリニティの飛び越えを見た時には思わず「ワオッ」と言ってしまった。そして、やはり格闘シーンは東洋人だな、と思った。キアヌのカンフーも相当様にはなっていたが、やはりあの丸いサングラスの台湾人の方が慣れている感がある。特にその違いがはっきりとわかるのが敵を倒した後の締めの部分で、キアヌの締めはちょっと白々しく感じてしまうところ(よく初心者に見られがちだが、ほんの0、2秒前に「あ、かっこ良く決めなきゃ!」と思って慌てて格好をとる)があるのだが、というか、おそらくキアヌの場合は格闘シーンと締めのシーンは別撮りであろうが、あのサングラスの彼はそういう青臭さを微塵も感じさせない。最初から最後まで、完璧すぎるくらい完璧で、カンフーって美しいなぁと思わせる。僕はMatrixの登場人物で誰が一番好きかといわれると、一番がニオベ(イタリア語だとニオベというのだが、英語でもそうなのだろうか)女船長で、次がこのサングラスの彼である。この二人はいずれも脇役の脇役的存在なのだが、光っている。ニオベはさり気なく結構綺麗な女性だし、キャラとしてもなかなか強い。サングラスの彼は、とても忘れがたい雰囲気を身に纏っている。イタリア人もこのサングラスの彼のことは結構気になっているのではないだろうか。一度見たら忘れられない脇役ってこういう人のことをいうのだ(この映画には関係ないが、ゲイリー・シニーズもその中の一人)。でも彼はサングラス取っちゃダメ。素顔が優しすぎる。
 さて、内容だが、やはりさっぱり理解できなかった。というか、理解というところまで届かなかった。日本語に訳せないのだ。まあ、前作の時点で、イタリア語ではもちろん、日本語でも全く理解できなかったので、今回も内容を把握することに関しては、半分捨てていたのだが。僕もGenta君のと同じで、この映画には、内容よりもアクションを期待しているのだが、彼と違うところは、内容を理解していないところである。
 おそらくまた見に行くことになるだろう。さて、今回は一体何回見るだろうか。1800円あれば、こっちだと4回見ることができる。良い国だ。
 
 今、Matrixサイトを見てみた。Matrixイタリアヴァージョン(もうこう言ってしまっても良いだろう)との登場人物の名前の違いを見てみる。ネオ=ニオ、モーフィアス=モルフェウス、スミス=ズミッス、ナイオビ=ニオベ・・・。なんだこれ。
 フランス人のメロビンジアン(ランバート・ウィルソン)。映画の中で、彼のフランス語訛りのイタリア語を聞いていると、イタリア人ってフランス人のことバカにしているのかって思う。彼が喋ると周りのイタリア人が吹き出す。まあ、実際イタリア人はフランス人が嫌いだし、フランス人はイタリア人を見下している(他のヨーロッパ諸国もイタリアを見下しているが)。
 スミス役のヒューゴ・ウィービング。彼の皺の寄り方がとても好きだ。結構タバコを吸うんじゃないだろうか。

05.11.03

悔しい

 Biennaleで撮った写真を見返していたのだが、買ったパンフレットの写真の方がうまく撮れていると、とても悔しい。

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04.11.03

眠れない

 寝ようと試みてから3時間。ものすごく眠いのに(軽く頭痛さえする)、なぜか眠れない。目もきちんと開いてはいないのに、何かが寝ようとする僕の邪魔をする。なんだろう。既に僕の匂いになりつつある羽布団か。電気を消す前、今回日本で買ってきた長嶋有の「猛スピードで母は」を読んでいた。この作家さん、子供を主人公にした小説を書くのがとてもうまい。小学生の主人公にも、自分が感情移入できてしまう。そして、情景がとても浮かびやすい。これは、僕が昔、主人公と同じような経験をし、同じように思ったからであろうか。特に情景を詳しく書いてあるわけではなく、むしろ描写が少し少ないのではないかと思わせるほどなのに、何故こんなに完璧に頭に様子が浮かんできてしまうのだろか。書くことが的確なのだろう。少ない言葉で読んでいる人に情景を思い浮かばせることのできる作家さんだ。登場人物はみんな不思議な人たちで、なぜかホッとさせられる。ホッとさせたついでに僕を眠らせてくれ。

マック修復

 友人のi-bookの調子がおかしく、それの修復を頼まれた。別に僕がマックに特別詳しいわけではなく、ただその友人の周りで使えそうなマックユーザーが僕しかいなかっただけの話だ。思っていたよりも苦戦したが、最終的にはほぼ完璧に修復できたのではないだろうか。日にちが変わり、約5時間ほどマックと向かい合っていたのでもうヘトヘトである。お礼にと、夕食をおごってもらった。友人はそんなにパソコンに詳しくなくて、3年前、そのi-bookを買った時のまま、ほとんどアップデートをしていなかった。HDDの中も結構滅茶苦茶なことになっていたのだが、全くパソコンには興味がなく、ただ単にメールをするためだけに使っている人のHDDってこうなのかもしれない。書類に入っているべきものが一つもなかった時には驚いた。そして、MSN Messengerが白黒なのにはもっと驚いた。3年前のマック用メッセってこんなんだったのだ。リアルプレーヤーやメディアプレーヤー、メッセンジャーをアップデートしようと思ったのだが、彼女はOS 9.0.4を使っていて、それに対応するものは既にないか、底に沈んでしまっていた。あるとしても、OS 9.2.2〜であった。OS X用のソフトを見つけるよりもずっと骨が折れた。

03.11.03

Biennaleーその2ー

 またまたVeneziaに行ってきた。今回は日帰りである。前回寝不足と時間が足りなかったせいで、Giardiniをまともに見ることが出来なかったので、今回はゆっくりGiardiniだけに集中して見ようかと思ったのだ。MilanoからVeneziaまでは約200kmある。長野市から東京よりも少し遠いくらいだ。長野から東京に行くので、新幹線で約1時間30分弱、MilanoからVeneziaまで、こちらで言うところの新幹線に乗って約2時間30分。電車のスピードは比較にならないほど遅いが、何と言っても安い。長野ー東京間が片道8000円位かかるのに対し、Milano-Veneziaは片道3000円ほど、さらにCartaVerdeというユース専用の年間割引カードを使うとさらに元値の15%も安くなる。僕はそれをもっているので毎回使っている。一年に5回くらい国内旅行をする人間であれば、かなり元を取ることが出来るだろう。とにかく交通費がめちゃくちゃ安いのである。だから、長野から東京に出るくらいのお金があれば、MilanoからRomaまで行くことが出来てしまう。イタリアリラの時はもっと安かったのだが。
 しかし、今回もほとんど寝ることが出来なかった。何故だろうか、最近旅行の前の日は、緊張のためか、全く眠れない。眠ったとしても、最高2時間ほどで起きてしまい、その後は全く眠れなくなる。ちなみに今回は早めに寝ておこうと思い、夜10時半にはベッドに入ったのだが、一時間後の11時半には既に起きてしまっていた。目が完璧に覚めてしまっていたので、過去に撮った写真を見たり本を読んだりパソコンを弄ったりして朝までの時間を過ごしていた。というわけで、今回も前回と同じく、いやむしろ、前回よりも寝不足な状態でVeneziaに旅立つことになってしまった。電車の中では一時間ほど浅い眠りにつくことが出来た。なんせ周りのイタリア人は常に大きな声で喋っているので、何度も起こされてしまうのだ。
 
 お昼頃Veneziaに着く。超晴天である。とにかくお腹が空いていたので、安そうなオステリアに入って食事をとる。Sarde in Saor(イワシの南蛮漬け)は欠かせない。本当はこのSardeとパンだけあればお昼などは充分お腹を満たすことが出来るのだが、たとえオステリアと言ってもそれはちょっと許されないオーダーの仕方であるので、イカスミのスパゲッティも食べた。一年ほど前から、適当に選んだ食堂であってもほとんど味を外すことはなくなった。時々感じが悪いところはあるが、味は外さない。雰囲気でその店が美味しいかどうかがわかるようになっているのだろう。基本的に観光客が入りそうなところは避ける。クレジットカードのシールがベタベタとドアに貼ってあるところは避ける。小さくて、綺麗とはいえなくて、使っている食器や椅子なども古いところを選ぶ。看板があまり目立たないところを選ぶ。そして後は値段と相談して決めるのである。もう何度もveneziaには来ているので、Veneziaでの平均的な食事値段(sardeは平均8ユーロ)は頭に入っている。それよりも安いところを見つけた時はかなり嬉しいし、そういうところはあまり観光客が来ないような場所にあるので、料理は荒いが味はかなり旨い場合が多い。家庭料理というのかもしれない。

 食事を終え、早速船に乗ってGiardiniに向かうことにした。前回ほど風も冷たくなくてホッとした。今回は1ヶ所分だけの入場券を買った。Giardiniをじっくり見てきたMilanoの友人から、日本も悪くなかったよと言われていたので見てみることにした。確かに悪くはなかったが、何も伝わってこなかった。今回は前回見なかった国の展示を見る。

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 ↑アメリカ。Fred Wilsonという人の、黒人と白人をテーマにした作品。テーマがとてもアメリカらしい。なかなかユーモラスがあって面白い展示であった。作品の中に、黒人の肖像画(よくこちらの美術館などで見る中世の肖像画である)があって、それをみて思ったのだが、よく考えてみると、黒人の肖像画なんていうものはこのかた見たことがない。その肖像画は、顔から下はどこかから持ってきた、元は白人の肖像画で、そこに黒人の顔を当てはめているのである。こうやって当てはめているということは、本当にその時代には黒人の肖像画はなかったのであろうか。

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 ↑イスラエル。今回見たパヴィリオンの中で、一番心に残ったものである。テーマは、「これからもルールに従うか、それとも、もうルールには従わないか」。アーティストはMichal Rovnerという人。中は真っ暗闇で、壁に映写機で映像を映しているものが入り口付近にあった。昔遊びでやった電車ごっこみたいに人が縦に連なって歩いている映像だった。面白かったのは、顕微鏡で見た微生物の形のようにその連なった列がうごめいているものが、直径15cmほどの円形のケースの中に見えるものだった。中には染色体の形をしたものなどもあった。そのケースが20ほど、机の上に並んでいる。さらに奥に進むと、5メートル四方の部屋があり、そこでも何十という列が360度、壁をゆっくりと練り歩いているのである。部屋の中には、人間の呻き声のような、心臓に響く音が鳴り響いていた。またまた上手く説明できないのが悔やまれるが、ここの作品は、余計な思いや意見などを全て排除してしまうような、ものすごく強く、妙なパワーがあった。パヴィリオンから出ても、しばらく音と映像が頭の中から離れなかった。
 「遅延と革命」というテーマで、いろいろな国のアーティスト作品が集まる大きなパヴィリオンがGiardiniの真ん中にあったので、そこに行ってみる。

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 ↑今回のBiennaleで、さり気なく一番危険人物だと思われるのが、このBerlinde de Bruyckereという人。作る作品が破滅的すぎる。ちょっと貞子チックである。でもこういう作品は嫌いじゃない。

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 ↑Peter FischliとDavid Weissという人の合作。壁にニョロニョロとした文章が映し出されては消える。いろいろな国の言葉で書かれた文章で、日本語もあった。文章自体は僕には何も訴えかけてこなかったが。ちょっと深すぎるのかもしれない。視覚的に綺麗な作品だった。

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 ↑Damien Hirstという人の、薬作品。横10m、高さ3mほどの、全て鏡で作った薄い棚に、ズラーッと錠剤が並んでいる。カラフルで綺麗だった。バファリンを探したがなかった。

 やはりもう一度来て見て良かった。
 
 Giardini見学を終え、電車の時間まではまだまだあったので、ちょっと散歩でもしようかと、San Marco広場に行ってブラブラしていてふと気付いた。この広場の脇で今回のBiennaleの一つの顔、ペインティングの展示がやっているではないか。村上隆の絵があるところである。しかし、時間はあったのだが、今日買ったチケットは1ヶ所分だったので、さらに8ユーロ払って見るのもばからしい。試しにこのチケットで行ってみて、もし入れないと言われたら諦めれば良いや、と思ってとにかく行ってみた。入り口の女性にとてもさり気なくチケットを見せると、彼女はチケットをよく見ないで中に入れてくれた。この適当さがイタリアである。こういう時、イタリアって良いよなぁ、と思うが、もちろんこの適当さでイライラさせられることの方が断然多い。
 まあとにかく、運が良かったと思って絵を見ようとしたら、そこに立っていた係員の女性が、あと10分で閉めるわよ、部屋は15部屋あるから急ぎなさい、と言ってきた。そいつはまずいと思い、本当に駆け足で最後まで見て入り口に戻ると、3分しか経っていなかった。その3分の間に目に付いたのは、Martin Kippenbergerというなんだか美味しそうな名前の画家の、男と女が互いの性器を弄り合っている、一見木炭画のような作品。そして、Gary Hume、Jenny Saville、Margherita Manzelli、村上隆である。特に、Margherita Manzelliという人の少女の絵には心惹かれた。名前からするとイタリア人だろうか。それにしても何故、ペインティングの展示にLucio Fontanaの切り裂き画があるのか、それも一番最初に。あまった時間、村上隆のルイ・ヴィトン用アニメーションを見ていた。アニメーションって、この20年でものすごく変わったな。
 
 Girdiniのパヴィリオンには、作品の前に、監視役のイタリア人のアルバイトが座っている。その中に、椅子に座って平仮名を書く練習をしているイタリア人の女の子がいた。venezia大学には日本語学科があり、日本語を勉強している人たちが他の町に比べてとても多い。だから、こういう情景をみても不思議ではないのだが、でもやっぱりこっちは嬉しくなる。しばらく彼女の書いている姿を後ろでじっと見ていたのだが、なんだか恥ずかしそうにしていたので、勉強頑張ってね、と言ってそこから離れた。彼女はありがとうと返してくれた。日本に興味がある人の中でも、大学で日本を勉強している人とはとても仲良くなりやすい。それはそうだろう、向こうも日本人の友達が欲しいと思っているのだから。かなり貴重な存在である。

01.11.03

11月

11月だ。