深夜、小腹が空いたので、久しぶりに近くの深夜営業パニーノ屋さんに行った。前行ったのはいつだったか全く覚えていない。とても感じの良い可愛い金髪のお姉さんがいたのだが、今もいるだろうか。
深夜、小腹が空いたので、久しぶりに近くの深夜営業パニーノ屋さんに行った。前行ったのはいつだったか全く覚えていない。とても感じの良い可愛い金髪のお姉さんがいたのだが、今もいるだろうか。
そのお姉さんはいなかった。いつもパニーノを作る頑固おやじと、おそらくその奥さんであろう、その小さなパニーノ屋には似つかわしくない赤い派手な服を来たおばさん、そして、背の高いすらっとした、地味な感じの新しいお姉さんがいた。前まで働いていたお姉さんほど華はないけれど、大人しく優しそうな女性だった。僕は一目でそのお姉さんに好感を持った。そのお姉さんに、毎回僕が頼むボスケットというハンバーガーと、バカルディのライムを頼んだ。最近イタリアは、2か月前の超異常な猛暑が嘘のように寒い。日本でいうところの秋なのだが、町の風景を見ても秋らしさは伝わってこない。夏でも陰気なこの町が、さらに陰気になっていくだけだ。夏でもたいして美しくない緑色の木々の葉がだんだん落ちて、道の上で腐っていき、そこを歩いているとぬるぬる滑る。この時期になっても変わらず美しいのは、昼を過ぎた辺りの陽の光だ。この時期になると、午前中は厚い雲が空に立ちこめ、町の雰囲気がとても暗い。しかし、昼頃になると、厚い雲の隙間から太陽が顔をのぞかせ、あっという間に青空になる。午前中の暗い雰囲気を、その太陽の光が一掃してくれるのだ。しかし、そんな期間はそう長くは続かず、そのうちに雲の方が勢力を伸ばし、あと一月もしないうちに、太陽の光はほとんど拝めなくなってしまうだろう。まあ、そうなってからのミラノも結構見応えがあるのだが。
体を温めるために、バカルディを一気に半分くらい飲んだ。ハンバーガーが出来上がるまで、タバコを吸いながら周りを見回していると、パトカーがその前を通った。店の前でスピードをゆるめ、じっと僕の顔を見ていった。こういう時、僕はどうしても相手の目をじっと見つめてしまう癖がある。変に目をそらせると職務質問を受けるのではないかと、何故かビクビクしてしまうのだ。別にこれといって悪いことをしているわけではないのだが、何年か前にヴェネツィアに行く途中の電車の中で受けた職務質問の、あの恐怖に似たようなものが忘れられないのかもしれない。かといって、なにもパトカーが通り過ぎてまでその後ろ姿を見つめ続ける必要もないわけだが。助手席に乗った警官も、首を後ろに回してぎりぎりまで僕を見ていった。まるでガンの飛ばし合いである。我ながら、僕はいったい何をしているのだろうと呆れた。
パニーノ屋のおやじは相変わらず頑固というか、短気だった。お姉さんがパニーノの材料をそのおやじに手渡そうとしたところ、「お前は俺が既にその材料を取ったことがわからないのか?」などと責め立てていた。お姉さんはそれでビクッとして下を向いてしまった。そこまできつい言い方をしなくても良いではないか。おかげで店の中だけではなく、外にいる僕のところにまで変な空気が漂ってきてしまった。文句を言うのなら雇わなければ良いではないか。それもこのおやじ、どこの出身かわからないが、ものすごく訛りが酷い。下手をしたらナポリである。イタリア語であることはかろうじてわかるのだが、なにを言っているのかさっぱりわからない。知っている単語が出てこない。これは僕がまだイタリアに来て間もない頃、ナポリに旅行した時に聞いた、ナポリ人同士の会話に似ていた。まあ、どこの出身であろうが、旨いパニーノを作ってくれれば文句はないのだが。綺麗なお姉さんにやたらに切れるのは良くない。
パニーノが出来て、それを店の前で頬張っていると、二人のイタリア人の男が来た。二人はちらっと僕の方を見て、それからメニューを頼み出した。一人がもう一人の男に何を食べるか尋ねると、尋ねられた方は、「刺身!俺は刺身一つ!アハハハ、日本の刺身!」などと、喧嘩を売っているのか仲良くなりたいのかよく分からないことを言いだした。意味が分からなかったが、とりあえず面白くなかったので、「面白くねーな」と言うと、相手のイタリア人はギロッと僕を睨みつけ、舌打ちしてそれから僕のことを無視した。どうやら仲良くなりたかったわけではないらしい。
パニーノを全て食べ終わると、酒も回ってきて、体が温まってきた。お姉さんにエスプレッソを頼み、それを一口で飲み干して礼を言って家に帰ってきた。