教えに耳をそむけて聞こうとしないものは
その祈りも忌むべきものを見なされる。
自分は教えを聞いていると思っていた。忠実ではないにしろ、理解しようと努めていると思っていた。しかし、僕は本当に理解しようとしていたか。表面的な部分だけを自分の思う通りに解釈し、納得していたのではないか。
祈りが忌むべきものとなるというのは、今とてもわかるような気がする。実際、自分がそうなのだ。それでは一体どうすれば良いのか。「神が自分の言っていることを聞いているということを信じさせてください」、そう祈ってみようとYが言ってくれた。そう祈りたい気持ちは山々だ。素直に、真っ直ぐな気持ちでそう祈れたらどんなに良いだろう。しかし、今の僕ではその祈りさえも、忌むべきものとしてしまいそうで怖い。今の僕はかつてないくらい歪んでいる。