13.01.04

Pandora

 今日、友人にPandoraという女性を紹介してもらった。結構ワイルドな女性だ。日本好きらしく、ラストサムライも見たらしいので、聞きたかったことを聞いてみた。「けじめ」についてである。やはりイタリア人には「けじめ」という考えはないらしい。あるとすれば、マフィアだという。その辺は日本のやくざと似ている。宗教の違いだが、キリスト教には「Perdono(許す)」という考えがあって、やはり今のイタリア人もけじめをつけさせるよりは許す方を選ぶという。だから、責任を取って社長を辞任するとかいうのはイタリアではあまりない。辞任する時は、居場所がなくなったりした時だ。まあ、それなりに悪いことをしていればもちろん叩かれるだろう。彼女もラストサムライについて、「あの映画はきちんと日本の文化(武士道とか侘び寂び)などを説明している。日本を全く知らない人に、日本を少しでも知ってもらうために見てもらうにはとても良い映画だ」と言っていた。僕もそう思う。

 イタリアで何が嫌いかと聞かれた。沢山ありすぎて言えないと答えた。そして、「僕にとってとても残念なことだけど、この国は住めば住むほど嫌いになっていくよ」と言ってみた。こう言った時、典型的なイタリア人は「どうして!?好きだから来たんじゃないの?イタリアはこういう国であって、あなたは好きになるべきだ」という人が少なくない。しかし彼女は僕の答えを聞いて何度も頷いて「それはとても良いことだ」と言った。「どうして良いことなの?僕としては自分の選んだ国を好きになりたいね、やっぱり」こう返すと、「だってそれはあなたがイタリアというモノをわかってきているってことでしょう?」と言われて返す言葉がなくなってしまった。その通りである。イタリアという国がどういう国か、イタリア人がどういう人間かわかってきて、その結果嫌いになっていくのだ。べつに無理してこの国を好きになる必要はない。僕なりに、この国をわかってきているのだ。
 あなた歳はいくつ?と聞かれ、22と答えたら信じられないという顔で見られた。もっと年上だと思っていたらしい。これは本当に珍しいことで、こちらでは日本人はほぼ100%若く見られるか、年相応に見られる。小さいからってのもあるし、もともと顔がこっちの人間に比べて童顔なのだ。「あなた、もう日本で暮らしていけないかもしれないわよ、そんなに若いうちにこっちに来てしまうとね」。それは僕自身、大いに感じることだった。日本に一時帰国しても、周りの日本人と微妙なズレを感じることが多い。チェックインカウンターで席を予約する時も、Docomoで携帯を契約・解約する時もそれは感じた。そんなに丁寧に接客する必要あるのか?客と同等に接しても良いんじゃないか?喉が痛いなら、のど飴なめながら仕事すれば良いじゃん。っていうか、そうした方が良いと思うぞ。こんなこと、日本の企業で言ったら即刻クビだろうか。
 Pandoraは、ミラノという都市をとても巧く例えた。「なりたくてもなれない」。ものすごく当てはまっている。イタリアの町の1つになりたくてもなれない。Firenzeのような素敵な中世の町になりたくてもなれない。パリやロンドンのような、中世的だが近代的な町にもなりきれない。かわいそうな町なのだ。中途半端な位置を行ったり来たりしている。
 彼女はカメラに興味があると言う。2月に日本に行くと言うので、僕が知っている東京の良い中古カメラ屋さんを教えてあげた。とても喜んでくれた。

投稿者 tomo : 13.01.04 22:30 | トラックバック
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